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溺死人  作者: 唖鳴蝉
3/3

3.被害者の素性

 妙な成り行きで、領軍の連中は鼻息も荒く出かけて行っちまったが……俺の仕事は終わったわけじゃねぇ。ちったぁ死霊術師(ネクロマンサー)っぽい事もやって見せなきゃな。


「さぁてと……」


 メスキットが出してくれた遺骨ってやつを調べる事にする。軟部組織はすっかり融解してたとかで、綺麗さっぱり取り除かれてる。ま、俺としちゃあ、手間が省けてありがてぇわな。


「性別と身長は既に判ってるから省くとして……それ以外に個人識別に役立つ情報ってぇと……」


 まずは年齢だろう。()(らん)が酷い上に、カニやなんかが群がってて、人相なんかはまるで判らなかったってぇからな。年齢が推定できたら、それを基に復顔までやってみるか。


「まずは簡単なところから……大腿骨も上腕骨も、骨端線はきれいに閉鎖してんな。てぇ事は……少なくとも二十歳(はたち)は超えてるって事か」


 上腕骨近位の骨端線は完全に閉鎖してるみてぇだし、もうちょい歳がいってるかもな。さて、お次は……肋骨の化骨状態を見ておくか。



 ――肋骨は肋軟骨を介して胸骨と繋がっているが、その肋軟骨は壮年期頃から骨化が始まる。そのため、肋骨は胸骨端で加齢とともに少しずつ伸張してゆき、高齢になると肋軟骨の方に突起物が不規則に張り出すようになる。



「胸骨端の化骨状態からみると……四十歳を越えたくれぇか? 念のために頭の骨も見せてもらうか」



 ――頭骨には三主縫合と呼ばれる三つの縫合線がある。前頭骨と頭頂骨の境目に当たる(かん)(じょう)縫合、左右の頭頂骨を結ぶ()(じょう)縫合、頭頂骨と後頭骨を結ぶラムダ縫合(または(じん)()縫合)である。

 これらのうち、最初に閉鎖を始めるのは()(じょう)縫合であり、二十二~二十三歳ごろから僅かに閉じ始める。二十五歳前後には(かん)(じょう)縫合とラムダ縫合が閉鎖し始め、三十歳代から四十歳代の終わりにかけて全部が閉鎖すると言われている。



「……冠状縫合・矢状縫合・ラムダ縫合の全部で、縫合線の消失が始まってんな。だが、癒合せずに残ってる部分も多い……四十代から五十代ってとこか。あとは恥骨結合面の形状だが……」


 

 ――骨盤を構成する左右の恥骨が向かい合っている部分を恥骨結合面と言い、生体では軟骨によって結合されている。この部分の形状が、年齢推定の重要な指標になる事が知られている。

 若者ではこの部分を横断する形で複数の明瞭な隆起が見られるが、年齢と共にこの隆起が消失してゆくなど、規則的な変化が見られる。



「恥骨結合面の様子を見ても……やっぱり四十代ってとこか。あれこれ考え合わせると、五十には届いてねぇんじゃねぇか?」


 大凡(おおよそ)だが年齢は四十代って事でいいだろう。


「他に何か判る事は……上腕骨の三角筋粗面はそこまで発達してねぇようだし……他の骨でも似たようなもんか。肉体労働者じゃなかったのかもしれねぇな……」



 ――発達した筋肉を支えようとすれば、骨の表面にしっかりとした付着面が必要になる。その結果、生前に逞しく発達した筋肉を持っていた人物の場合、当該筋肉の付着痕が骨に強くかつ広く遺っている事がある。



「栄養状態は……骨の様子からみる限り、成長期に栄養失調になった痕跡は無しと。歯の摩耗具合から見ても、軟らかくて上等なもん食ってやがったみてぇだな」


 ……こんなもんか……うん?


「……っと、見落とすとこだったぜ。左の足首に骨折の痕があんな。綺麗に治ってるから、足を()()るような事は無かっただろうが……これも手懸かりと言やぁ手懸かりか」


 大体のところはこんなもんか。そんじゃ、復顔にとりかかるとするかね。



・・・・・・・・



 どうやら俺の復顔はそこそこ上手くいったらしく、被害者(ガイシャ)()(もと)は程なく割れた。どこぞの因業(いんごう)な金貸しだとかで、金の貸し借りに伴う怨恨が動機だったそうだ。

 ()(しゅ)(にん)の目星が付いた時点で決着は見えてきたようなもんだが、領軍のやつら、余程しゃかりきに調べ上げたらしく、砂の種類を手懸かりに、犯行現場の特定にまで及んだってぇから大したもんだ。(あら)(ざら)い調べ上げられたのに恐れ入ったらしく、犯人(ホシ)も割とあっさり吐いたって話だ。


 ま、どうにか面目を保てたけどよ、こんな仕事はできたら遠慮してぇもんだぜ。


【参考文献】

・田村リツ(一九六〇)溺死体及び溺死ウサギ諸臓器におけるプランクトンの研究.東京女医大誌30(10):2024-2038.

・神田瑞穂ほか(一九六一)腐敗が高度で死因の判定が困難であつた水死体の2鑑定例.岡山医学会雑誌73(4-6):251ー256.

・八十島信之助(一九六六)「法医学入門」中公新書.

・片山一道(一九九〇)「古人骨は語る――骨考古学事始め」同胞社.(一九九九年文庫化.角川ソフィア文庫)

・石山昱夫(一九九一)「法医学への招待」筑摩書房.

・埴原和夫(一九九七)「骨はヒトを語る――死体鑑定の科学的最終手段」講談社+α文庫.

・上野正彦(二〇二〇)「死体は語る2」文春文庫.

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― 新着の感想 ―
[一言] この話で終わるなら、種別の所を“完結済”にした方がいいと思います。
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