終.オレと彼女の戦い
夕暮れに染まる世界で、オレは手を合わせていた。
「…………」
オレはリエンの墓標を見て、暗い気持ちになる。
オレはお前とどう向き合えばいい。
オレはリエンの墓の前でこの世にいないそいつから答えを聞き出そうとする。
しかし、答えは当然返ってこない。ただ虚しく、終わってしまうだけだ。
「アルズ」
横にいたアイリアに話しかけられる。アイリアは悲しい表情ひとつせず、オレの方に微笑みを向けていた。
「……なんだよ」
オレはため息混じりに返してやった。
「頭、撫でて?」
「…………」
上目遣いで訊かれるので、オレはしょうがなくアイリアの頭を撫でてやる。オレは、こんな気分でそんなことをしてやる余裕はなかったのだが。
「えへへ。ありがとう」
「……そりゃ、どういたしまして」
オレはぶっきらぼうに言葉を返していた。
「……なあ、アイリア」
「何?」
オレは俯きながらアイリアに訊ねてみる。
「……これからもオレらはこういう戦いをしなければならないかもしれないんだ。……おそらく、本家の連中とな」
「そうみたいね。一緒に頑張ろうね?」
「……そうだな」
オレはアイリアの言葉を聞いて苦笑いをする。
「オレは、オレらは……これからもずっとこういう気持ちになっていかなきゃいけないかもしれねえ。だから、オレはお前が羨ましい。……羨ましい」
オレは皮肉を込めたように言っていた。
「アルズ。気落ちしないで。大丈夫、きっとなんとかなる」
アイリアにそう言われるのだが、オレは大丈夫なわけがない。オレは心が疲弊している。それは、傭兵団のやつら誰もがそうだ。
「なんとかなればいいんだけどな」
オレは適当に言葉を返していた。
「私と一緒に良い世界、つくろうね」
「ああ、それはもちろんだ」
オレは軽く頷いて、またため息を吐いていた。
……オレらはこれから本家を打ち倒す。そして、支配体制を変える。
そうすれば、この世界は変わるだろうか。オレという人間は救われることができるのだろうか。
答えはそれを成し遂げた先にある。それを成し遂げるその日まで、オレは何度だって立ち上がらなくてはならない。
……この、オレの生きてきた世界とは少し違う歴史を持つ、世界で。
世界は過去のオレを知らなかった。過去のオレの存在という記憶が抜け落ちているようであった。
となれば、この世界はオレの生まれ落ちた世界とはまたべつの世界になるのであろう。オレや、オレのまわりにいた家族や民、という存在のない世界。そういう、世界なのであろう。
何故、そんな世界でオレが生き延びていたのかはわからんが、また立ち上がるのであれば、オレは何度でもあの女……ガネーシャの支配を止めようと足掻かなければならない。……ガネーシャは、生かしておいてはならない存在だ。
……オレはあの女を打ち倒すために、この世界にまた呼ばれたのかもしれない。
「世界を変えることができたら、アルズは幸せになる?」
「……さあ、どうだろうな。……でも、たぶん、無念は晴らすことができると思う」
オレは撫でる手を止めずに、虚空を見つめて考え事をするかのような様子で言葉を返していた。
「変えることができたのならば、きっと、皆が幸せになれる世界になる。……そう、信じたいな」
オレはそんなことを言った。……皆が幸せになれる世界をつくることは、難しいとわかっていながら。
皆が幸せになれる世界とは。幸せとは。
……オレにそれを理解することはできない。できないのかもしれない。
だって、オレ自身のことですら幸せなのかどうか、わかっていやしないのだから。
オレはまた復讐を果たせる機会がきて、幸せだと思っているのだろうか。それとも、また地獄を味わう経験をしなければいけないと感じて、幸せではないと思っているのだろうか。
……それは、わからない。……わかりたくない。わかりたくないけど、ただ前に進もうと思うだけ思ってはいたりする。
オレの心はどういうつもりなのだろうか。どのような仕組みをしているのだろうか。
……それも、まったくわからない。
「……ところで、アイリアは何故ここにいる」
「え?」
オレはオレの抱いていた疑問をアイリアに投げ掛ける。
「あ、えっと……こっそりと後ろからつけてきた」
「そうか」
ばか正直にアイリアが言うものだから、オレは苦笑して、ただ頷いていた。……こういうとき、オレはどういった反応をすりゃいいというのか。
「オレは祈っていたんだ……祈っていたというか、懺悔をしに来たというか。オレはリエンを死なせてしまったからな。だから、せめて、花くらいはあげてやろうとな」
オレは目の前にあるリエンの墓を見て、申し訳なさそうな声で言う。そうして、オレは持っていた花を袋から丁寧に取って、それを墓前に供えてやる。
「お前も祈ってくれ」
オレはそう言って、再び手を合わせた。
「こう?」
オレの様子を見たアイリアが、オレのことを真似するようにして手を合わせる。
……特に思うところはないようだった。アイリアにとって、これはただオレに合わせた行動を取っているだけなのであろうから。
「「…………」」
静寂の時間が流れる。光は世界の彼方に消えようとし、闇はこちらの世界にやってこようとしていた。
壊せ。狂え。叫べ。世界はそんなことを言っているような気がする。
