◆何しにきたの?
「ハァ…倒したぜ」
エリクは一階の窓を開けるとそこからピョンと部屋の中に上がり込んできた。
「ちょっ!窓から入ってこないでよ」
眉間に皺を寄せ、腰に手を当ててナタリーが出迎える。
「あ?別にいーだろが。細かいこと気にしてっと顔中皺だらけになっぞ。」
エリクは自分の眉間を指でさすと、何食わぬ顔で言った。この透かした態度がナタリーの癪にさわる。
「なっ!?あなたなんかただの居候のくせに」
「あ゛?なんか言ったかよ」
「何も?」
ナタリーの文句に不機嫌になるエリクソン。だが、ナタリーはそんなエリクソンを無視してキッチンへと向かった。
ナタリーとエリクソン、この二人は人間とバンパイアという関係である。本来なら出会うはずもなかった二人なのだが、世間を騒がす怪事件が起こったことにより二人は出会ってしまった。怪事件というのも、生き血を奪われた人間の死体が数多く発見されるというものであった。それは世界規模らしく、今だ得体のしれない犯人に、人々は恐れおののく日々を送っているのである。
だが、ナタリーは知っている。その得体のしれない犯人を。
それはバンパイア。生き物の、得に人間の生き血を好み、突如現れては人々の生き血を喰らっているのである。悍ましい、恐ろしい存在。ナタリーは一度襲われたことがあった。村はずれの小さな教会。そこのステンドグラスが好きで、度々足を運んでいたのだが、その時に奴は現れたのだ。黒く、何本もの手足を持ち、男と女の声で血を求めてやってくる。
もうだめ!そう思った時、たまたま出会ったエリクソンに己の血を与える代わり助けてやると言われ、生きたいがためにそのような約束をしてしまったのだった。
それからと言うものの、エリクソンはナタリーの家に居候をし、血をもらってはたまに出現するバンパイアからナタリーを護っているのである。
だが――――。
高慢で口悪いエリクソンに、ナタリーは扱いに困っていた。言うことは聞かない。すぐに血を求める。性格は最悪だった。
(あ〜なんであんな人を居候させてるのかしら。)
ナタリーは苛々しながら夕飯の支度をしていた。
(あんな約束するんじゃなかった…)
エリクソンに一生血を捧げる。その約束を解除したい。ナタリーの頭の中はそれだけでいっぱいだった。だが、彼ら人外の者ゆえ、逃がれようと思っても容易ではないだろうと思った。
(そもそもエリク、自分の身の上話しした時ないじゃない!バンパイアってことしか分かってないわよ…)
そう考えるとナタリーは苛々して仕方が無かった。
と、その苛々が口に出ていたのだろう、エリクソンがキッチンに顔を出してきた。
「あ゛?俺の文句なんかたれてんじゃねーぞコラ」
「わっ!なんでいんのよ。あなたはどっか行っててよ。どーせ何も教えてくれないくせに」
「お前が俺のことを知ったとこでなんの利益があんだよ。必要ねーだろ」
「そうかもしれないけど…。でも、ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない…」
気丈な態度だったナタリーが突然シュンと肩を落とすと、エリクソンは調子が狂ってしまう。
(おいおい…なんだよ急にシュンとしやがって)
人間とバンパイアとはいえ、同じ屋根の下で住むようになっからにはお互いのことを知りあっても良いのではないかと思ったのだ。
「なんだよ。何が知りてーんだ」
面倒くさそうに、けれども仕方ないというふうにエリクソンが折れる。
「!いいの?」
「いいって言ってんだろ。早くしろよ人間」
(人間ね…。まーたそうやって見下した言い方するのね)
エリクソンに言いたい文句は山ほどあったが、折角教えてくれるチャンスを見逃すわけにもいかないので、ここはなんとか我慢した。
「エリクは…どうしてこの世界にきたの?」
