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2.目覚めと出会い

 風の音。草のにおい。日だまり。麗らかな陽気。


 ……ここはいったい?


 オレは草原のど真ん中で倒れ込んでいた。


 痛い。頭が痛い。なんだかズキズキする。何か、悪い夢でも見ていたようで。




「……目覚めたか。立てるか?」


「……ああ」




 オレの目の前に見知らぬ男がいた。見た目からして傭兵か何かしらだろうか。

 男に手を伸ばされ、オレはそれを掴みゆっくりと立ち上がる。




「こんなところで人が倒れていたんだ。俺はびっくりした。お前、何者だ?」




 男は微笑みながらオレにそう訊ねる。




「オレか。オレは――」




 思い出せない。オレは思い出せなかった。

 オレが何者なのか。オレはどういうものなのか。オレというものがどういう人間であったのか。何も思い出せないのだ。




「……わからない。記憶がないんだ」


「記憶がない?」




 オレの返答を聞いて、男が怪訝そうにこちらを見た。




「名前は? 名前は思い出せるか?」


「えっと……アなんとかだったような気がする……ア、ア、アー……」




 わからない。オレは何もわからないのだ。




「……思い出した。オレはアルズだ」


「そうか。俺はライドだ。アルズ、お前は身寄りはあるか?」


「……いや、それも覚えていない。こんなところで倒れたままだったのだろう? 捜索届にオレの名もないのであれば、おそらくオレに身寄りはないのだろう」




 オレは問われてオレ自身の状況を探るようにひとつひとつ確認して答えた。




「身寄りがないなら仕方ない。俺達は今戦力を必要としている。見たところ、お前は腕っぷしはありそうに見えるが……どうだ、うちの傭兵団に入らないか?」


「……オレがか?」


「ああ」




 突然のことにオレは困惑している。

 オレは身寄りがないらしい。それにオレがどういった人間かもわからない。忘れてしまったのだ。であれば、この誘いオレにとって断る理由は特にはないが……だが、しかし、それでいいのだろうか。




「見ず知らずのやつをお前のところの傭兵団に入団させてしまって、それでいいのか?」


「ああ、構わない」


「いや、でも、オレはさすがに不審人物過ぎやしないか? 記憶を失っているって言っている人間なのだし……」


「まあ、確かに記憶を失っているフリをした敵兵の可能性もあるが……敵兵がわざわざ自分からそんなこと言ってこないだろう」


「もっと危機意識持った方がいいのでは」




 ライドはオレのことをまったく警戒することなく、オレの方に握手を求めてくる。


 まったく。とんだ能天気野郎だ。オレが本当に目的も自分の存在理由も自分が何者なのかもわからない記憶喪失野郎なのだからよかったものの、そうではなかったらこいつの首は既にすっ飛んでいたぞ。


 オレは苦笑いをしつつ、渋々とオレに向けられたその手を取った。




「まあ、オレに断る理由なんざねーな。たぶん、一文無しだし。このままだったら餓死して野垂れ死んでしまう」




 オレはため息を吐きつつ、同情を誘うような声でライドにオレの答えを示した。




「そうか! 受け入れてくれるか!」


「ああ。そっちの方がお前も都合がいいんだろ?」


「もちろんだ!」




 ライドは目を輝かせて嬉々とした声で言った。


 こいつは……危機意識は皆無だが、悪いやつではなさそうだ。まあ、ある意味、かなり不安なやつではあるが。




「なら、さっそく俺達の団について説明しないとな」


「ああ、頼む」




 ライドは「オレについてこい」と指で合図を取りながら、何処かへと歩き進もうとする。オレはそれを見て、後からトボトボとついていく。




「俺達の団はな、ある家に雇われているっつーか、その家が管理している団なんだな」


「へえ、そうか。じゃあ、その家主が直々にお前んとこの傭兵団を支配しているのか」


「まあ、そうだな。で、まあお家がデカいから領を持っているわけだな」


「……ああ、つまりオレはお前んとこのドンが支配している領で倒れていた、と」


「そんな感じだな」




 オレは状況を理解して納得し、頷いた。




「で、俺達はこの領の平和を守るため、日々活動しているってわけだ」


「それで、たまたまパトロールしていたお前がオレを見つけたわけか」


「そういうことだ」




 オレはここまでの状況を理解して、見つかったのがライドであったことに内心ホッとした。

 つまるところ、オレはこいつではないやつに見つかっていたらその場で即処刑されていた場合もなきにしもあらずなわけだ。

 記憶がないと主張する。名前もすぐに出てこないのは演技の可能性を疑われるし、あえて様子を見て名前を言っていないとも取ることができる。おまけにこんなところでぶっ倒れていた。怪しさしか感じられない。斬り殺されていても、おかしくはなかった。

