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ルート2 倒木の無常 木ノ下紫陽花④

 西郡高等学校の倒壊。

 そんな事件の発生も過日となれば、加速した世界は赤マントが望んでいたのだろう赤に塗れた。

 天は死線に割れて、青は分断されすぎて僅か。地球が真っ赤に解けてしまい球でなくなったと聞いた覚えも最近である。

 早送りでもされたかのようにあまりに忙しない、世界の終わり。

 悲劇が日常で隣り合わせであれば、それは最早喜劇にすら似る。

 終わりへのカウントダウンの最中、対象者たちは正気では居られない。騒動過ぎれば大人しくなった誰彼はただ哄笑を選ぶばかりだった。


「あは……あはは」


 街中。いや、活動が赤い死によって殺されたそこは半ば廃墟の広がりと呼んでもよいだろうか。絶望は一夜で訪れなかったが、しかしあまりに拙速だったそれに人の心は追いつかない。

 赤石化現象。人がフォーラーとして砕け散る前に起きるのだというそれに両足首まで侵された女性は歩くこともままならず、道路にそのまま身を預けて壊れたように笑うだけだった。

 終わりに影響されたのか赤錆色の街に車等が通ることもなく、アスファルトに安堵されきっている彼女の身はそのまま風に吹かれるばかりだ。


 女性には愛する人達が居て、でもそれら全員を既に眼前で失っている。その時点で心壊して当然なのに、悲しみから逃げ出した先で足先から徐々に赤く死に始めた。

 またその痛みの強さといったら他に類のないものであり、末端から死に変じ続ける痛み辛さに彼女の口はだらしなく緩んでいく。

 狂気の恍惚。その中でなければ終わりに人が耐えられるものではなかったのだ。十字の切り方すら忘れてしまった女性はただ、青く見える虚空を笑いながら見上げ続ける。

 そこに、二つの影。彼女を彼女らは見下げて、その瞳を残念そうに望んでからこう呟くのだった。


「この人も、壊れちゃってるね」

『そう、だね……』


 通りがかりの百合曰く、その女性は壊れている。果たして、それは心だけではない。

 現在進行系で赤くひび割れていく結晶化した足元からはもう人間性は見て取れなかった。血の一滴すらも痛みとともに赤硝子のように変じていくこの赤石化現象は、一度始まってしまえばもう止める方法はない。

 ならば、死んでいるとは言いたくないから壊れているのだと百合は形容せざるを得なかった。

 悲しくも、どうしようもなく手が届かなくって零れ落ちる。そんな無常がこの世であると誰もが嘆けども、変わりなく砂は重みに溢れるばかりだった。


「あはは……はは」

「ごめんね……」

『百合ちゃんは、悪くないよ』

「そうかもしれない。でも、良くもないから」


 そんな一人の女性の無様をすら終わりの光景のいちとして、日田百合は目を伏せた。

 ひとひらのお化けこそ大事に見捨てた全ての一つとして、申し訳ないとただ華奢な肩を更に窄ませ、居辛そうにばかりするのだった。


「ふようさん、椿ちゃん、真弓ちゃん……お友達だけでなく、学校の皆死んじゃった」

『百合ちゃん……』

「本当は、あたしが先の筈だったのにね」

『百合ちゃん!』

「分かってる……残ったあたしが、幾ら悼んだって追いつこうとしちゃ駄目って分かってる。けど……」


 弱いから、滅びるのではない。正しくないから、死んでしまうのだって違った。それでも、弱くて間違っている自分が生き残ってしまっていることが百合には心苦しい。

 何かをしたくとも、もう遅かった。全てが赤く不健康な白の手のひらから滑り落ち、音も立てずに消えていく。

 世界の終わり。世界が裂ければ辺りに痛みが広がるなんて、そんなのは当たり前だ。だが、予想もせずに、ただ夜をあやかしと共に笑って駆けた。

 勿論、あり得てはいけなかった存在たちと交わした日々だって百合には金のようなもの。だが、それでもどうして助けられなくても一緒に死んであげられなかったのか、という思いは呪いとなって彼女の心を焼く。

 本当なら、死んでいったもののためにも、生きなければならないというのに。でも、空はもう真っ赤になってきてしまっていて。

 空気も最早百合に丁度いいくらいまで死んでいる。生存行動すらもう難しければ、どうやって意味を成すことが出来るのだろう。


「あは、ああああ……」

「お姉さん。大丈夫」

「あは、あ……」


 そんなこと、百合には分からない。救いになんてなれず、希望だってなければ、ただ。


「ほら……ああ、お姉さん、大分ひんやりしちゃってるね……」

「あ……あったか……ああ」

「うん。あたしは暖かいのちょっとだけど。でも、ちゃんと隣にいるよ?」


 彼女は同じ消えゆく命として、隣り合うことしか選択できなかった。

 それは、綿の少女にとって危険なことでもある。恍惚から少しでも正気に近づければ、狂乱が始まるものだから。一体全体消えかけの肉体に制限など取っ払われてしまいがちで、その縋り付きはもう他者を考えない強力過ぎるものだった。