「それはだな…。アイツらを減らすためだ。ほら、下級バンパイア。お前だって襲われただろうが。ていうか言わなかったか?この話し」
「?ううん。聞いてないけど。いつ話したの?話してくれたっけ?あ…やっぱり聞いたような…でも忘れた!」
(あ〜……あれか。ツバイが来た時ちっと話したけど。寝てたんだったなコイツ。そんで寝ぼけてたかなんかで覚えてないんだな)
エリクソンはいつかの晩を思い出した。
「エリクはあれを下級下級って言うけど、あなたはどうなの?」
「は!?お前俺をアイツらと一緒にしてるわけじゃないよな?そしたら殺すぞ。……つかバンパイアにだってな、階級みたいのがあって、その中でも俺は上級だ。一緒にすんな」
エリクは拗ねたようにプイッとそっぽを向いてしまった。
(ふーん。そんなのあるんだ。人間と変わらないわね)
「上級と下級の違いって理性があるかないかなのかしら?よく分からないけれど、あなたは人型だけど下級バンパイアは違うわね」
「よく分かってるじゃねーか。あれは出来損ないだから気品も理性もねぇ」
「へぇ(エリクソンに気品…ね…)」
まさかエリクソンから気品だなどという言葉が聞けるとは思っていなかったので気づかないうちに口元が笑っていた。
「お前…なに笑ってんだよ」
エリクソンの眉間に皺が寄り、額には青筋もたっている。正に殺人鬼のような顔になってる彼にナタリーは慌ててごめんと謝った。
が、彼の怒りは謝っただけでは治まらず、エリクソンはナタリーの肩を乱暴に掴むと壁に押し付けた。
「……っ…」
掴まれた肩が痛い。身長差もあり、そもそも男女の力の差がある。ナタリーは抵抗も出来ずに壁に背中を押し付けられて、ただエリクソンに対する恐怖と不安にうちふるえていた。
恐怖するナタリーの首筋にエリクソンの顔がうめれる。
この体勢は………。
バンパイアの吸血行為時の体勢だ……。
ナタリーはギュッと目をつぶり、次にくる肌を貫かれる痛みに耐える覚悟した。
が……
エリクソンはふっと首筋から顔を離した。
「ぇ…?」
「え?ってなんだよ。つか何その呆けた顔は」
目を大きく開いてパチクリしてるナタリーを間抜け面と馬鹿にするエリクソン。けれど、ナタリーはどうして彼が急にやめたのかが気になって仕方ない。
「だ、だって血吸われると思ったから…」
「あぁ〜そんなに吸われたい?吸ったら吸ったで嫌がるくせに……。今のはな、ただの脅しだ」
はははと可笑しそうに笑うエリクソン。対してナタリーはホッと安堵し、胸を撫で下ろしている。
(今のは本当に怖かったんですけど…)
まだ治まらぬ動悸に、ナタリーは自身を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。
そんなナタリーを見下ろし、エリクソンはそんなに利き目があったのかと自負する。
それにしても人間の、特に女というものは口のわりには弱いものだと思う。口はいっちょまえに次々と言葉を放つのに、少し脅すと縮こまり何も出来無くなって格段に弱くなる。
だから人間はバンパイアにとってはただの餌なのだ。弱く脆いその体は、いくら抵抗してもバンパイアには敵わず、下級の…あんな出来損ないのバンパイアにまで簡単に喰われてしまうんだ。
(でもま、コイツの血は他にはない旨さがあるからな。それだけは認めてやるよ)
エリクソンはナタリーを卑下た瞳で見た。冷たい、ただの餌としか見ていない氷のような瞳。人間とバンパイアがわかりあうことのない大きな壁。
「……もうわかったろ?俺の話しは終わり」
そう言ってエリクソンはキッチンを出て行った。
(……あんまり教えてもらってないんですけど…)
少しは互いを理解し合おうかとも思ったが、あっちがあんな態度じゃわかりあえるはずもない。
(なんで私エリクのこと知ろうと思ったんだろ。馬鹿みたい)
ナタリーはスクッと立ち上がると調理途中だった料理を再開した。




