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溺死人  作者: 唖鳴蝉
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1.面倒の幕開け

お久しぶりの死霊術師シリーズ、今回は再び法医学ものです。三話構成になります。

 お(めえ)に文句を言ったって始まらねぇけどよ、俺たち死霊術師(ネクロマンサー)ってなぁ、死霊術(ネクロマンシー)を行使してアンデッド絡みの案件を解決する……ってのが本来の仕事なんだ。

 なのに……どういった因果なのか知らねぇが、俺んとこに持ち込まれる話ってのは、死霊術(ネクロマンシー)と関係無ぇ話が多くてよ……。いや、死霊術師(ネクロマンサー)の仕事だって言われると、確かにそれはそうなんだが……


 今から話すのも、そういった話の一つだな。



・・・・・・・・



「はぁ……海辺で水死体が見つかったんで、その死んだ場所を特定しろ……何だってそんな面倒な話が、ちんけな駆け出し死霊術師(ネクロマンサー)んとこに持ち込まれるんで?」


 俺にこの話を振ってきやがったなぁ、「(いや)しの(しずく)」修道会のメスキットのやつだ。あいつが持ち込んだ話だって時点で、こいつが一筋縄じゃいかねぇ話だってのは見当が付くってもんだ。


「どうせ浄化済みの屍体だってんでしょう?」

「腐敗が酷かったのでね。疫病の原因となる可能性は排除しなくてはならない。検屍に当たる者の安全も確保する必要があったのでね」


 まぁ、言い分としちゃあ解るんだが、それでこちとらの面倒が増えてりゃ世話無ぇわ。


「……詳しい話を聞かせてもらえやすかぃ?」


 俺は早々に諦めた。……諦めざるを得なかったとも言えるな。

 何しろメスキットの後にゃあ、どういうわけか二つの領軍のお偉方が、ずらっと並んでこっちを見てやがるんだからよ。断るなんてできる雰囲気じゃなかったとも。


「それが……事態は少々厄介な事になっていてね」


 あぁ……そいつだけは俺にも見当が付くな。



・・・・・・・・



 メスキットの話を要約すると、海辺に全裸の屍体が漂着したのが始まりだったらしい。

 これが若い女の屍体だってんなら――不謹慎な話だが――少しは話に彩りを添えたんだろうが、生憎(あいにく)と見つかったなぁ男の屍体で、それも酷く()(らん)してたそうだ。

 衛生上も放置はできねぇってんで「(いや)しの(しずく)」修道会が呼ばれて、屍体の浄化と隔離を行なったわけだが……後始末の段になって、厄介な事を言い出したやつがいたそうだ。



「検視の結果、死因は溺死だろうと判定された。腐敗が酷かったので、調べるのに少々手間取ったがね」



 ――溺死を判断する根拠は幾つか知られているが、主な外部の所見としては、鵞皮形成(立毛筋の死後硬直により、鳥肌が立つ)、漂母皮形成(表皮が真皮より剥離し、手袋や足袋(たび)のように剥脱する)、鼻口付近の泡沫(溺れた時に吸引した水分が、肺内の粘液と混じり合い、微細な泡沫として口から湧き出る)などがある。

 また、内部所見としては、気道内の泡沫液(先述の微細泡沫を含んだ白色や赤色の液が、鼻口部~気管・気管支に存在)、溺水肺(吸引した水によって膨張した肺が胸腔を満たす。ただし時間の経過とともに、溺水は血液と混ざって肺から胸腔内に滲出する)、胃内の溺水、血液の稀釈、臓器中のプランクトンの存在(溺れた時に肺に吸い込んだ水の中のプランクトンが、(まだ鼓動している)心臓の働きによって水とともに血管内に取り込まれ、血流に乗って内臓に到達する。これは、溺水吸引時に生活反応が存在した事を意味するため、溺死の根拠として重視される。ただし、死後に体内に侵入するプランクトンが絶無とは言えないので、判断には注意を要する)……などがある。


 ただし、新鮮な溺死体ではこれらの特徴が著名であるが、()(らん)した屍体では、肺や消化器などは痕跡が観察できないほど溶解している事も少なくない。こういう場合には、肝臓などの臓器からプランクトンが検出されるかどうかが、溺死か否かの判断の根拠とされる事が多い。



「てぇと、内臓の浮遊藻を調べたんで?」

「あぁ。切片を酸で処理して検鏡したんだが、全ての試料で陽性だった。生活反応による溺水吸引を考えないと、説明できないほどにね」



 ――この国では、過去に転移して来た「賢者」シグによって、顕微鏡やプランクトン、あるいは法医学などの知識が広まっている。内臓の切片を酸で処理して有機物を溶かし、酸に冒されにくい殻を持つ珪藻を抽出する事で、効率的な検査が可能になっている。

 しかしながら、プランクトンの分類や分布調査などはまだ端緒に就いたばかりであって、充分な知見が蓄えられているとは言い難い状況にあった。

 ただしそんな状況においても、通常の生組織内には存在しない筈の珪藻などが、遺体の肝臓や腎臓などから検出されたという事は、死因が溺死である事を示唆するに充分な説得力を持っていた。



「そして、四肢に見られた損傷や、遺体が衣服を着用していなかった事などから、遺体は上流から流されて来た可能性が強まった」



 ――上流で入水(じゅすい)した屍体が下流に流されて来た場合、溺水を吸引した肺は浮き袋の役目を果たさなくなるため、屍体は水に沈む事になる。

 その状態で水底を回転しながら数キロ流下しようものなら、(まと)っていた着衣などは全て脱げてしまう事が多い。

 その後、屍体は四つん這いの姿勢で川底を流れ、川底の岩石や砂利などと(こす)れ合う事になるため、額・両手の甲・足の指の背面などが損壊され、骨が露出するなど、生活反応の無い傷が生じる。



「ところが、ここで登場したのが責任問題だ」

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