 こいつに見つかったのは運がよかったのかもしれない。こいつにとっては、わからんがな。




「それで、この頃最近物騒なんだ」


「物騒?」


「ああ。他の領から攻め入られたり、騒動沙汰になる衝突があったりな」


「……お前、それならやはりもっと危機意識持った方がいいぞ。そんな状況下なんだったらさ」




 オレは呆れたようにまたため息を吐いて、忠告でもするかのようにライドの問題点を指摘した。




「ああ、わかっている。大丈夫さ」




 いや、全然大丈夫ではないと思うのだが。こんな如何にも怪しい男を団に誘ってしまうくらいなのだし。




「それで、俺達は今戦力を必要としているんだ。……ほら、いざとなったら領の治安は俺達が守らなければならないからさ。だから、お前が入団してくれてとてもありがたい」


「そうか」




 オレはライドに感謝の言葉を向けられて短く言葉を返した。




「団は戦力をいつでも求めているからな。だから、男女問わず誰でも快く入団を受けつけている!」


「おいおい、なんでもかんでも入団させていたら、さすがに他の領の諜報役とかそういうやつも忍び込んでしまうんじゃないのか?」




 オレはライドの言葉の気になるところを指摘した。


 男女問わず、はともかくとして、誰も彼も入団させていってしまったら、組織が大きくなりすぎて内部で反発とかが起こりやすくなってしまうのではないか? 大きくなりすぎて、管理もしづらくなってしまったら、それこそ本末転倒のような気もするのだが。


 状況的に戦力を求めるのはわかる。


 だが、何事もバランスというものもあるし、なにより、スパイなぞが潜入してしまえば団は一気に崩れてしまう。それでは領の平和を守ることはできない。




「まあ、それくらいうちはジリ貧だってことだ」


「…………」




 オレは記憶喪失ではあるのだが、なんだか今のこの領の状況は懐かしい感じがした。




「というか、オレはそもそも武器が扱えるのだろうかってことすらわからないのだが。大丈夫なのだろうか」


「まあ、安心してくれ。訓練すりゃどうにかなる。ゼロよりもイチの方がマシだ。味方は数がいるだけでも頼りになるものさ」




 そう言って、ライドはオレの方を見て、ニカッと白い歯を見せて笑った。


 キザな野郎だな。嫌いではないけども。




「……なあ。そういや、男女問わず、って言っていたか?」


「……? ああ、そうだが?」


「何かあったとき、オレらは死ぬかもしれん。傭兵団とはそういうもんだ。そんな団に女を入団させていいのか? 誰かの死に様を見たり見られたりするのはつらいはずだ。それを経験するのはオレらだけでいい。いや、できればその経験をしないのが一番なんだが……」




 オレは脳裏に誰かの憎しみの声を過らせながら、自分の論を語る。




「……性別は関係ないよ。敵を討ちたいという人がいる。自分の手で平和を取り戻したい、という人もいる。それを止めるのは俺達の役目じゃない」




 ライドは俯いて、オレの論を否定した。




「自分勝手なこと言ってすまなかった。オレの言ったことは忘れてくれ」




 オレは自分の発言を撤回するように詫びを入れた。




「……そうだ、話は急に変わるのだけれど、アルズ。お前はどの武器なら扱えそうだ?」


「オレか?」


「ああ、お前だ」


「いや、オレは記憶喪失だと言ったじゃないか……そもそも、武器なんて扱ったことがあるのか怪しいわけだし」


「直感でいい。扱ったことがなくても、まあ、それくらいなら言えるだろ? それに、たぶんお前は戦慣れしている」


「……どうしてわかる?」


「手さ。古傷がたくさんあるし、それも、普通ならつかない場所に傷がある」


「それは逆に戦が下手なのではないか?」


「みんな、最初から上手いやつなんていないさ。何かを守ろうと必死になっていくうちに強くなっていくものだ。だから、傷がたくさんあるってことはそういった経験をたくさん積んできたという証。違うか?」




 ライドはオレの顔を見て、答えを確かめるように訊く。




「で、まあ、話を戻すけど。なあなあ、どの武器なら扱えそうだ?」


「うーん……無難に剣とか、か?」


「剣か。それは俺と被る」


「いや、それはべつにどうでもいいだろ」




 オレはライドの発言にひとつツッコミを入れる。




「魔法は使えないのか?」


「魔法か? 使えたとしても、そういうのはオレには向いてないと思うが。魔法だの弓だのそういったものはおそらく基本的に後衛で援護することが多いだろう。オレの性格上、たぶん無理だ」


「性格は記憶しているのか」


「ああ。必要最低限のことは覚えている。まあ、記憶喪失というものはたぶんそんな感じだろ。一部の記憶が抜けているんだ」




 オレはそう言って自分の手を見、グーパーグーパーと何度も握ったり開いたりを繰り返して、オレがオレであるということを確認した。


 そして、オレはひとつある疑問を持つ。


 ライドに言われて咄嗟に答えてはいたが……オレは何故、魔法や弓は後衛の者が扱うものだと記憶していたのだろうか。


 オレはそのことについて不思議で不思議でたまらなかった。


 ライドはそっちの方には触れやしなかったが、もしや、オレは本当に戦慣れをしているのか?


 オレはオレ自身にその違和感を問う。もちろん、答えは出ない。




「そうら、そんなこんな話していたら見えてきたぞ。俺達のアジトが」




 ライドは向こうを指差して、オレにアジトの場所を示す。


 オレらの視界に見えてきたものは、立派な宮殿レベルのドでかいお屋敷だった。

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