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9.аэропорт

空港にて



「じゃあ、またね」


 最寄りの空港にて。

 私と彼女は、著名な作曲家の名を冠したラウンジで軽食を済ませてから、

コンコースへ出て別れの儀式を始めていた。


「ああ。気を付けてな。

…………今度一緒に、乗せてくれるか?」

「……うん。もちろん」


 彼女のプライベートジェットも、子供の頃以来乗っていない。


「何処に行こうか?」


 彼女は少し考えてから、遠い昔を思い起こすように答えた。


「……子供の頃、ノルウェーにオーロラを見に行ったよね?

……また行きたいな。一緒に」


 ――子供の頃。


 思い出すのは、二人で見たАврора(オーロラ)

 一緒に遅くまで起きて、空に浮かぶそれを横目に見ながら、色々なことを語り合っていた夜。


 ……今の私達が、あの雰囲気に浸ったらどうなるのか。

 彼女はそれを理解した上で提案しているのだろうか。


 ……だとすれば……。


「………………ああ。いいな」


 自分の想像に浸っていると、また相棒の声が聞こえた。


『えっ…………ご主人、俺は?

俺も行くんだよな?』


 そう言われた気がして足元の相棒を見やると、彼は物哀しそうに私を見上げていた。


「キミも一緒においで。

……それまで、いい子にしててね?」


 彼女は相棒の頭を撫でながらそう言い聞かせた。


 ……わかったよ。一緒に連れて行ってやる。


「……じゃあ……目、瞑ってくれる?」


 すると彼女は、距離を詰めながらそう告げて。

 私はそのまま言われた通り両目を閉じた。


「…………あ、ああ…………」


 これは……アレだ。

 アレに違いない。


 私は気付いていないふりをしながら、少し身を屈めて。

 実はずっと欲していたその柔らかい感触を、万全の状態で待ち構えた。


 ……のだが。


「……ぷふふっ。

何されると思ったの?」

「え?」

「あははっ。その顔っ」


 目を開けると、彼女は心底可笑しそうに笑いながら私を見ていた。


「…………ショックだ」

「……えっ、あ…………ご、ごめんね?」


 私が心底残念そうに肩を落としていると、可哀想に思ったのか、彼女は顔を覗き込んできた。


 ――今だ。


「……掛かったな」

「え?」


 私はすかさずその小さな両肩を両手で掴み、しっかりホールドした上で、その唇を奪った。


「ん、んむっ!?」


 周りにそこそこ人がいた気はするが、そんなことは関係ない。

 今はむしろこの幸せな自分を、世界一美しい彼女と想い合っている自分を、

堂々と見せつけてやりたいくらいの気分だった。


「…………はぁっ。

…………やられた~…………」


 悔しさと嬉しさが入り混じった顔の彼女に、私は少し間をおいて尋ねた。


「…………やっぱり、もう一泊していかないか?」

「…………うわあ。やる気満々だよこの人……」


 彼女は呆れたようにそう漏らし、そのまま真面目な口調で続けた。


「…………そうしたいけど、学校あるし。

夏までガマンして。

気に入ったコーデの写真、毎日送りつけてやるから」


 ……それは……いいな。


 彼女は私の頭の中で、様々な服装でポーズを取って自撮りを決めていた。


「徐々に布が薄くなって、露出も増えていくわけか。

…………SNSには上げるなよ?」

「うん。

独り占めさせたげる。

……その代わり、動物の写真。いっぱい送ってくれる?」


 期待で煌めいたその瞳を、私は真っ直ぐ見つめ返して。


「……ああ。必ず。

……必ず、送るよ」


 それから私たちは再び口付けをして、しばしの別れの儀式を済ませた。


 因みに帰り際、彼女と離れ寂しがっていた相棒の頭を、私は初めて撫でることに成功したのだった。




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