13.両手に花
夜が明け、朝となる。
「揃ったか」
ライドがオレらを確認するように見て言う。
「俺達はこれより、厳重体制を取ることとなる。警戒場所はこの領全て。俺達の今日の配置は朝から夜にかけての北部集落周辺」
ライドは普段とは違って威厳のある声で言う。
「怪しい者は即刻とっ捕まえろ。……以上だ」
ライドは言い終えて、前を向き直った。そして、集落の方へ歩みを進めていく。
オレらもライドのそれを見て、同時に歩き出した。
……のは、いいのだが。
「何故、アイリアがいる」
オレは前にも似たような光景があったことを思い出しながら、そんなことを口にしていた。
「アルズの活躍を傍で見守ろうと思って」
アイリアが得意気そうな顔をして威張りながら言っていた。
「お前はここで待機しとけよ」
「あら、そしたら私のお付きの護衛がいないじゃない。余計、危ないわ」
アイリアはオレを言いくるめるようにそんなことを言ってきた。
「……じゃあ、誰かに付いていてもらえ」
「その人が絶対に信用できると言えるのかしら」
アイリアがオレの意見を一蹴して、ぷくーっと頬を膨らます。……なんなんだ、こいつは。
「……じゃあ、これだけは約束してくれ。絶対、オレらの傍から離れてくれるなよ」
「わかったわ」
オレがそう言うと、アイリアは素直に頷いた。
「……まあ、本当に起こるのかは知らんが、大将自ら戦地に赴くとは……あり得ないにも程がある」
怪顛顔をして、オレはため息混じりにそんなことを呟いていた。
これは遠足とか、お散歩とか、そういうのじゃないんだぞ。
オレはそんなことを思うのだが、アイリアは実に楽しそうにウキウキ気分でオレと手を繋ぎながら歩いていた。
「アルズ。……うん、いいぞ」
「ライド……」
お前「うん、いいぞ」じゃないだろ。お前はせめて、オレの味方しろ。危ないから護衛付けて館内に籠っておけ、とでも言ってやってくれ。
オレはそんなことを心の中でぼやきながら、仕方なくアイリアを見守りながら歩いていた。
「……貴様、そういう趣味だったのか。……そうか」
リエンが哀れむような目つきでオレを見ていた。変にちょっと優しいところがオレ的にはやめてほしい。
「違う。勝手に懐かれただけだ」
オレは否定するように言っていた。
「それに、オレは子どもには興味ない」
「……子ども? これでも、私、十四よ?」
「……それでも、立派な子どもじゃねえか」
オレはため息を吐いて言った。
驚いたことに、こいつはどうやら十四らしい。十四の言動とは思えない箇所もあったりするのだが……まあ、こいつのバックヤードを考えると稚拙な言動になってしまうのも無理はないと思う。
「ほら、ここだってちゃんと……」
「おい、よせ」
アイリアがオレの手を自身の胸部に当てようとするので、オレは慌ててアイリアの手を振り払った。
「ふふっ。照れちゃって」
どうやらオレは弄ばれているようである。……オレらは見回り行動中だというのに、何やってんだか。
「ぼくの妹には絶対に手を出すんじゃないぞ」
「出さねえよ」
リエンに睨まれながらそんなことを言われるので、オレは即否定をして面倒くさそうにリエンのことを見た。
「なかよしなのは良いことだぞ」
オレの後ろから馬に騎乗していたタイディーが朗らかとした口調でそんなことを言う。
なんだ、こいつ。能天気か。今は業務中なんだぞ。……しかも、最悪命を落とす可能性もあり得る業務のな。
オレは荒々しい口調でそんな不満を心の中でぶつけていた。
「それにしても驚いたのが、男嫌いのループスがアルズくんとなかよくしていたことよね~」
メイリーが間に割って入ってそんなことを言う。
「あー……それにはワケがあるのだが……なあ?」
「え、ええ……」
オレとループスは顔を合わせて言う。
「知ってますよ、知ってま~す。さっき聞いたもん。双子のお姉ちゃんに襲撃されたことがきっかけよねー。それで、仲が深まった、と。ほうほう、その後をお姉さんに詳しく聞かせていただけますかな?」
メイリーは興味津々に訊いてきた。
「その後ってなんだ」
「やだな~その後ですよ? そ、の、ご! で、どっちが先だったの?」
オレが真顔で訊くと、メイリーがおどけたように言う。なんか、こいつ勘違いしてないか。
オレはメイリーのことを凄く面倒くさいやつなのだと感じていた。
「私が先よ」
アイリアがこの話題に口を挟んだ。
「えーやだー! ちょっと、複雑になっちゃっているじゃない!」
オレとループスはこのふたりが話している話題に、まったくついていけそうになかった。
「ここにリエンくんも入れて~……う~ん……」
「おい、メイリー。ぼくを巻き込まないでくれるか」
リエンは冷めた目つきでメイリーのことを見ていた。
「そっか。リエンくんは妹ちゃん一筋だもんね~。うんうん、わかったわかった。お姉さんにはすべてお見通しよ」
メイリーは完全にあっちの世界に飛び立ってしまっていた。
