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◆結ばれた盟約

 あたし、ナタリー。

 ナタリー・ライアード。ここ、ガルバの国のはずれの小さな村に一人で暮らしています。

 両親は二年前に不慮の事故で亡くなり、兄弟のいなかった私は嫌でも一人に。

 初めは両親の死が受け入れられず、泣いてばかりの毎日。そんな私を励まし、いつもそばにいてくれたのは親友のカトレアです。

 カトレアはだいの仲良しで、一人ぼっちの私のところへよく遊びにきてくれる良い子です。

 でも面食いなのがたまに傷…。

 カトレアに限らず、村の人たちは皆私に親切にしてくれる人ばかり。

 そんな優しく、楽しい村の人たちに助けられながら、私はここで生きています。

 そんな細々と、でも幸せな生活をしていた私に最悪な事態がふりかかったのです。

 私、実は、今は一人暮らしじゃありません。

 あることがきっかけで、人間じゃない人と同棲することになっちゃいました。

 しかも男です。

 結婚したとかそんなんじゃありません。

 そんな幸せなものでは決してありません。


 だってその人






 バンパイアですから










 ナタリーは羊皮紙に筆をはしらせ、日記を書いていた。


「なので…いつか魔物にとりつかれた私を助けてくれる人があらわれますよ・う・に……っと。でき……「おいっ、ナタ!、腹減った。血!!」」


 げ…。

 おいでなすった。

 この口の非常に悪い、長身の男が、バンパイアです。

 髪は黒。服も黒。性格はドス黒い。絶対。だって高慢で自分勝手で、人間を馬鹿にしてて。

 全身真っ黒おばけのバンパイア。

 唯一黒くないのは瞳。血みたいに真っ赤な瞳で、お腹がすくとあたしをギラギラした瞳で見てくるんの。飢えた獣みたい。

 ちょ…、こ、怖いんだけど…。

 エリクは、(あ、名前はエリクソンって言うの)つかつか歩み寄ってくると、椅子に座っていたあたしの肩を強引に掴んで引っ張った。

 ガタンと音をたてて木製の椅子が倒れる。

 エリクは、無理矢理立たされてふらつくあたしを強引に抱き寄せると、首筋に顔を埋めてきた。

 ハァ…とエリクの生暖かい吐息が首にかかる。

 ぞくっ…

 背筋がビリッとする。

 …悪寒です。

 感じてるんじゃありません。


「……っ…」


 不意にザラッとした感覚があたしを襲う。

 いや〜〜ッ!!

 舐めた!この人舐めやがった〜!!!


「ちょっ…!?早く終わらせてよっ」


 あたしの顔、間違いなく真っ赤だと思う。

 怒ってるのと、いやらしい、恥ずかしい行為をされたのと、ダブルで。


「だったら大人しくしてろ。動くんじゃねぇ」


 真っ赤な瞳が見つめてくる。あたしはそれだけで動けなくなった。だって真っ赤な瞳がいつもにも増して妖艶な輝きを放っていたから。どんな宝石よりも、ルビーなんかよりも綺麗な瞳だったから。

 あたしは固まる。

 そしてエリクは再び顔を埋めると、あたしの首にブツリ…と白い牙を突き立てた。


「…ぁっ…」


 ブツッ…とあたしの皮膚を破って異物が突き立てられ、あたしはビクリと体を震わせた。

 防衛本能で、体がエリクから逃げようと動いた。

 けど、エリクがそれをさせてくれない。

 背中と腰にまわされた彼の腕ががっちりとあたしの体を押さえて離さないから。耳元では、ゴクリ…ゴクリ…と喉を鳴らす音。

 そう。

 エリクは今、あたしの血液を美味しく飲んでるの。

 なんでって?

 そういう約束をしてしまったから。

 化け物に襲われたあたしのを助ける代わりに、あたしの血を一生エリクに捧げるって約束をしてしまったから。

 バンパイアから見て、あたしの血液は極上、とっても美味しいらしい。

 味なんて人間のあたしには分からないけど。

 たまたま美味しかったから、こうして吸血されてるわけです。

 あたしとエリクはそういう関係。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 血を分け与える者と、それを糧に生きる補食者。

 これが一生。

 あたしが死ぬまで続けられる。

 皆さん、軽い口約束には気をつけて。

 後々後悔するかもしれませんよ?


