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ルート2 倒木の無常 木ノ下紫陽花⑤


 さて、百合が高子と出会う前。平和にも人間地味たお化けたちと戯れていたそんな頃。

 日田百合にも、紫陽花以外の人でなしの友達が何時しか出来ていた。



 その怪異が棲むのは、過疎化により集落が消失して久しい山麓の廃校の三階女子トイレ。

 その三番目の個室に、彼女は何時も通りに腰掛け待機していた。上履きの草臥れた白をぷらぷらと、少女は独り。肌も含めてま白い全体の中で、紅をしたジャンパースカートが揺れ動く様ばかりがどうにも不吉である。


「ケケ……暇だねえ」


 おかっぱ少女は設定に縛られ一人ぼっちに定期的な呟きを漏らす。

 そう、彼女はトイレの花子さん。厠神の化身であり、血まみれ赤マントの発生源で、彼の最愛。そんな裏設定より何より最もメジャーな学校の七不思議であることを大事にしている花子は、故にこうして廃校に引きこもり続けていた。

 悪意の塊として想像された彼女はずっと人よ死ね、なんて思っていた。だがそんな人間たちは勝手に廃れて消え去り、やがてこうして箱ごと捨てられた。そんな結末で怪人が満足かと言えば否であるだろう。

 だが、このトイレの花子さんはちょっと他より拘りが強くて、孤独を我慢できてしまうようなひん曲がった性根が特徴的だった。


「まあ、私がつまらないのは、きっと正しいよ。ケケケ」


 故に、怪人として害をなすというレゾン・デートルから外れた自分の不幸せすら飲み込み笑える。稚気に染まった花子の表面は、どう見たところで普通一般の愛されるべき子供でしかないのだったが。


「ふぁ……」


 暇に飽かせて磨きに磨いた便器は輝くようで、こんなつまらない時に限って赤マント達のような至極どうでも良い低級の存在達は悪意に任せてちょっかいをかけて来ない。

 まさかアレが簡単にくたばってくれることはないだろうに、と思いなら花子は口を小さくあけて欠伸をするのだった。

 怖いものは美しくなくていいが、しかし子供は愛らしくて然りという良く分からない大多数の認識に整形され、ホラースポットに場違いにも愛らしい容貌の少女は独りを堪能せずに黄昏れ続ける。

 楽しい楽しい、恐怖の時間は遠く昔にお終いで、もう後は滅びを待つばかり。

 生気のない、でも幽霊とされているだけの怪人はぼんやり余生を無為に過ごしてばかりだ。


「おや?」


 だが、そんな少女の元にノックが三つ。昔の餌食達が行っていたまじないのような符丁が四半世紀ぶりに行われたことに花子は首を傾げた。通りの良いその黒髪は、柴犬の尻尾のように弾けて頬を叩く。


「じゃーん! あたしだよ! 足のすっごく速いお婆ちゃんに花子ちゃんのところへのノックは三回って教わったんだ……びっくりした?」


 そして少し座したまま待ってみれば、現れたのは友人の幽霊に取り憑かれた少女である日田百合の矮躯。今色の服は時と場所を問わない遊びに褪せて端々を破かせている。それと、怖さの演出のために白いだけの花子よりもよほど不健康に彼女は白い。

 この子、小学生設定の私よりも色々残念な体格だなあと花子は思いながら、つまらなそうにしてこう述べるのだった。


「百合か……また来たの?」

「うん! あたし、花子ちゃんにまた会いに来たくって……迷惑だった?」

「そりゃ、まあまあ迷惑かなあ。そんなに話し相手が欲しかったらこんなところ来ないで尿瓶にでも話しかけててよ」

「えー! あたし、おトイレ来ちゃ駄目だったんだ!」


 百合は何を勘違いしたのかここに来るなよという意地悪な物言いを、トイレに来るなよと言われたと思いこんで驚きを浮かべる。死にかけのくせに、元気して騒がしいなと酷薄に花子は睨んだ。

 元々ホラーな少女がそんなことをすると、本当は怖いの嫌いな百合は怖気づいてしまう。

 どうしようと彼女は後ろの誰より頼りにしている幽霊に、こう尋ねるのだった。


「紫陽花ちゃん……あたし花子ちゃん、怒らせちゃった?」

『ううん……百合ちゃん……花子ちゃんは人馴れしてないから、ボクの時もだったけどちょっと最初はツンツンしちゃうんだよ』

「なんだー。それなら沢山一緒すれば花子ちゃんも、もっと楽しくなるよね! ねえ、また何か旧い遊び一緒にやろうよ!」

「ケケケ……この子達はやたらと眩しすぎるなあ」


 白に黒が混じっているのなら、白でいいや。そんな呑気を花子はお馬鹿さん二人から感じ取る。気を取り直した百合に遠慮なく手を取られながら、さて別にこの手は千切って破いて流して棄てるのも簡単なのだよな、と少し思った。

 だがろくにぬるい手を握り返すこともなく、真っ白を見上げてマーブル模様はこう続ける。


「百合、あっちゃん。私は人ではないんだよ?」


 それは、間違いのない言葉。ただ怪人として創作された花子と、人間の理想である百合と人間の死の先に生きる紫陽花は最初から異なっている。

 例えば、花子の中で、殺害と遊びは等価である。彼女はどちらにしようかな、で善も悲惨も成せる獣性すら健全極まりない紙一重の危険だった。

 そもそも本来白と黒は不可分であり、百合たちが大体白いと見たのは表層でしかなく中身はたっぷり真っ黒である。触れ得ない紫陽花はともかく、最低でも百合は尻尾を巻いて直ぐに逃げるべきなのだ。

