◆奇妙な朝食
ぐ~…きゅるるるる…。
「…………。」
情けない音が部屋に響いては消えた。
「お…お腹すいたぁ」
あたしは今ベッドの中。たった今起きたばかりで、それと同時に急激な空腹に情けないお腹の音を鳴らしていたところ。それもそのはず。あたしは昨日から今朝にかけて眠ってるばっかりで何も栄養になるものを口にしていないからだ。口にしたとすれば、昨夜エリクがもってきてくれたお水一杯。喉は潤ったけど、お腹はちっとも満たされていない。満たされても朝になったらお腹は空くんだけどね。
さて、どうしようか。
…………………。
「あたしが作るしかないじゃない」
朝方からカトレアが来てくれるのを待つとかちょっと考えちゃったけど、やっぱり人に頼ろうとするのは良くないと思うの。助けてもらえるのは確かに嬉しいけど、頼ってばっかりじゃ申し訳ないし、こんなあたしのためにわざわざ…すみませんって考えてしまうから。
それに朝から来てもらおうだなんて甘ったれもいいとこじゃない?
皆人それぞれ生活のサイクルがあって、特に朝なんて大忙し。そんな時に他人の世話なんて――。
うん。
やっぱり悪い気がする。
あたしも一日休んだし、もしかしたら昨日よりは身体もマシになってるかもしれないし。
カトレアはまた来てくれるって言ったけど、朝ご飯くらい自分でなんとかしてみよう。
ナタリーはそう決意し、思い切って上体を起こしてみた。正確には起こそうとしてみたで終わったのだが。
「……っ…!!。痛い……。」
身体を起こそうとほんの少し、ほんの少しだけ筋肉に力を入れてみただけだった。身体を横にしていた時にはあまり分からない、激痛が背中や首にはしったのである。ナタリーはすぐに横たえた。やわらかい布団に沈み込む。
「なにこれもう~……、最悪」
ナタリーはこの痛みに耐えて、また起き上がろうと試みた。ズキズキ痛みはするものの、空腹のほうが勝っている。
「なにか食べないと死んじゃう…」
大げさだが、ナタリーはそのくらい空腹を感じていた。
「ごはん食べたい……。お腹すいた…。」
ぶつぶつとごはん…ごはん…と連発しながらやっとのことで起き上がる。その時隣でガタリという音がした。思わずびくりと身体がはねる。
ナタリーは咄嗟に音のした真っ白い壁を見つめた。一枚の壁で隔てられたその先はエリクソンがいる(出かけて留守のときのほうが多い)。
また何かやらかしてるのかしら。
しかし、前に彼の部屋をのぞいた時は綺麗に整っていて、使ってる形跡がないくらい綺麗だった。
何か物を落としたとか、彼の足音が少し大きかったとかそんな感じだろう。
取るに足らないこと、そう思った。
が――。
「どわぁぁ!!」
エリクソンの叫び声とともにドスン!と大きな物音がした。
な、なにしてんのよ………。
盗み聞きする趣味はないが、何が起こっているのか気になる。身体が充分に動かせない今、余計に気になってしまう。
なんだろう?ナタリーはそうっと耳を壁に押し付けてみた。
「……キュイ!!」
………………キュイ?
エリクソンの声?にしては甲高すぎて気持ち悪い。ナタリーにはその声が小鳥とかリスとか、小動物系の鳴き声に聞こえてならない。
ペットでも飼う気だろうか。いやまさかエリクソンに限ってそんなことは……。
ナタリーは確かめるようにもう一度耳を壁にくっつけた。
「キュイ!!キュイ!!」
相変わらず小動物系の甲高い鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。その様子からしてあせっているようだ。
「てめぇ、おとなしく死ね!喰われろ!」
(え……)
物騒な声が聞こえてくる。
ちょっと待って。エリク何やってるのよ。まさかあいつ、可愛い小動物を捕まえて頃殺す気!?
ナタリーの頭の中にはもやもやと可愛い子リスがエリクに尻尾を捕まれて鳴き叫んでる様子が思いうかんだ。
(いやあぁぁ!リスが!リスが死んじゃう!あのバンパイアに殺されるー!)
これは大変だと、ナタリーは壁を叩いて隣にいるエリクソンに向かって大声で叫んだ。
「あんたー!何やってんのよぉ!可愛い小動物捕まえて苛めてんじゃないわよ!」
すると壁越しに返事が返ってくる。
「は?小動物?なに言ってんだお前」
「いいから早く!その子を離しなさい!」
「馬鹿かお前。せっかくの食料みすみす逃がすか」
「食料って…。子リスを食べる奴がどこにいんのよー!」
「何勘違いしてんだよお前。」
気がつくとキュイキュイと鳴いていた声が聞こえてこない。
(まさか……殺されちゃったの…?)
子リスが…、なんの罪もない子リスが…。
ナタリーの頭の中には非道なバンパイアの手の平の中で息絶えた子リスの映像が。
「最低!最低最低最低!」
「うるせーな。なにが最低だ。感謝して欲しいくらいだ」
「感謝して欲しいって、何?まさかそれをあたしに食べさせる気じゃ。いやよ、小動物なんか食べないわよ。なにが感謝よ。馬鹿!この馬鹿バンパイア!」
「失礼な奴だな。昨日はめそめそ泣いてたくせに」
バタンと音がして、スタスタと足音が聞こえてくる。
そしてノックもせずにエリクソンは勝手に扉を開けて中に入ってきた。
「いやー!もう!リスの死体なんて見たくない!」
「だからさっきから何言ってんだよお前は。リスじゃねーし。これだ。よく見ろ!」
そう言って目の前に差し出されたのは気持ち悪い口のついた椰子の実のようなもの。まさか、小動物だと思ってた鳴き声ってこれの発してたものだったの――――?
