8.Утро пробуждения
目覚めの朝
『ご主人!
起きろ、ご主人!
大変だ! "奴"が来た!』
「………………はっ?」
声が聞こえた気がして、私はベッドの上でハッと目を開いた。
瞼を擦りつつ起き上がり、カーテンの隙間から窓の外を見やる。
「…………ぐわうっ! ばわうっ!」
気のせいではない。外で相棒が吠えている。
……この吠え方は……。
私は全裸のままロングダウンコートを羽織り、そのドアを少しだけ開いた。
「……はい。どちら様……」
「……ちょっとお話伺っても?」
ドアの隙間から顔を覗かせるその男は、まるで地元の警官のような格好をしていて…………。
「………………」
……警官だ。
警官だった。
本物だ。この真面目そうな顔は以前、何度か見かけたことがある。
警官が私の仮住まいを訪ねている。
「…………ご苦労さま。
…………何か?」
私は平静を装って尋ねた。
「実は最近、小学生くらいの女の子が目撃されていましてね。
匿名で通報があったんですよ。
ここらでは見かけない少女で、何か事件に巻き込まれているのではないかと」
思えばこの時点で嫌な予感がしていて、私は次第にそれが気のせいではないと確信していた。
「……それで、何故ここに?」
「目撃情報がありましてね。
この辺りに、誰かと歩いて行くのを見たという……ね」
逆光でよく見えないが、向こうから私はよく見えているのだろうと思った。
「……そうですか。
見つかるといいですね。次の吹雪が来る前に。
……では……」
そう言って波風立たない内にドアを閉めようとすると、しかし彼はガシっとそれを掴んで止めた。
「ちょっと待った」
「……何か?」
「……中を見せてもらえませんか?」
……まずい。
「……令状は?」
「実は、こういった"特殊な家宅"に捜査令状は要らないんですよ」
たぶん嘘だ。
……いや。本当かもしれない。
ブラフだとしても、踏み入って"彼女"を見つけてしまえさえすれば彼の勝ちだ。
私がどうにも困っていると、背後から彼女の声が聞こえた。
「…………う~ん…………」
ベッドの方をちらっと見やると、何かがモゾモゾと布団の中で蠢いていた。
それはまさに、繭の中で変態を遂げているような……。
「…………今、何か声が…………?」
「気のせいです。少し待っててもらえますか?」
私はドアを閉めてロックし、急いで孵化の現場に立ち会った。
「……んん~……」
ベッドの上。
先程は気が付かなかったが、その左半分に彼女が寝ていた。
……あ。
しかも今、もしかしなくても全裸じゃないか?
「……犯罪だ……」
いや、法を犯したわけではない。
(条例的にはギリギリアウトかも知れないが……)
しかし"これ"を見られては、そういうことになってしまう可能性が高い。
というか……そうだ。
彼女、「バッグを忘れた」と言っていたな。
つまり、身分証も何も持っていないということだ。
カードは上着のポケットに入っていたが、身分証になるのか疑問だ。
「入りますよー?」
私は咄嗟に彼女の頭にも布団を被せ、何とかカモフラージュできないか模索した末に諦めた。
……まずい。
非常にまずい。
どうしようか。
恐らくこの状態の彼女を見られたら、事情を説明する前に銃を向けられ床に押し倒される。
それから手錠を掛けられ、最悪、今日一日が事情聴取で終わってしまうかも知れない。
――彼女との、貴重な一日が、だ。
それは避けたい。
それに昨夜、彼女と約束したのだ。
「明日こそは一緒に狩りをしよう」と。
彼女との約束を破るわけにはいかない。
彼女を"これ以上"悲しませるわけには……。
「あ、すみません!」
私が切羽詰まってあれこれ考えていると、ドアの向こうから警官の申し訳無さそうな声が聞こえた。
「ちょっと用が出来たので、もう帰ります。
何か見かけたらご連絡ください。ご協力どうも」
ザクザクと雪の上を歩く音と、エンジン音と共に走り去る雪上バイクの駆動音。
「…………何か知らんが、助かった……のか」
私はホッと胸を撫で下ろし、そっと顔の部分だけ布団を剥いだ。
「……命拾いしたな。
私も、お前…………も………………」
私はまた息を呑んだ。
というのも、彼女が全裸だということをすっかり忘れていただけでなく、私を見上げるその目が何か、やけに艶っぽかったからだ。
「………………」
彼女も私も動かない。
互いに黙って、じっと目と目を合わせたままだ。
「………………午後に起きて、狩りに行こうか」
「………………」
彼女はコクっと静かに頷き、その身体を覆っている布団を貝のようにぐばっと開いた。
私は気付けば、熱気と彼女の匂いが籠もったその空間に、我を忘れて潜り込んでいた。
――そうして結局、私たちが狩りに出たのは、午後の二時を回ってからだった。