 あ…。

 少しぼーっとしてきた。血、なくなってきたみたい。

 あたしはエリクの胸を軽く叩く。


「ね…、そろそろ終わり。あたし死んじゃう」


 そう言うとエリクの上下していた喉がピタリと止まる。

 すっ…と皮膚を破っていた牙が引き抜かれ、エリクは頭をあげた。

 赤い瞳は、さっきよりもより濃く、赤黒いものになっていた。

 少し視線を落とすと、エリクの口の端から、たった今まで啜っていた血液がたらりとこぼれていた。

 これが生き血を啜るバンパイアの本性。

 …なんてグロテスクなの…

 背筋がぞくっとする。だけど、その光景についつい魅入ってしまう。怖い。恐怖すら感じるのに。 一枚の絵画のように美しいと思ってしまうのはなぜ……?


 エリクは口の端からこぼれた血液を舐めあげると、最後に袖で口元を拭った。

 そして、首筋をおさえ、ぽーっと立ってるあたしを見た。


「おまえ……」


 何…?

 まだ血が足りないとか言うんじゃ…


「…俺に惚れた?」


 ぶっ…!!!?


「な、ななな、何言って………!?」


「じゃあ動揺すんなよ」


 エリクはさもおかしそうに笑ってる。

 うぅ…からかわれた。バンパイアに。あたしは血の量が減ったせいか、反発する気力もなく、ベッドのわきまでヨロヨロ歩いていく。


「?寝んのかよ」


「うん。夜も遅いし」


 ばふっとふかふかのベッドに横になる。布団もかけずに目を閉じた。

 こうして目を閉じると神経が耳に集中する。

 遠くからホーホーとふくろうの声。

 虫の鳴く声もする。

 賑やかだわ。

 

 夜って案外静かじゃないのかもしれない。

 だって夜、行動する動物たちもいるのだから。当然といえば当然。

 あ…


 あたしは思いだしたように目をり開いた。そして首だけ横に向ける。視界に入ってくるのは、全身黒づくめのエリク。

 彼は壁に背をついて立っていた。レディーの部屋にまだいる気……?

 あたしは、寝るから部屋を出て欲しいと言おうとした。

 でもやめた。

 なんだか様子が変だったから。

 エリクがある何かを睨みつけている。

 あたしはそっと視線をたどった。

 そこには月が差し込む部屋の窓。夜空には無数の星がまたたいている。

 何を睨みつける必要があるのかしら。あたしは訳もわからず、ただぽけーっとそこを見つめた。




 ザッ…


「…!」


 カーテンがあきっぱなしの窓を、黒い何かが横切った気がした。

 な、何?今の。きのせいよね………

 鳥の影かもしれないし…

 気にしないようにしよう。

 そう思ったけど、エリクが何かを警戒するように窓の外をずっと見てる。それがあたしに言いようのない不安を起こさせる。


「…エリク…、いま何か通った……?」


 あたしは堪らずエリクに尋ねた。

 エリクはちらっと私に視線を合わせ、すぐに戻すと言った。


「……ああ。なんか通ったな。気配がする」


 エリクはツカツカと窓に近づいていく。

 そして窓から1メートルくらいの所までくると立ち止まった。


「おい。てめぇ。それで姿隠してるつもりか?壁に張り付いてんのバレバレなんだよっ」


 エリクは窓に向かって一喝した。

 あたしは起き上がり、布団をたぐりよせて震えた。

 …また?

 またあの黒いお化けがあたしの家に…???

 エリクがいるとはいえ、またあの化け物に会うのかと思うと、冷や汗がふきでてくる。


 嫌だ。

 みたくもないのに。


 と……。

 ついにそれが姿を現した。

 黒い物体が窓枠のはじから頭をのぞかせる。

 そこには目玉らしき赤い光が二つ。


「ひっ……!」


 あたしは布団を思いっきりかぶり叫んだ。


「やだやだやだやだ!!エリク、早くやっつけてっ!!!!」


 あたしはきゃーきゃー泣き叫ぶ。早くいなくなって!!

 化け物なんて嫌い!あたしを殺そうとやってくるから。


 早くいなくなって!






「………おや…?私は何故にお嬢さんに怖がられているのでしょう。ねぇ?黒坊ちゃん」


「てめぇ…その呼び方いい加減やめろ!!」


 あたしが恐怖にうちひしがれているとエリクじゃない男性の声がした。


「黒坊ちゃん、私にはいつまでもあなたは坊ちゃんですよ。今更呼び方変えられると思います?」


「だーかーらっ!坊ちゃんはやめろってんだ!クソじじい!」


 しかもエリクと会話してる…?