 つまり誰かのために思いのために優しく触れることだって、この時勢には危険。愛なんて、自愛の前にはご法度の筈だ。


『百合、ちゃん……っ!』


 それでも、掴まれた骨に罅が入る程の全力の助けて、を百合は決して振り払わない。

 それでも救いになれば、とただ激しい痛みの中自分のことなんて気にせず、彼女は彼女の悲鳴にのみ傾聴するのだった。


「あ、ああああ……ああ! どうして、どうして。私は。私だけ。誰も。こんなの、なんであなたなの! 最期がこんなのっ!」

「……うん。そうだよ。間違ってるよね、こんなの」

「そう、違う! 違うの! こんな嘘じゃなくて、本当は……本当は!」

「本当は?」


 赤石化はその生き物に特別な力、情報でもなければ元来急速に進むもの。そして、この終わる女性にあるのは普遍性、妥当性ばかり。

 足先から進んだ結晶化は、その身じろぎに合わせるように全体に広がっていった。


『ああ……こんなのっ』


 終わりの赤は、死と等価。命は紅によって台無しになるのは自然でも、ここまで異様に変貌を遂げるとは、どうも命に厳しすぎやしないか。

 そんな思いが傍観者である幽霊にも湧く。もっと、隣り合うなら永遠とはいかなくとも緩やかで温い方が良かった。


「……本当、は」


 だが、実際日田百合の手の中の彼女はどこまでも冷えて、生きるに足りないくらいに固くなっていく。

 命僅か。走馬灯にも足りない欠片の炎は、しかし少女の熱を継いで、にわかに燃え上がった。

 女性は、一人ではなかった。それらを愛したし、嫌ったし、当たり前と感じていたには違いない。しかしそれら全てがどうにも今振り返って輝かしければ、告げられる文句なんてただ一つ。

 対象が消え去った今、彼女は目を瞑り、もう開かない。でも、それでも女性は最期に狂うことなく思えた。

 だから、全霊を持って、こう叫ぶ。


「みんな、皆に……ありがとうって言いたかった!」

「うんっ、うん!」


 落涙なんて、どうでもいい。最期にこの人がこの世に居たことの結論がそうであってくれたことの嬉しさなんて、余計だった。百合はそう思い、ぼたぼた涙しながら名も知らない誰かの一言一句を胸に刻む。

 やがて頬に乗った生暖かい雫を感じた女性は壊れる前、もう一言を紡ごうとして。


「そして、最期に出くわした貴女にも……あり、ありが……っあ」

「うん、ありがとう……伝わったよっ!」

「……ん」


 最期に彼女はぱくりぱくりと、肺まで侵された結果唇のみを動かしたその無様に最高の笑顔で百合が返してくれたことを知ることなんて出来なかったけれども、涙が終わりの前にもう一粒目頭に落ちてくれたことを幸いに。


 ぱりん、と彼女の腕の中で彼女は壊れて割れて崩れて粒となり、赤すら残らず消えていった。


「わ、あああああ……わああーん!」


 何度泣いただろうか。それでも、惜しいからこそ恥ずかしいとも思わず今も百合は哭く。命のために、心のままに。


『ごめんね、ごめんねっ、百合ちゃん!』


 いや、百合は妹を失ってからこの方誰かの縋り付きに縋り付いてばかりなのかもしれなかった。

 せめて人の隣で、愛をする。その際に壊されてしまったとしても、いいや。だって、私にはそれくらいしかないのだから。

 そんな恋人の様に、幽霊だって、嘆きの涙を流さざるを得ない。沈みきらず跡にもならない冷え切ったそれは、誰かの慰めにこそならないが、だが百合に触れて彼女の心を誘うことは出来た。

 何も無いところで、お化けと少女。二人は抱き合い、泣く。


「う、ううぅ……紫陽花ちゃん……」

『百合、ちゃん……!』


 こんな理想の外の物語なんて終わりだと、電源落としたその先。ゲーム世界の終焉の風景。そんな在り来り程度で心痛めて何になる。と、誰かがもし口にしたところでもそんなの彼女らの慰めになることはないだろう。


「あたしが痛いのよりずっと、苦しい、よぉっ。辛いよぉ!」


 何しろ、この全てを愛するテキストは、終わりさえも愛してしまっていて、命に恋してしまっている。

 その上で、幽霊を最愛に選んだ欲張り。


『百合ちゃん、百合ちゃんっ!』


 大好きな人の胸の痛みなんて知りたいけれども分かれない。でもその程度で別れたくなければ全身で持って熱を感じる。包容に意味はなく、温かいと冷たいが混ざり合っても生死は両天秤の先にあって終わりにあっては無意味であるかもしれない。


「ありがとう……」

『うん……百合ちゃんも、ありがとう』


 地平に赤がきらめき、ありとあらゆるものが帳の前に沈む中。二人はただ互いの支えとして絡み合うばかりで。


「あれ?」

『え?』


 そんな人間らしさの前に、大きな影一つ。八尺どころではない、天に蓋する彼女が屈みながら彼女らを見下ろして。


「ぽぽぽ……」


 小さく笑んだ。そう、世界にその黒きボンネットで蓋をする前に、神はまだ笑えている。


『高子さん?』

「たかこ……さん?」


 円な瞳四つは偽神の全貌を見渡すには決して足りずに。


「ぽぽぽ……こんばんは」


 だがそんな二人だからこそ、終末にて確かな価値を示すことが出来るのかもしれなかった。


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