であれば、オレは壊れてしまえばいい。狂ってしまえばいい。叫んでしまえばいい。
だけれども、そうしてしまったら、オレは、オレという何かが壊れていってしまうような気がして――。
……そんな気がして、ならない。
……ダメだ。オレが壊れてしまえば、狂ってしまえば、オレがまたこの世界に舞い降りた意味がない。オレは、きっと、このクソッタレな世界を変えるために今ここにいるのだから。
自分を保て。自分を制御しろ。オレという男が人間であるために、人間であり続けていくために、オレは正気を保て。間違っている事物に、惑わされるな。
オレは何だ。オレはオレだ。オレという人間だ。
まだ、オレはオレであることを求めることができていた。
「アルズ」
「……今度はなんだ」
「おんぶして」
「お前、子どもか。……十四なんじゃないのか?」
オレはアイリアとそんな風にやり取りを交わしていた。
「……ケチ。じゃあ、いいや」
アイリアが頬を膨らませて、不満そうに言う。……オレはいつからこいつのお守り係になったのだろう。
「仕方がないから、私がよしよしをしてあげよう」
「……この前も、お前に同じことをされた」
今度はオレが不満そうに言う番だった。しかし、アイリアはそんなオレの様子もお構い無しにまた、オレの頭を撫でてくれる。
……何故、オレは撫でられなければならないのか。
「いつまでこうしていたらいい?」
「私が満足するまで!」
アイリアが元気な声でそう言って、オレに微笑みを向けた。やれやれ、随分と疲れるやつである。
「アルズ、私ね」
「はいはい、なんだ」
「アルズのこと、好きなの」
「そりゃ、嬉しいね」
オレは興味なさそうに返してやる。
実際、子どもに好かれても、オレはべつに特に何も感じない。……むしろ、煩わしく思うくらいだ。
「……私、本気なのよ?」
「その本気は、いずれ好きになる相手のために、取っておけ」
オレはアイリアの言うことを、真に受けずに上手く言葉を躱そうとする。……そんなことをしていたら、アイリアに背後から抱き着かれた。
「おいおい、動けないだろ」
オレはぼやくように言う。アイリアがオレのことを思いっきり抱き締めているものだから、オレは完全に身動きを封じられてしまっていた。
「独り占めできて、嬉しい……」
アイリアは、そう、しんみり呟く。
「安心しろ。オレはいつも傍にいてやれる。あの傭兵団の一員なんだからな。だから、いつでも独り占めなんて、できる」
オレは振り向いて、アイリアの頭を撫でてやる。アイリアはとても嬉しそうな顔をしていた。
「……そう。なら、安心ね」
アイリアがそう言って、抱き締める手を緩めてくれた。
「……なあ、アイリア」
「なーあ、にっ!」
「…………」
オレがアイリアに訊ねたいことを訊こうとしたら、アイリアがオレを押すかのようにオレの肩に強引に飛びついてきて、嬉しそうな顔でオレのことを見る。……そんな顔で見るな。
「お前に言っておきたいことがあるんだ」
「言っておきたいこと?」
「ああ。他言無用で頼む」
「うん、オッケー!」
アイリアに秘密を守ってもらう約束を取りつけると、オレは大きく息を吸って、オレの言わなければいけないことを確かめた。
「あのな……オレは――この世界の人間ではないんだ」
「……ええ!? そうなの!?」
アイリアは驚いた様子でオレのことを見ていた。
「ああ。この世界とほとんど似ているが……少し違う世界から来た。……しかも、今から少し遠い過去の世界から」
オレは真剣な目で言っていた。
「オレはお前とループスがガネーシャというやつの名前を出したとき、変な反応をしていただろう?」
「うん」
「あれは……オレがあいつに殺されたことがあるからなんだ」
オレは過去のことを思い出すようにしてアイリアに語る。
「オレは、あいつに殺されて……目が覚めたらこの領の草原でぶっ倒れていたんだ。……おかしな話だろう?」
オレはアイリアに「おかしい」と言ってもらうためにこんなおかしな話をして訊いてみる。
「……いえ? おかしくないわ。……ふふっ」
アイリアがそんなことを言ってクスリと笑う。
「きっと、それも運命だったのよ。……私と、アルズが出会うための」
「……運命」
オレは変な話をしたと思っていたのだが、アイリアはその話を信じてくれているらしく、それを『運命』なのだと言ってきた。……運命ねえ。
「あなたと出会えて良かった、アルズ」
アイリアにお礼を言われた。
「……オレもだ。……お前を絶対に世界のトップに立たせてやる」
「アルズがそれを望むなら、私はそれを頑張る」
オレらは見つめ合って、お互いを感じあった。
「さあ、アルズ。私を導いて……?」
アイリアはお日さまのように眩しい笑顔をオレに向けていた。
〈了〉
人気とやる気があったら続きを書きます。
ひとまずは第一部完結、ということで。
毎年連載作品を一作ずつ書いているのですが、今年は既に連載作品を二作書いてしまったので、おそらく気力的にここで打ち止めに。人気が出たら続きを書かないこともないかもしれなかったり。
既に来年の執筆に向けて二作ぶん程のストーリーとアイデアはもう考えているのですが、気力があったら今年投稿しちゃうかもしれない。てへぺろ☆