 これはどういうこと………?

 恐る恐る布団を持ち上げ、窓の方を見た。そこには化け物じゃなく、エリクよりは年上の大人な男性が窓から部屋をのぞきこんでいた。

………ていうかここ2階ですよ……!!?


「おや!可愛らしいお嬢さんだ。すみませんが、中にいれて貰えます?」


 少し垂れ目な赤い瞳が緩やかな弧を描く。

 白髪で、長い髪を一つに結わえている男の人だった。

 化け物じゃない…(?)あたしは予想していたものと全く異なっていた展開だけに、ぽかんとした。

 どちら様ですか…?


 あたしが何か言う前に、その男の人は勝手に窓を開けて中に入ってきた。

 黒のタキシードを着たその男の人は、スラリと長い足をきちっと揃えると、被っていたシルクハットをはずし、丁寧にお辞儀をした。


「お嬢さん、こんな夜更けに大変申し訳ありません。うちの関係者がお世話になっているようで、ご挨拶をしに参りました」


「は…はぁ……」


 あまりにも丁寧口調、そぶりをする男性に、あたしはただ見とれた。

 なんて紳士な人なんだろう?関係者ってエリクのことよね……?

 この人も瞳が赤いし、きっとバンパイアなんだわ。


「柄にもないことしやがって…じじいめ」


 さっきからエリクは眉間にシワを寄せて、ぶつくさ言っている。じじい…って…、この人充分若いわよ?まだ30代くらいじゃない。


「エリクソン。あなたはそんなに私が嫌いなんですか?仕方ない子だ。だからいつまでも黒坊ちゃんなんですっ」


 男の人は、腰に手を当てて、エリクソンを叱責する。けど、垂れ目なせいかあんまり怒ってるようには見えない。たいして怒ってないんだと思う。


「だから!!俺は坊ちゃんじゃねーー!!!ガキじゃねーんだ」


 エリクは不満そうに、大声で怒鳴った。耳がキーンとする。


「エリクソン。お静かに。それに恩師に向かってその態度はなんですか」


 恩師……?

 エリクの?

 へーー……エリクも教育機関にお世話になってたことがあるんだぁ。普段、不良みたいだから、意外だわ。

…って、そうじゃなくて………。


「あのぅ…あなたはどちら様ですか…?エリクの先生っていうのは一体………」


 恐る恐る聞いてみる。

すると男の人はにっこり笑って自己紹介をしはじめた。


「申し遅れました。私、ハブロ・カマルと申します。エリクソンには、魔法と退魔方法を教えていまして。あっ、退魔と言いましても、魔物と戦う力を身につける方法という意味でして、決して聖職者がやってるものとは意味が異なりますのでご注意を」


「は…はぁ…。あのぅ…ハブロさん…?今日はどういったご用件で?」


「今日は、エリクソンに用がありまして。なに、少し重要な話がありましてね。少しエリクソンをお借りしてもよろしいですか?」


 ハブロさんは、バンパイアどうし重要な話があるのだと言う。あたしは二人を邪魔する理由もないし、どうぞ、と頷いた。ついでに一階のリビングで話しをした方がここよりはいいだろうと思い、彼に提案した。

 ハブロさんはそれは有り難いと、あたしに一礼すると、エリクに目で合図して部屋を出ていった。エリクは渋い顔をしてハブロさんのあとをついていく。

 嫌そうな顔……。これからお説教される子供みたい。


 あたしは二人がいなくなった部屋の扉を静かに閉めて、ベッドに潜り込んだ。

 やっと寝れるぅー…。

 さあ眠ろう、と目を閉じた。


 でも……






 寝れない。




 お客さんがいるのに、この家の主人が寝てしまってどうするのだ。

 例えバンパイアと言っても客は客。それにハブロさんはいい人そうだったからお茶くらいだそうかな。

 ナタリーはぴょんとベッドから跳ね起き、一階のリビングに向かった。








「これは良いソファですね。ゆったりしていて非常に良い」


 リビングに置かれたラブソファに腰かけながら、機嫌良くハブロが言った。向かいがわに座ったエリクは、そんなことどうでもいいと言った様子で、早く用件を言えと催促している。