その様子を見たアルゴリーがまるで「ボクの方には絶対に触れてこないでくださいね」とでも言いたそうな目をして嫌そうにこちらを見ていた。アルゴリー、いいからお前も手伝って主にメイリーをどうにかしてくれ。
「……ったく。なあ、メイリー。迷惑を掛けるのはほどほどにしておけよ」
見るに見かねてビッケルがメイリーに対して注意を入れた。
「ビッケルはお黙り~」
メイリーが『あっかんべー』をして、ビッケルのことを小馬鹿にした。
「あー……挑発に乗るなよ」
「……わかっている」
オレはビッケルの気持ちを抑えるように言うのだが、ビッケルは内心、おそらくとても怒っているのだと思う。
「…………」
オレはなんとなくチラとシャイリーの方を見ると、シャイリーはやはり変わらずオレにか誰にかわからないが、脅えたようにして縮こまりながら歩いていた。
「両手に花で羨ましいですな~」
メイリーがうんうんと首を頷いてそう言うので、オレはアイリアと手を繋いでいる方の逆を見ると、いつの間にやらループスがオレの腕をしっかりと抱きながら肩を寄せていた。
「……どうした」
オレは面倒くさそうな顔をしてループスに訊いた。
「ああ、いや、べつに……マネしてみただけ」
ループスはそんな謎の言葉を言って、オレから離れてくれた。
何故だか知らんが、オレは今、無性にメイリーを小突いてやりたい気分になっていた。
あのさぁ、今、オレらは危険なことが起こらないように監視をしに行くわけなのだがなぁ。……こんなんで大丈夫なのか。
オレはおそらく当然であろうことを思っていた。
「一周回ってライドがこの中じゃあマシな方に思えてきたぞ……」
オレはガックシと肩を落としながら困惑した表情で呟いた。
マシな方に思えてきてはいたが、こいつは結局放任主義だし、こういうのを野放しにしているから今の状況になっているわけで、やはりこの原因をつくったライドもそんなにマシではない。
オレは心の中ですぐさま前言撤回を行っていた。
そうなると、マシなやつはアルゴリーかビッケルかリエンあたりになるのだろうか。
「アルズ。どうかしたか?」
「……いや」
オレがライドをじーっと見ながらそんなことを思っていたのでライドにきょとんとした顔で返された。お前、団長の座を降りた方がいいのでは……?
オレは自然とそんなことを思っていた。
「なあ、アイリア」
「何?」
「お前は団長決めに参加しなかったのか?」
「しなかったわ。だって、怖いもの」
「怖い?」
オレはアイリアの発言に首を傾げた。
「だって、どんな人がいて、どんな人がどんなことを言うのか……想像しただけで……ぶるぶるぶるぶる」
アイリアが青ざめた表情をして震えだした。喜怒哀楽と表情の変化が激しいやつである。
「良かったな、ライドみたいな能天気……明るくて優しいやつが団長になっていて」
オレは危うく悪口になりそうだった発言をすんでのところで回避した。と、思う。
「アルズがいたらアルズを団長に任命していたわよ」
「…………」
オレはアイリアにめちゃくちゃ懐かれているようである。絶対の信頼を置ける立場の人間ではないはずなのだが……まあ、この間の一件があったからだということにしておこう。
「やめておけ。オレが団長に就任していたら、この団はぶっ潰れていた」
オレはそんなことを言いながら、過去の嫌な思い出をまたしても思い返す。
ガネーシャに負けた過去。虐殺されていった仲間達。民達。血を流して力尽き、地に倒れていった同胞達。
オレが上の人間になれば、またその悲劇を繰り返してしまうかもしれない。
しかし、オレはこのガネーシャの世を変えなければならないという野望がある。だから、そのふたつの思いに挟まれて、オレは複雑な心境にあるのだ。
「そんなことないわ。あなたは強いもの」
そう言って、アイリアはオレに微笑みを向けた。
「……どうだかな」
オレは苦笑して返していた。
「……貴様が団長になっていたら、団員は皆不安感に陥っていただろうし、ぼくはこの団をやめていた」
リエンがオレにトドメを刺すように皮肉を混ぜて言ってきた。
「……ああ、それにはオレも同意だな」
それに同意してしまう自分がなんだか情けなかった。
「このボサボサ頭、誰?」
「ぼくはリエンです、領主様」
「あなた、感じの悪いやつね」
アイリアはリエンを嫌そうな目でジトーッと見て、リエンに対しての所感を述べた。
「お前、アイリアに顔を覚えられていないのか……」
オレはリエンのことを見ながらそんなことを呟いた。
「領主様にそんな接し方をするのはお前くらいだ。普通はぼくたちは石ころ同然のようなものだぞ」
「それは卑下しすぎじゃないか」
リエンの発言に対して、オレはオレ自身が引っ掛かる部分にコメントをした。
「そろそろ集落に着くぞ」
ライドの発言でオレらは前を向くと、緊急事態に備えて次々と持ち場に急ぎ、監視を始める準備をした。