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◆襲われた傷痕

 気がついた時はナタリーは自室のベッドの上であった。そばにはブロンドのクセのある髪と碧の瞳をもった優しそうな顔した男の人と、カトレアがえぐえぐ泣きながら控えていた。男の人は村で唯一のお医者様のサム先生で、「おはよう。調子はどうだい?」と天使のような笑みを浮かべていて、心が少し和らいだ。カトレアはナタリーが目を覚ますなり泣きながら跳びついてきて、「良かった。良かった」とそればかり連呼している。

 どうして二人が部屋にいるのか状況が飲み込めなかったが、起き上がろうと身じろぎした時に全身に痛みが走って、自分に何が起こったのかのかを思い出す。

(あたし、そうだわ。襲われて、首をしめられて……最悪)

 先生は起き上がろうとするあたしを制し、ベッドで横になるよう促して優しく事情を説明してくれた。

 バスルームでバンパイアに襲われた時、全身を強打したあたしは意識を失い、エリクに自室まで運ばれた。エリクは即、お医者様のサム先生を連れてきて診るように言ったそうだ。そのときサム先生は大変驚いたそう。なにせあたしは全身打撲に、身体は痣だらけ。骨折は無かったそうだが、首には締め付けられた手形がくっきりと残っていたのだから。

 そこで真っ先にあたしの怪我の容疑をかけられたのはエリクだ。先生が疑いのまなざしでじろりとエリクを見回すと、意図を汲み取ったエリクは仏頂面で「俺じゃねぇ」と言ったらしい。まぁそうなんだけど。先生からみたらどう見ても相当な暴行を受けたとしか思えない。先生はすぐさまエリクに問いただした。でも、彼は違うと言い続け、サムスンはあきらめてナタリー治療し、今に至ったそうだ。そしてカトレアにはナタリーが暴行にあったなどといえるわけもなく、事故と偽りの報告をし、家にきてもらったらしい。

(だからカトレアは君が事故にあったと思っているからね)

 最後にそう耳打ちして。


「そうだったんですか。ありがとうございます先生。カトレアも来てくれてありがとね」


「うう…当たり前よ。だって友達じゃない。あたし、あたし、びっくりしたのよ。あんたが全身打撲で痣だらけだって。事故にあったって聞いて。ああ、もう、本当に…。女の子なんだからもっと身体を大事にしなさい!」


 カトレアは一喝すると泣きやむ様子もなく、ナタリーに抱きついて泣きじゃくった。こんなにないて心配してくれる人がいる。

(あたしは一人じゃない。こんなにあたしを心配してくれる親友をもって、あたしは幸せね)

 ナタリーは自分のために大粒の涙をこぼしてくれる友人に心がポッと温かくなるのを感じた。


「ごめんね心配かけて。あたしは大丈夫よ。今はちょっと痛むけど、しばらく休めばまた動けるようになるわ。ねぇ先生、そうでしょう?」


 にこっと微笑んでみせる彼女につられ、サムスンもふっと笑みをこぼす。


「ああ。大丈夫だよ。でもまだまだ痛んでうごけないはずだから、完全に治るまではゆっくり休むんだよ」


「はい。ほらぁ、あたしは大丈夫よ。そんなに泣かないでよ。死んだわけじゃないんだし」


「だぁって~…。ナタリーが事故にあったなんて聞いて、しかも先生に急ぎ来るように言われて…。本当に生きた心地がしなかったのよ」


 カトレアは顔をあげハンカチで涙をぬぐった。

隣からサムスンが申し訳なさそうにカトレアに謝罪する。


「あ~…ごめんね。それは僕のせいだね。言い方がまずかったかな。彼女は無事だと伝えとけばよかったね」


 サムスンは罰が悪そうにぽりぽりと頭をかく。そのしぐさが、大人にしては少し頼りなくて、それを良いことにカトレアはちょっぴり意地の悪い言い方をする。


「本当ですよ、先生。言葉には気をつけてください。あたし、びっくりしすぎて心臓が止まるかと思ったんですから。お医者様に言葉で殺されそうだったわ」


「ええ!!」


「ちょっと、カトレア、言いすぎ!」


 ナタリーが注意すると、カトレアはごめん、とぺろっと可愛く舌を突き出してみせる。


「いやいやごめんね。僕も言葉が少なかったから。今度は気をつけるよ」


「そうしてください」


「こらっ!カトレア!」


 途端、あはは、と三人の笑い声が響き、一時和やかなムードになる。カトレアからも涙は消え果ていた。


「あ~、でも気がついてよかったわ。あたし、家族にもこのこと言っておくわ。ナタリーは無事よって」


「そうしてくれると嬉しいわ」


「あ!あたしそろそろ行くわね。家の手伝いをしにいかなきゃ。またお見舞いにくるから、今よりはマシになっててよね」


「ええ。約束するわ」


「じゃあ、先生も。あたしはこれで失礼しますね」


「うん。また」


 ナタリーとサムスンは去っていくカトレアを笑顔で見送った。二人は顔を見合わせるとまた、ふふと笑う。


「いいお友達だね」


「はい。カトレア以上に親友と呼べる人はいないくらいですから」


 ナタリーは幸せそうに優しく微笑む。聖母が微笑むような慈愛に満ちた笑顔だった。


「さて、最後に首の包帯を巻きなおしてもいいかい?襟であまり見えないけど、痣は人に見せたくないだろう?」


「……。はい…」


 ナタリーから笑顔が消えた。少しからだが震えている。暴行にあったときのことを思い出しているのだろう。そっと襟を開き、包帯でその痛々しい傷痕を覆い隠してやる。サムスンが診たところ、肩や背中の痣もひどいかったが、首筋についた手形の痣は特にひどかった。