 片足はすでに貧乏ゆすりをはじめ、苛立たしげだ。


「あなたはせっかち&自己中、高慢…昔からそうでしたが、今もですか」


 ハブロはそんなエリクを残念に思ってか、こうべを垂れて呆れた。


「うるせぇよ。早く用件言え」


「……はいはい。仕方ない子だ」


「だからガキ扱いすんな!」


「わかりましたから。ではエリクソン、本題です。あなたは人間界で下級バンパイアをだいぶ倒してまわってくれているようですが……なぜこのような場所に居座っているのです。早く人間界にはい出た下級バンパイアを倒して、魔界に戻ってくる約束でしょう?あなたならすぐ出来ると思って、バンパイアの中でも有能なアルカイブ一族のあなたに頼みましたのに。シルビアも淋しがってますよ?お可哀相に。婚約者のあなたが、人間界の、しかも女性宅でお世話になっていると知ったら…彼女、泣きますよ…?」


「泣かねーだろ、あの女は。そもそも俺らは表面上での付き合いだけだし。あいつもそう思ってるだろ」


「しかしねぇ…」


 エリクソンは興味なさそうに欠伸をした。


「…ともかく、あなたをここにおいてくれてる人間の彼女にも迷惑がかかります。こちらにいる間は私が面倒みますから、今日でこの家を出ましょう。いいですね?」




 階段を軋ませ降りる。内容は分からないけど、二人とも何か話しをしてるみたい。


 ここであたしが行くのはお邪魔かしら…?


 二人の会話に参加するわけじゃないしいっか。


 ギシと音をたてる階段を一段一段おりて、リビングまできた。すると、ハブロさんがの声が聞こえてきた。


「…ともかくあなたをここにおいてくれてる人間の彼女にも迷惑がかかります。こちらにいる間は私が面倒みますから、今日でこの家を出ましょう。いいですね?」


 ……え…?





 今、なんて……?



 あたしの体が急停止する。


 今日でこの家をでる? ………エリクが?




 嘘………。




 咄嗟に戸棚のかげに身を隠した。




 ショックだった…。




 信じられない。




 ……本当に?





 ショックで動けず、立ちすくんでると、エリクがあたしの気配を察知してこっちを見た。ハブロさんもそれにつられてあたしを見る。

 ハブロさんは申し訳なさそうに、重たい腰をあげて歩み寄ってきた。



「お嬢さん、…ええと…?」


「……ぁっ、ナタリーです」


 ハブロさんの声にハッとして名前を名乗った。


「ナタリー。エリクソンがあなたとどこまでの関係になったのかは分かりません。しかし、エリクソンは事情がありまして、今日でここを出ることになりましたから。もし男女としての関係があったのならば、あなたにとってはエリクソンとの別れは悲しいものだと思います。ですが、どうかご理解下さい。急な訪問と急な別れを許して下さいね…」


 ハブロさんはそう言うとあたしの両手をそっと握りしめた。

 ひんやりした手の平だった。

 エリクは何にも言わない。

 あたしは俯いたままで、二人からはその表情は全く見えない。

 あたしはドキドキしていた。


 だってエリクが…。


 こんな急にいなくなるのよ?


 高慢で自己中なバンパイアが、あたしに血を一生捧げろと約束させたバンパイアが……?


 これはもう……。





 ああ…ダメ…





 なんとか我慢して表情を隠そうとしていたけど、あたし、もう耐えられそうにないわ





「肩が震えています……。悲しいのですね。すみません。エリクソンが急に転がりこんだばかりに」


 ハブロさんが何か言ってる。

 でもそんなの聞こえない。


 だって……だって…もう………







「いやったぁ〜〜〜〜!!!!!! あたし、エリクから解放されるのね〜〜!!! ハブロさんっ、ありがとう!! ありがとう!! どうぞ、エリクを連れてって下さい!!ハァ〜良かったぁ〜〜〜。やっとあたしに平和が戻ってくるのね〜〜! 神様、ありがとう!!」



 人生最大の笑顔で、あたしは泣きながら喜んだ。ハブロさんに握られていた手を握りかえして、ブンブンと上下に振った。ハブロさんは大人しかったあたし豹変ぶりに驚いて、目が点になってる。