 それでもノコノコと怪人の欠伸に釣られるようにこんな恐ろしい死地にやってきて、友と誘う。

 そんなの笑うしかなく、だから花子はこうして嘲笑うのだった。


「ケケケ。愚か者は、死んでも仕方ないよね?」


 ああ、人は馬鹿である。肝を試しに命を落とした数多と変わらず学ばず、人でなしの本当の意味を知らない。

 人間の殆どは端に愛を知り、肉を頼りに心の奥底で相手を信じてしまっている。そんなの、命をかき分けて生きるには邪魔であるだろうに。

 花子はそれを哀れと心から思うし、それを理解できない己を哀しくも思う。

 骸をトイレに流し続けて、それっきり。偶に助けても、次の日にはいいやと殺して終わりだ。

 恐怖より生じた怪人のディテールには愛が入る隙間がない。だから、それを何時だって零してしまい一人きり。

 そんなのがつまらないのは、でもどうしようもないと花子は諦めていたのだけれども。


「うん! そうかも!」

「はぁ?」


 だが、花子が百合を縊ってしまう前に、甘いリップクリームが照る薄い唇から突飛が溢れた。

 愚かならば、死んでもいい。それに百合は全身で云と返してニコニコとするのである。

 これには、流石に幾ら残酷といっても素面な花子は狂気じみたその結論の由来が気になってしまう。

 苦笑している幽霊の前で、百合はこう言い張った。


「あたしは生まれてきたのがきっと間違っているし、そもそも生きるより死んだほうが楽なんだ。だから……」


 笑顔で光のように薄い少女は、そんなどうしようもない出自と有り様を話す。そして、それはお化けよりも何よりも残酷に正しい。

 ゲームでのその初期案は端的に言えば、バッドエンド専門の、死ぬ子。そんな、終わりの少女はしかしバッドエンドの先で紫陽花に攻略されて、死をも抱いた。

 お化けなんて、ないさ。そんな無知を恥じた人間は、だから彼らと向き合えばただ無情に死ぬばかりだろうとも、それでも。


「あたしなんかが花子ちゃんの怖い話の一部になれるなら、それもいいかも!」


 そう、自己評価なんて欠片もない世界の被害者は、きらきらと人でなしだって認めて愛して微笑んだ。

 間違っていて歪んでいて、愚かである。確かにこんなどうしようもない子なんて今直ぐに死んでしまった方が良いのかもしれないけれども。


「べー」

「わっ」

「ケケ」


 それにあかんべえをして、子供殺しの怪異は笑う。触れて爪を立てて、滲んだ血の薄さでもう、これほど殺しやすい存在は他にないだろうと花子には思えた。

 この終わる世界で最後の希望を殺して、これまで害せなかった幽霊に絶望をさせるのも面白いのかもしれない、とも考える。


「誰が、百合ちゃんなんて殺してやるもんか」


 だが、それでも少女は努めて殺さない。衝動に任せて呪いを振るう存在であって、死こそ身近であって、だからこそ。

 きっと、沸き起こるこれが今まで出せなかった心なのだろうと、花子は理解した。

 彼女が感じたそれは、いじけてしまうくらいの、怒り。


「あんたなんて……勝手に生きて遊んでなよ」


 だから言い捨てそっぽ向いて、ぷん。

 伸びないボブカットは暗いカーテンを少女の視界にかけるが、でも。


「あはは!」

『はははっ』

「ケケケッ」


 怒りが収まった後は三人で遊び、笑いあう。

 不細工にも友の顔が歪むのは花子には面白くって、笑顔は彼女らが去っても中々止まずに。



 そんな日も、あった。



「ケケ……」


 何もかもが、過日。全ては赤の終わりに消えゆく。

 厠神としての側面のためにこんな真っ赤に染まっている中でも花子は未だこの世にへばりついていられたが、それも限界だ。


「でも、仕方ないよね」


 果ての寸前、少女はくるり。まるでその紅いジャンパースカートは終幕のカーテンレール。ブラウスは意味を失った漂白の色だった。

 怪異としての鮮血のカラーはもう花子のどこにもなく、そうなればもうこの三階トイレ三番目の個室に引きこもった少女はただの子供。

 そして、子供時代は何時か誰だって卒業するもの。愛おしき長谷川花子は一度背伸びを一つしようとして。


「無理、かぁ」


 出来なかった。がちゃん、と少女の身は真っ二つに裂け落ちる。断面からは結晶化した赤が輝いて見えた。

花子の霞みきった目の前に見えるは、その歪んだ命のピリオド。空白に至る闇がすべてを覆う。

 彼女は他人に何度も味わわせたものである、どうしようもない死という諦観を前にして、想うことがある。張り裂けそうになるほど、叫びたいことがあった。


 ああこんな間違いが、もし伝えていいならば。


「生きて……」


 あの子達に愛しているとまでは言えないけれど、それでも死んで欲しいとはもう思えないから、だから。


 無常にも、たった一言吐いた言葉を最期にガチャンと音が一つ。後は煤けた便器が汚いばかり。


 そして、トイレの花子さんのお話も、この世から亡くなったのだった。


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