◆隠
ナタリーがすうすうと寝付いたとき、家の外では騒ぎが起こっていた。早朝に起こったトーマスの死亡、そして生き返ったトーマスの暴走の件で、落ち着いた村人たちが屋外に出て集まり騒いでいたのだ。理由はトーマスとボブの二人の行方が分からないというもので、サムスン、トーマス、ボブを置いてそれぞれの家に逃げ込んだ村人たちは、その後三人がどうなったか誰も見ておらず、ただ外に出てみると現場には三人ともいなくなっていたので一体何があったのかと口々に意見を言い合っていたのである。トーマスは悪い憑き物がついて操られていたのではないかとか、ボブは悪魔にとりつかれたトーマスに食われてしまったのではないかとか。根拠のない空想話を繰り広げては恐ろしいと恐怖していた。
そこにちょうどナタリーを処置し終えてサムスンがとおりかかる。村人たちは彼を捕まえると、あんたは無事だったのか、とか、二人の行方が分からない、何があったか知っているかと大勢でとり囲んで彼に問うたのだ。
「先生、あんた、二人と一緒にいただろう?あの後どうなったんだ?何があったんだ?」
自分たちは逃げたくせに、無償に知りたがる村人に少々呆れたサムスンだが、彼らは恐れをなして逃げ出しただけのこと。誰だってわが身の命が一番可愛いに決まっている。自分だってそうだ。もし暴走したトーマスに襲われたのが自分だったら、同じように逃げることを優先させるに決まっている。人間というものはそうなのだ。
「どうなんだ?先生。あんたがはトーマスをとめようとしていたよな?それで、どうなったんだい?」
「どう…と言われましても……」
サムスンは返答に困った。彼らの行方は自分だって知らない。突然現れた青年に鳩尾をなぐられ気絶してしまったのだから。だから、気を失っていた間になにがあって二人の遺体は消えてしまったのかは謎だった。だが、考えられるのは二人を平気で殺した青年・エリクソンが何かしたとしかサムスンには考えつかなかった。
(彼は恐ろしい人間だ)
吐き捨てる暴言の数々も、いとも簡単に人間の頭蓋を潰したあの腕力も、彼の外見からは想像もつかないような身体能力になみなみならぬ力を感じ、サムスンは畏怖した。そして、気がついたとき、二人の遺体が消え去っていたことを尋ねたときの、薄気味悪い笑み――。
『あの下衆どもなら今頃地獄じゃねえの?』
今思い出しても寒気がする。あれは、人間の目じゃない。
―――まるで悪魔だ―――
「先生、二人のことでなにか知っているのかい?ねぇ、そうなんだろう?なにか言っておくれよ」
顔色の悪いサムスンに何か感じとった婦人は、問い詰めて彼を追い立てる。彼女はボブの妻、リダだった。ふくよかな身体の大きな婦人で、ボブよりも強く、家庭では彼を尻にしいてるとの噂が絶えない元気な女性だ。彼女は騒ぎになったときは家で朝食の準備をしていて、現場にはいなかったそうだ。やじうまで外に飛び出していったボブが、すぐに帰ってくると軽く思っていたのだろう。しかしボブは帰らぬ人となってしまったのだ。サムスンはボブがどうなったか知っている。彼は行方不明じゃない。エリクソンに殺されたのだ。
リダと顔を見合わせると、彼女は涙を浮かべ、今にも泣き崩れてしまいそうな顔をしている。夫がいなくなったと聞いて不安なのだろう。その悲痛な叫びがサムスンにもひしひしと伝わってくる。
(行方不明か。それならまだどこかで生きているかもしれないという希望がもてたのに……)
本当のことを言うべきか否か。
サムスンはすばやく思考をめぐらせたが、自分の言葉を信じてくれるかも分からない。なにより、不安定な今の彼女に彼は殺されたということを伝えるのは、サムスンには辛過ぎた。だから――。
「…いいえ。知りません。なにも知りません。僕は気を失っていたんです。途中で鳩尾を殴られて、僕は気絶しました。目が覚めたときには二人は既にいなくなっていましたから…。僕にも分からないのです」
(嘘だ。僕は知ってる)
精一杯何も知らないと嘘をつくと、彼女は一瞬腑に落ちない、という表情をしたが、分からないといっている以上何もいえない。そうかい…と暗い声でそうつぶやくと身を翻してとぼとぼと歩いていってしまった。
(ごめんなさい。ミセス・リダ。僕はあんな酷なことをあなたに告げることはできそうにない)
心の中で謝罪すると、リダと同じように群がっていた村人たちは騒ぎたててすまないねと言い残して散り散り去っていった。皆、後姿か暗い。
(ごめんなさい。みんな。でも、このことは知らないほうがいいと思うんだ。あんな悪魔みたいな男のことも、二人の死も)
胸の中に鉛が溜まる思いがする。重くて苦しい。だがそのほうがいい。サムスンは真実を胸に秘め、身を翻して診療所に向かった。
その日、夜まで二人の捜索は続いたが、誰も二人の手がかりをつかむことはできなかった。