「やったやった!じゃっ、元気でねエリク! 短い間だったけど、まぁ、ちょこっとは楽しかったわよ? ミジンコくらいだけど」


 あたしはハブロさんの手を掴み、ぴょんぴょん跳ねながらエリクに別れの挨拶。

 エリクは、物凄い形相で額に青すじをたてている。


「てめぇ〜………、調子こきやがって。約束、忘れたとは言わせねぇぞ……?」


「約束?なんのことかしら。知らないわ」


 あたしは歓喜に冷静さを忘れて、エリクに向かって子供っぽくあっかんべーをした。


「約束とは?二人とも、何か契約でも交わしたのですか?」


 あたし達の言ってることが分からず、ハブロさんは尋ねてくるけど、エリクがいなくなる今は、あの約束も無しだものね。


「いいえ。何も?さ、エリクを連れていって下さい。あ!玄関はあっちなんで」


「こんの、クソ女ッ!!ふざけんな!!下級バンパイアから守ってやるかわり、血を一生ぶん俺に捧げる約束はどうしたぁ!!」


「なにそれ。妄想?」


 その言葉にエリクがさらに怒った。

 ハブロさんがいるから今のあたしは無敵だもんね〜

 あたしは本当に調子にのっていた。


「二人とも!!お・静・か・に!!!」


 ハブロさんの声が高らかに響き、あたしとエリクは一斉に口をつぐみ、ハブロさんに注目した。

 ゴホンとハブロさんが咳ばらいする。


「二人とも……少々落ち着きなさい。今のお話、本当なんですか?」


「本当だ!」


 あたしが何か言う前に、エリクが即答した。


「お嬢さん、エリクソンはこう言っていますが、本当ですか?」


「ぅ………、……はい」


 あたしは正直に答えた。ハブロさんの赤い瞳が…正直に言わないと殺す、と言ってるみたいだから…。


「どういういきさつかは知りません。エリクソンに聞きます。それは口約束?それとも正式な術式によるものですか?」


 口約束と正式な術式のもの……?

 何かひっかかったあたしは、即座に答えた。


「口約束でした」


「…ふむ。エリク?」


「その女の言うとおりだ」


 エリクも正直に答える。そしてぷいっとそっぽを向いてしまった。


「ハブロさん、あたし、そういう約束をしちゃったからエリクを家においていたんです。…でも…正直辛くて。取り消したいんですけどエリクに盟約だ、約束を破ったら殺すって脅されてて…」


 あたしはこの際だからエリクと出会ったきっかけと、今までの経緯を全て話すことにした。


 全て話し終えると、ハブロさんはエリクをちらっと盗み見て、あたしに言った。


「そうでしたか……。なにゆえエリクソンがこちらに滞在しているのかがようく分かりました。けれどナタリー。その約束はきちんとした盟約ではありませんから、守らなくとも良いのですよ?」


「…っ!……じじい」


 エリクソンが言うなとハブロさんを睨みつける。でもハブロさんはそれを無視して続けた。


「どういうことですか……?」


「正式な盟約は術式を使って相手を縛り付けるのです。しかし、あなた方のお話しによると、本当にただの口約束。つまりエリクソンがあなたを脅していただけとなります。全く…何をやっているんですか。エリクソンは」


 ハブロさんは盛大に溜息をつく。

 え……?

 ただの口約束?

 最初から盟約は成立してなかったぁ…!?

 じゃ…じゃああたし、今まで騙されて脅されてただけ〜〜?

 信じられない…

 貧血になっただけじゃない。


「お嬢さん、ともかく契約…いえ、盟約を交わしていないのならば、エリクソンは私が連れていきますから。ご安心下さい 」


 ハブロさんがにっこり微笑む。

 そうだ。盟約なんてなかったんだから、本当にエリクとはお別れなんだわ。

 ホッ


「〜〜っ……!今、ホッとしやがったなてめぇ」


 ところでさっきから怒ってるエリクは何なのかしら。人を騙しといて。怒りたいのはあたしなんだけど………(?)


「なにまだ怒ってるんですか、エリクソン、行きますよ?ではナタリー。お元気で。下級のバンパイアはまだ全滅したわけではないので、お気をつけて」


 うぅ…………。

 そうでした。

 あいつら…いなくなったわけじゃないんだわ。

 口約束とはいえ、今までエリクソンがいたからあたし、今ここにいるんだろうけど……。

 ハブロさんがそんなこと言うから、急に不安になるじゃない。

 これからエリクに吸血されなくなるのは安心。でも、貧血にならない保証はできても、今度は命の保証がゼロってわけで……。


「はい。生き延びられるよう頑張ります…」


 でも、大丈夫よきっと。今まで一人でやってきたんだし…

 それにツバイ君やエリクソンが、下級バンパイアをやっつけてくれるんでしょう?