「ひっ」
気色悪い物体を目の前に出されて目を伏せた。
「気持ち悪い!捨てて!」
「捨てるか!喰うんだ。つーかお前が喰え。」
エリクはその気持ちの悪い木の実についている口を手でもぎ取ると、さらに二つに割って片方を差し出してきた。中身は果物のような果肉がついていて、でも気持ちの悪いそれは濃い紫色をしていた。どう見ても食べ物には見えない。なかなか受け取ろうとしないナタリーに無理やり片方を持たせて、自分は部屋にあった椅子をひっぱり出してそこに座ると、長い脚を組んでおもむろにそれ食べ始めた。
シャクシャクと音を立てて食べる様子は、りんごでも食べているような感覚で。エリクはお前も早く食えよといわんばかりの視線をなげかけながらそれを食べている。
「……いらないこれ。」
「いいから喰え」
「不味そうだし、身体に毒って感じの色してるわ」
「毒だったら俺食ってねぇし。」
「でもやっぱり…」
いらない、と言いかけてお腹がぎゅるる…と鳴って、顔が熱くなるのを感じた。エリクはもうほとんど食べかけていて、美味しそうに平らげてしまった。あたしはもう空腹の限界で、その気持ちの悪いものを勇気を振り絞って少しだけかじってみた。
シャク…と歯切れの良い音がして、次の瞬間芳醇な甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がった。
まるで苺でも食べてるような感覚だ。
「あ……おいしい」
つい口に出してしまった。こんな気色の悪いものを食べさせられて美味しいなんて言いたくなかったけど、空腹感に負けて食べてみたら本当に美味しかったから。
あたしはエリクが見守る中、シャクシャク音を立てながら少しずつ食べていった。
食べ終わった後、ひとつ疑問に残ることがあった。
それは――。
「なんでエリクがあたしの世話してんの」
「別に」
(出た。別に。どうせあたしには分かってるんだから。あなたがどういうつもりでこんなことするかなんて)
「あの…。昨日もだけど、ありがと。助けてくれたり、お水もってきてくれたり…」
「……」
ああ、あたしは何を言っているんだろう。御礼なんて言ってるし。きっとこれは借りだ、とか言って後からあたしの血を絞るとるに違いないわ。
「そういえばあなた、最近血、飲んでないけど大丈夫なの」
「ほぉ。吸われたいのか」
お礼言ったら黙ったくせに、こっちには食いついた。現金な奴。
「吸われたくは無いけど、そういう盟約だもの…。いいわよ。少しぐらい」
自ら襟をまくり首筋を差し出した。その行動にエリクが目を見張る。あたしは今回は別に吸われてもかまわないって思えたからじっと動かず彼に首筋を差し出した。ナタリーの首にはまだくっきり残る手形と、エリクがつけた赤い文様が入っている。エリクは眉をひそめ、しかしゆっくりと顔を近づけてきた。お礼のつもり、だった。
「いい心構えだが、これでもいいってのか」
「?」
不意に首についた手形に合わせるように、エリクがあたしの首を鷲掴みにする。
「つうっ……!」
電流がはしったように痛みが走る。首が絞まるほど強く掴まれてるわけじゃない。軽く握りしめるような感覚。なのに苦しくてものすごく痛く感じる。化け物に一番痛めつけられたのは首だった。本当に死ぬんじゃないかって思うくらい首を絞められて…。また怖くなる。
パッと首から手が離れて、苦しみから解放される。いつの間にか目じりに涙が溜まっていた。
「たったこれだけでそんだけ痛そうにしてたら、俺が牙を突き立てた時にゃ、お前死ぬぐらい痛いんじゃねえの?」
エリクは長い脚を組み替えて言う。確かにそうかも知れない。すごく痛かった。
「……」
「別にお前に心配されるほど俺はヤワじゃねぇし、血ぐらいしばらく吸わなくたって生きてける。余計なこと考える暇あったらとっとと治せ」
エリクがあたしの頭をポンて叩いた。
「……うん。……わかってる」
わかってる。わかってるわよ。
早く治して、いつもみたいに血を思いっきり吸いたいものね。
でも、そんなふうにされると、あたし何か勘違いしそう。優しくされてるなんて思っちゃうでしょ。違うって分かってても―――。
「なるほど。そういうことでしたのね」
「ああ。そういうこった………へ?」
「え?」
綺麗な、透き通った声が聞こえたような気がした。空耳?って思ったけど違うみたい。
「だ、誰?」
いつの間にかあたしの部屋の中に立っていたのは長く白い髪。月光が人の形をとって現れたのではないかと見まごうほどの透き通った柔らかな肌。紫水晶のような瞳。服は髪と同様、純白のフリルのはいったドレスを身に着けていた。ドレスと言ってもパーティドレスというよりワンピースといったほうが近い。どこのお姫様だろうかと思うほど美しいその人は、あたしとエリクを交互に見てにっこりと微笑んで見せた。
「こんにちは。ナタリーさん」
「え…。どうしてあたしの名前…」
あたしの名前をぴたりと言い当てた美女は、今度は頭をかかえているエリクに向かって話しかけた。
「ナタリーさんって、人間でしたのね。どうりでお話してくださらないわけですわ」
うふふ、と悪戯っぽく笑う美女に、何故かエリクは困ったような顔をしていて。頭が?になってるあたしには何がなんだかわからない。
「あの、どちら様ですか?」
「あら。わたくしのこと教えていませんのね。わたくしシルビアと言いますの。エリクソンの婚約者ですわ」
この美女が、エリクのこ、婚約者ーーーーーーーーーー?!