(可哀想に。女の子がこんな目にあうなんて)

 サムスンは彼女のことを思い、暴行されたことは公にせず、事故にあったということにしてくれていたのだ。


「はい。これで見えないと思うから」


 キュッと包帯を留め具で固定し、サムスンは手を放した。


「ありがとうございます」

 

 ナタリーはぺこりと頭をさげた。おもむろに部屋を見渡すと、「エリクは?」と尋ねてきた。エリクソン。その名を聞いた途端、サムスンの表情が曇る。なんとなく重い空気が流れる。


「あの、先生?」


 訝しげにナタリーは首をかしげた。


「……。ナタリー、君に一つきいてもいいかい?」


「?はい」


 突然真剣になるサムスンに、ナタリーはゴクリと唾をのんだ。


「君の恋人のエリクソン。彼は、人間なのかい?


「えっ…」


 ナタリーの心臓がとびはねた。

(どういう意味?先生はエリクの正体を知っているの?バンパイアってこと知ってるの?)


「あ、あの…、それはどういう意味で…」


 困惑して声が上ずる。サムスンは彼がバンパイアと知っていっているのだろうか。だとしたらいつバレたのだろう。ナタリーには全く検討がつかない。彼は真剣だ。


「先生?」


 声をかけても彼の反応はない。ナタリーはサムスンが言葉を発するまでしばらく待つことにした。



 サムスンはカトレアを呼ぶ前のことを思い出していた。

 エリクソンに気絶させられ、そう時間もたっていないころ――。


「おい、おきろ医者。今すぐ来い」


 肩のあたりを蹴られ、無理やりおこされる。殴られた鳩尾みぞおちが痛み、う…とうめき声があがる。目が覚めて見上げれば、そこには鳩尾を打った張本人がたっていた。


「き、君は……。この、人殺し。ぐあっ」


 頭を踏みつけられ、地面に顔をなすりつけられる。


「…だぁれが人殺しだ。てめえには命を助けてもらったこと、感謝して欲しいくらいだぜ」


 ぐりぐりと靴で踏みつけられ、右頬が擦れる。


「くっ…。なにが命を助けただ。君は罪もない人を二人も殺したじゃないか」


「馬鹿いえ。俺が助けてやったんだよ、医者。それより、てめえに今すぐ診て欲しい奴がいる。こい」


 高圧的な物言いに、サムスンは屈しないといわんばかりに睨みをきかせ、抵抗した。


「嫌だ!僕は人殺しの言うことなんかは聞かない!君の診て欲しい人だってろくな奴じゃないんだろう!だったら僕は死んでもそんな人診ないからな!」


 サムスンの必死の抵抗だった。しかしエリクソンの一言で、その言葉は180度覆させられることになる。


「ほぉ…。地べたに頬なすりつけてる人間がよくもそんな口をきけたもんだ。大事な村人を助けるのがアンタの仕事なんじゃねえのかよ」


「何が言いたい」


「あんた、ナタリーって奴は知ってんだろ?一人で気丈に振舞って、その反面よくべそかいてる女だ」


 ナタリーという名を聞いた途端、サムスンの顔色が変わる。ナタリー…。ナタリー・ライアードのことか?


「思い出したか?そいつが今負傷してる。お前の仕事だ。はやく来い」


 エリクソンは身を翻し、ついてくるように指示する。サムスンはそういわれては彼についていくしかない。そろそろと立ち上がり、彼についていく。その途中で殺された二人の遺体を確認しようとしたが、あとかたもなくなっていた。

(どういうことだ)

 サムスンは目を見張った。二人の遺体はどこに?まさか幻だったとか?いや、そんなはずはない。確かに二人は目の前で殺されたのだ。


「き、君!!トーマスとボブは、一体どこに?」


 どこに二人をやったのだ、という目で訴えると、彼は――。


「あの下衆どもなら今頃地獄じゃねえの?」


 気味の悪い薄ら笑いを浮かべて、彼は言う。ぞくりと背筋に悪寒がはしった。

(な、なんだ。この人は。まるで悪魔だ)

 不気味に笑う青年に、サムスンはおじけづくばかりだ。すっかり固まってしまったサムスンに、少し脅かしすぎたか?とエリクソンは少し声を和らげて言った。


「とにかく、ナタリーが怪我をした。俺じゃ診れない。代わりにあんたが診てくれ」


 声のトーンが一変して、サムスンはハッとなる。


「……。分かった。すぐに診よう」


 そうしてライアード家を訪ねてみたところ、彼女の身体は酷いありさまだった。全身は無残にも痣だらけ。どこもかしこも身体を強打していて、骨は奇跡的に折れてはいないものの白い肌は青痣の色に染まり、診てるこっちが痛々しかった。首には絞められたのであろう、手の痕がくっきりとついていた。誰かが暴行を働いたに違いない。

(誰がこんなことを――)

 真っ先に思いついた犯人はすぐそばにいる青年だった。


「君は確か、ナタリーの恋人だっけ?」


「そうだ」


 青年はