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14.戦いの始まり

 辺りを静けさが覆う。世界は時が止まってしまったかのように微動だに動かない。




「特に怪しい動きはまだなさそうだな」




 オレは状況を確認するように呟く。




「集落を何故襲撃しようとするのかしら? 利益があるの?」




 アイリアは自身が思った疑問をオレに投げ掛けてくる。




「さあ? 恨みとか服従させてコマを得るためとか、そういったことが目的じゃないか?」




 オレは投げ掛けられた疑問に対して、オレが考えられることを適当に答えていった。




「かわいそうなお人達ね」


「…………」




 アイリアの発言にオレは頷かない。オレは沈黙していた。




「貴様は結局、槍を使うのか?」




 オレが抱えていた槍を見て、リエンはオレに問う。オレは軽く首を縦に振ってみせた。




「剣はオレが元々使用していた武器ではないのではないか、と思ったからな。だから、槍だ」




 オレは適当な理由をつけてリエンの問いに答えてみせる。オレが記憶喪失でなくなったことを知っているのはアイリアとループスだけだ。だから、これは隠し通さねばならない。




「ビッケルとメイリーが槍使いだ。わからないことがあったらあいつらに訊け」




 リエンはオレに対して親切にそんなことを言ってくる。どうやら、オレの不審度は昨日の一件である程度下がったらしい。




「私も護身のために習おうかしら」




 アイリアはオレの方を見てそんなことを言った。




「……習得するまでに痣や傷はたくさんできるし、怪我は間違いなく起きる。お前には似合わないよ」




 オレは自分でも信じられないような微笑みをアイリアに向けていた。




「アルズが槍を使うのに、私が槍を使えないのは……なんか、こう、モヤモヤするわ」




 アイリアはそう言って、そのモヤモヤとやらを身体でポージングをつくって表現した。




「モヤモヤするか?」


「する」




 オレの問い掛けに対し、アイリアはすぐに反応してきた。




「アイリアは……うーん……治癒魔法とかの方がいいんじゃないか?」


「治癒魔法?」


「ああ。それなら修練の際に痣や傷ができることはないし、基本的に後ろの方で救護していたり、治療室で負傷者を看ていればいいんだ。怪我することはないし、事故を起こすこともまずない」


「アルズは心配症ねぇ」




 オレの意見に対し、アイリアは微笑みながら嬉しそうにそんなことを言ってきた。




「わかったわ。アルズが望むならそうしてあげる」


「いや、べつにオレは望んじゃあいないのだが」




 オレは不満気な顔をして言うのだが、アイリアには聞こえていないようだった。




「おふたりさんを見ていると、なんだかこっちがニコニコしてきちゃうわね~」




 メイリーがオレらの話に入ってきて、満面の笑みでそんなことを言う。




「お前の場合はニコニコと言うより、ニヤニヤだと思うのだが」


「えー、そうかなぁ? ニコニコの方だよ」


「どっちでもいい」




 面倒くさそうな話になりそうなので、オレはそういうことにしておいてやることにした。




「タイディーはどう思う?」


「えっ、オイラか?」




 メイリーに巻き込まれてしまったタイディーが困惑気味の表情をしてこちらを見る。メイリー、何度も思うが、お前は傭兵団に確実に向いていない。




「オイラもニコニコ……かな?」


「だよね、だよねー!」




 メイリーはハイテンションな勢いでタイディーの身体を揺さぶった。ビッケル、お前の出番だ。




「メイリー」


「はい、はい。わかっていますよーだっ」




 ビッケルが彼女の名前を強い声色で言うと、メイリーは腫れ物に遭遇したかのような反応をしてそそくさと元の方へ戻っていった。




「面白い人ね」


「面白い人、というよりは、面白可笑しい人、という感じだと思うが」




 アイリアが言った言葉を付け足すようにしてオレは言う。あれは、愉快なのではなく、愉快というものを勘違いした不愉快なものなのだと思われる。




「……何も起こらないな」




 ライドが周囲を凝視しながらポツリと言葉を呟く。




「平和ならそれでいい。それで終わりだ。……だろ?」




 オレはライドに確かめるようにして訊いた。




「ああ、そうだな」




 ライドはオレの発言に対して頷いてくれた。




「不審者がいたら教えればいいの?」




 アイリアがライドではなくオレに訊いてくる。ライドも信用していいと思うのだが。




「ああ、何処にいるのか教えてくれ」


「オッケー。私、頑張る」


「できれば、頑張っても特に不審者なんていませんでした、で終われるのが一番なんだけどな」




 オレはアイリアの頭を撫でてやりながら平和に一日が終わることを願っていた。




「な、なあ……」


「……なんだ?」


「い、いや、なんでもない」




 こちらを見て何故だか焦っているように頬を赤らめたループスがオレに向けて話しかけてきて……それで謎に話を言いかけて、やめる。言いたいことがあるのなら言えば良いというのに。




「あなた、そういうことね」




 何かを悟ったアイリアがループスのことを見つめた後、オレの腕をギュッと抱く。


 ……どういうことだ? オレに理解できるように説明してくれないか。




「貴様の近くにいると、気が散る」




 しばらく沈黙していたリエンが口を開いて、自身が集中できないことをオレのせいにしてくる。


 気が散るのはお互い様……いや、お前が原因ではないのだから……意見の一致か。まあ、何はともあれ、集中できないというのはオレも同じ気持ちだ。オレらはお散歩に来ているわけではないのだから。




「ほら、アイリア。皆と一緒に静かに監視だ」




 オレがそう言うとオレと一緒になってアイリアは周囲を見渡した。




「異常なーし」




 アイリアは指差し確認してそんなことを言う。異常はないが、ひとつ異常を上げるとすれば、お前がこの場にいるという状況だ。




「やはり何も起きないな。もしかしたら、その紙は愉快犯の仕業で、実行するつもりは最初からなかったんじゃないのか?」




 ライドが皆の意見を求めるようにしてオレらに訊いてきた。




「どうだろうな。悪戯だとしても、相当質の悪い悪戯になるがな」


「まあ、そうだよな」




 ライドはオレの意見に頷いていた。




「……ああ、そうだ。一応、集落内にいる人間は避難させた方がいいんじゃないか?」




 オレはライドに向けてひとつ意見を出した。




「その件に関しては心配ない。他の隊のやつらが、比較的安全な南の方の池の近くにある集落の方まで避難誘導を行っている」




 ライドはオレの問いに対し、ハキハキとしっかりした口調で答えてくれた。




「そうか、それなら安心した。何かあってからでは遅いからな」




 オレはホッとした表情でそう言っている。




「集落の方々にはいつも苦労を掛けているからな。俺達はその恩に報いねばならない。だから、民達の安全が第一だ」




 ライドはそう言って、また正面に向き直り監視を始めた。


 こいつは、能天気な野郎ではあるのだが、民達に思うところはあるらしい。そして、一応は民のことを最優先で考えている。


 それに比べてオレはどうだ。過去のオレはどうだったのだろうか。


 オレは――自分勝手だった。自分勝手な戦に巻き込み、何人も死なせてしまったし、生き残った民達にも苦労を強いる羽目になってしまったのだろう。


 ……そう考えると、オレはどうしようもないやつだ。


 オレは過去の自分のことを憎み、そして過去の自分のことを嫌った。




「私もアルズに恩返ししなきゃ」




 アイリアがライドの発言に対応するようにしてオレに言ってくる。




「ああ、そうだな。恩はお前がこの世のテッペンを取ればもう返せる。だから、べつに他で返さなくていいぞ」




 オレは少し解けた表情で言っていた。




「えー、他にないの?」


「特にないが?」




 アイリアが微笑みを絶やすことなく口調だけ不満そうに言うのだが、オレはあっさりと答えてやった。




「オレは恩を仇で返しちまった過去がある。だから、べつに、恩を返そうと考えなくてもいいぞ」


「でも、それは過去の話でしょ?」




 オレは俯いて暗そうに言うのだが、アイリアはオレの闇を払うようにニコニコと言ってくる。オレにはそれが眩しくてつらい。




「……危ない。他のやつらに聞かれてしまうところだった。この話はもうやめよう」




 オレはアイリアに向けてひそひそと言った。




「そうね。わかったわ」




 アイリアもひそひそとオレに向けて言い、軽く頷いてくれた。




「あらあら、仲がおよろしいことね~」




 メイリーがオレらの様子を見ていたのか、口に手を当ててニヤニヤとした目つきでオレらのことを凝視している。お前や、オレらが凝視するのは周囲の様子だというのに。まあ、こんな風になってしまったオレも他人のことを言えたもんではないのだが。




「何を話していたの~? 私も混ぜてよー! ねえ、ねえ~」




 うざったらしいくらいにメイリーが肩で軽くオレのことを小突いてくるので、オレにはなんだかビッケルの気苦労がわかってきてしまっていた。




「アルズがねー」


「うんうん」


「メイリーのことをねー」


「うんうん……えっ、私?」


「好きだ、って言っていた」


「……嘘をつくな、嘘を」




 オレはアイリアの言ったことをすぐに否定したのだが、メイリーにはどうやら聞こえていないようだった。……冗談でもそういう嘘は面倒なことになるのでつくものではない。




「や、や、やだなーもうー! ちょっとー。それ、本気ぃ? えっ、私なの?」




 意外そうだ、という顔でこっちを見る。……オレの話は聞いちゃくれんのか。




「そんなわけないだろ」




 オレがそう否定したときだった――。




 ……ズシャーンッ。




 地面に何かが強くぶつかる音が聞こえた。




「……全員、正面を見ろ。誰かくる……!」




 ライドが小声でオレらに指示を出し、オレらはその指示に従っていく。


 正面を見ると、黒いフードを着た謎の集団がこちらや集落の方目掛けてやって来ている。見るからに怪しい輩だ。




「……いいか、アイリア。オレの後ろにぴったりくっついていろ」




 オレは小声でそうアイリアに指示し、オレは槍を構える。




 ……始まる。この領の平和を保つための残酷なる戦いが――。

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