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19.孤児院

「……あなたは?」




 オレは優しげな目をしたおじいさんに訊かれる。




「オレは……リエンの……同僚です」


「そうか、傭兵団の者か……」




 おじいさんは言い終えると、オレを手招きして中へ誘った。




「せっかくだから上がっていきなさい」




 オレはおじいさんに言われて中へ上がることにした。




「リエンは、あの子は本当にわんぱくな子だったけど……院の子ども達に頼られていて、面倒見の良い子だった」


「…………」




 オレはおじいさんの話に耳を傾けて、押し黙っている。


 あいつは。あいつは、必死になっていた。……それは守るものがあったから。守るべきものがあったから。

 あいつは自分を第一には行動していなかった。出会ったとき、オレを拒絶したのもすべては傭兵団とアイリア……それから領内の平和のため。あいつはそういうやつだった。

 死ぬ間際の行動もそうだ。あいつは、アイリアの安全を考えて身を持って守っていた。

 リエンという男はそういう男だった。




「まさか、あの子が……死んで帰ってくるなんて……」




 おじいさんは涙ぐんだ声で悔やむように言った。オレはその声を聞いて、余計に罪悪感が生まれてきてしまう。


 リエンは自身の稼ぎを院に寄付したり自身が傭兵となって領内の平和を保つことで子ども達を助けてやっていたということは前にライドに聞いていた。


 ……リエンが亡くなった今、その役目を果たすのは誰だ。……オレに。……オレに、その役目は務まるだろうか。


 オレは俯きながら、ひとつひとつの状況を確認するようにして考えていた。




「……リエン。おお、リエン……」




 おじいさんは腕で顔を隠すような仕草をして、悔しそうに泣いていた。




「……すまんなあ。涙なんか、流してしまって」


「……いえ」




 おじいさんに言われて、オレは短く言葉を返す。その涙の原因がオレにあるわけなのだから、オレは何も言うことができない。




「それで、お前さんは今日は何をしに来たのかい?」


「オレは……罪滅ぼしをしに来たんです」




 オレは暗い面持ちでぽつりと呟く。




「……罪滅ぼしかい?」


「はい。リエンを死なせてしまったのはオレらの……オレの責任です。だから……」




 オレは抱えていた袋を前に出しておじいさんの方にそれを向ける。




「……これは、団からのお金です。リエンは……あいつは、いつも自分の稼ぎを孤児院に仕送りに行っていたと聞きました。だから、これは、せめてもの……お詫びです。院の設備や子ども達に使ってやってください」




 オレは言い終えて、おじいさんに向かって頭を下げ、謝罪の意を示していた。




「……これは受け取れない。これを受け取ってしまったら、傭兵団の皆さんに悪いですから。……顔を上げてください。お気持ちは充分に伝わっておりますから」




 おじいさんに言われ、オレはゆっくりと顔を上げた。




「……それでも、受け取ってください」




 オレは真剣な目をしておじいさんのことを見つめ、言った。




「そこまで言われてしまったら、受け取らないわけにはいきません。……お気持ち、感謝します」




 おじいさんはそう言って、オレに深々とお辞儀をした。オレは……お辞儀をされる資格もない人間なのだが。




「それでは、オレはこれで……」




 オレはそう言って、くるりと後ろを振り返り、孤児院を後にしようとした。




「ああ、お待ちください。今、お茶の方もお出ししますから。立ち話もなんです。さあ、どうぞ。お座りください」




 おじいさんは帰ろうとしていたオレのことを呼び止めて、オレを椅子に腰掛けさせた。




「……あれ、おじいちゃん。誰かお客さんでも来ているの?」




 奥の方から可愛らしい声とともに少女と何人かの子ども達が現れて、こちらの方を見ていた。




「……おお、エミィ。それから、皆もいるのかい? 今はお客さんがいるんだ。お客さんのお邪魔になっては悪いから、あちらで遊んでいなさい」




 おじいさんは微笑みを向けて、子ども達の方へ行くと、彼は子ども達の頭を優しく撫でてやっていた。

 その子ども達の中には『エミィ』と呼ばれる人物がいるようだが、その人物はオレに見覚えのある顔だった。……リエンの葬儀の時に見た、リエンの妹さんだ。




「ああ、おじいさん。いいんですよ。オレはすぐにお暇しますから」


「そうですか? でも……」


「いえ、一緒にいてくれた方が賑やかでいいので」




 オレはそんなことを言っていた。オレはそんなことをぬけぬけと言える自分自身に腹が立つ。


 ……だって、子ども達は知らない。おじいさんも知らない。知っているのは、あの場にいたやつだけだ。オレがリエンを死なせてしまったという事実を知っているのは。


 つまり、オレは孤児院の人達にとって、敵という存在になる。絶対的な敵だ。


 オレはこの人や子ども達に石を投げられてもおかしくない所業をしてしまっているのだ。だから、オレはそんな人達がオレに親切にしてくれるのがつらくてつらくて仕方がない。つらくてつらくて、胸が張り裂けそうな勢いだ。