 だったら安心よ。

 心配ないわ!


「エリクソン?何をぼぅっと立ってるんです?行きますよ?それとも名残惜しいんですか?彼女の血が。確かに、お嬢さんからは私達を惑わす芳しい香りがしてきますからね」


 ハブロさんがあたしにその綺麗な顔を近づけて、くんくんと匂いをかいだ。


「ちょっ……ハブロさん、顔がちかい……っ」


 途端に真っ赤になるあたしの顔。

 きっと熟れたトマトみたいな顔になってること間違いなしだわ。


 と、そこに、さっきまでだんまりだったエリクが割って入ってきた。


「俺のに近づくな。」


 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?






 なんて言った?この人。


「俺の食料だ!」


 ……あ、そう…。

 食料ね。

 ビックリしたわ。

 何をらしくないこと言ってるのかと思ったわ。

 食料でホッとしたわ。


 ………。…全然良くないけど!?


「ちょっとエリク!あたしは…「今きめた!!」」


 ……?何を??


「正式に術式で盟約を結ぶ。わりぃが…てめぇの血液は極上だ。俺がみすみす手放すと思うか………?クククク…」


 不敵な笑みを浮かべるエリク。

 ちょ…!ククク…って。そんな陰った顔で笑わないでよ。怖いわよ。

 ていうかちょっと待って……?

 今…術式で正式に盟約を結ぶって言った!?

 何言ってんのよ?あたし、解放されたんだからね。

 そんなの無理なんだから。

 あたしは慌ててハブロさんの後ろに隠れようとしたが遅し。

 首ねっこを掴まれてまんまと捕獲されてしまった。


「首だせ。こら」


 きゃー!!

 脱がすな馬鹿ー!肩が出る!肌がでるー!!お嫁にいけなくなるーーーー!!


「エリクソン、本気ですか!?あなたにはシルビアがいますのに」


 シルビア?

 誰それ?

 それより、このド変態バンパイアからあたしを助けて下さい!


「シルビアなんか知ったことか。それより俺はいい食料が見つかってこっちのが大事なんだよ」


「しかし!術式で盟約を結ぶとは、所有の印をつけるということなんですよ!?それはつまり…あ〜もう!!シルビアが怒ります!いいからそれだけはおやめなさい!」


 それはつまりなんですか!?その先が気になります!!それに所有ってどういうこと!?

 あたしはエリクの家畜になれってことですか!?

 ハブロさんは切羽つまった様子でエリクソンを叱りつけるが、エリクソンはあたしと“盟約”(契約…?)を交わそうと必死にあたしを掴んではなさない。


「やだやだやだ!!絶対やだ!!なんでエリクの“もの”にならなきゃならないのよ〜〜!!」


「いいから言うこと聞け!!そもそもハナっから俺の食料になる約束だろうが!諦めろ!!」


「いやだーー!!あたしはエリクの家畜にはなりたくないー!!」


 手を振り、足を振り、必死の抵抗をみせても、エリクソンにはかなわず。ハブロさんも引きはがそうとエリクソンに掴みかかるが、それもエリクソンに振りほどかれ…。 まぁ…二人相手に、器用だこと。

 と、思った隙に、エリクは何やら呪文のようなものを呟くと、同時に掌に現れた小さな紋様を、あたしの首筋に押し付けた。


「!!……っぅ……」


 途端に首筋に激痛が走る。あたしは苦痛に顔を歪めた。

 ドクドクと脈うつのに合わせて、ズキンと刺すような痛みが襲ってくる。

 ようやく痛みが引いてきた頃、首筋を見ると小さ痣ができていた。それは小さな魔法陣のような形をしていて…。


 なにこれ……


 あたしはエリクとハブロさん、二人を交互に見た。これはなんですか?と聞くように。


「手遅れです…」


 ご愁傷様…と、 ハブロさん。


「今度こそ本当に盟約は成立した。」


 と黒い笑みを浮かべるエリク。


 え…

 これが、もしかして………?


「お嬢さん…、エリクソンの言ったこと、聞こえました?盟約、成立です」


 成…立……。

 あたしの中のなにかがガラガラと音をたてて崩れ落ちていく。


 盟約……成立…。

 あたし…エリクの家畜、決定……??



 い………






 い…………
















 いやぁーーーーー!!

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