 泣かせてしまったのはオレだ。皆の笑顔を奪ってしまったのはオレだ。


 だから、オレはそんな事実を見て、自分のことがたまらなく嫌に思った。




「お兄さん、傭兵団の人……だよね?」




 エミィがオレの方を見て、オレのことを訊く。




「……ああ、そうだ」




 オレは申し訳なさそうな顔をし、エミィの顔から目を反らしてボソリと答えていた。




「兄さんは……リエン兄さんは、傭兵団ではどうだった……?」




 エミィにそう訊かれて、オレは答えに迷う。


 オレは傭兵団に入ってまだ日が浅い。だから、どういう出来事があったかとか、隊の人達や他の団員がどんなことが好きでどんなことが苦手でどんなことをよくしているだとか、そういったことはオレにはまったくわからないのだ。




「リエンは……いつも、真面目で良いやつだったよ」




 オレは当たり障りのないことを言っていた。




「そっか……兄さんのことだから、団の人達と衝突して、揉めて、迷惑を掛けていないか心配だったんだけど、それなら良かった」




 エミィはオレのことを見て、クスリと笑っていた。オレには、その笑みがオレの心に刺さってしまうのだが。




「お兄さんは、傭兵団ではどうなの?」


「えっ、オレか?」




 エミィにオレのことも訊かれるので、オレはびっくりした顔をして聞き返す。




「……オレは、なんだろうな。……わからない」




 オレは訊かれた問いに、答えることができなかった。




「なあなあ、兄ちゃん! お前、すっげえ強そうだな!」




 子ども達の中でも一番わんぱくそうな少年が、オレのことを見て、興奮した声で言っていた。




「……どうだろうな」


「やっぱ、岩とか素手で割れんのか!」


「それは……余裕だな」


「すっげえ!」




 少年は目を輝かせて言っていた。




「すみませんねえ……子ども達が……」


「いえいえ。本当にオレは困っていないので」




 おじいさんが申し訳なさそうに言っていたので、オレはもう一度オレのことを気にしないでほしいように言ってみる。……ただでさえ、オレは図々しい人間であるというのだから。




「はい、お兄ちゃん。お花あげる~」


「……ありがとう」




 少女に花を手渡されるので、オレは丁寧にそれを受け取って礼を言う。


 なんだか、オレが受けていい待遇ではないような気がして、オレはいたたまれなくなる。……花なんて、オレは貰っていい人間ではない。




「兄ちゃん、今度、岩を割るところ見せてくれよ!」


「ああ、わかった」


「おっしゃあ!」




 オレの言葉に、少年はガッツポーズをして喜ぶ。


 オレは……オレは、これで良いのだろうか。これで。


 オレの中にはどんどんどんどん罪悪感が生まれようとしていた。




「お兄さん、ちょっと立ってくれない?」


「立つ?」




 エミィに言われて、オレはそれに従うようにその場を立つ。




「うわ、すっげえな! でっけぇ! 何食ったらそんな大きくなるんだ!?」




 少年は感嘆の声を漏らして、オレのことを爛々とした目で見つめていた。




「そんなにデカいか? 団にはオレよりデカいやつがいるぞ」




 オレはあっさりとした口調で答えていた。




「やっぱり、思った通り」


「思った通り?」


「ええ。……おじいちゃんには内緒なんだけど、実はこの子がおじいちゃんが大事にしていた本を誰も手が届かない棚の上に放り投げちゃったの」


「……なるほど。手伝おうか……」




 エミィが少年を指差してひそひそと話してくれるので、オレはだいたい話を察し、それを手伝うことにした。




「……すみません、おじいさん。ちょっと、子ども達と遊ばさせていただいてもよろしいですか?」


「申し訳なくはありますけど、そうしていただけると子ども達も助かります」




 おじいさんはニッコリと笑んで、オレのことを見た。




「……よし。じゃあ、案内してくれ」


「うん、わかった」




 オレがそう言うと、エミィ達はオレを誘導するようにオレの手を引っ張ってドタドタと中を走っていく。つられて、オレも走る。




「ここよ」




 エミィが急に立ち止まって、本がある箇所を指差す。




「随分と高いところに放り投げたな……」




 オレは本があるところを見上げ、届きそうな高さかどうか確かめる。




「まあ、届くな」




 オレは短く言って、ページが開いたままのその放り投げられた本を手で掴み取った。




「ほらよ」




 オレは掴んだ本をエミィに手渡して、不格好な微笑みを彼女らに向けていた。




「うおおおおお! ありがてぇ、兄ちゃん!」




 少年が元気よく叫び、オレにお礼を言っていた。




「どういたしまして。もう、放り投げるなよ」


「おうよ! もちろんさ!」




 少年は元気いっぱいな様子で言い、ドタドタとまたスゴいパワーで何処かへと駆けていった。




「あの子、大丈夫かなぁ……あはは……」




 エミィは心配そうに笑っていた。




「元気なのは、良いことなんじゃないか」




 オレは適当なことを言っていた。




 オレはその後もしばらくは子ども達と遊んでやっていて、オレはリエンの気持ちをわかろうと、その孤児院の空気を身体で感じていた。

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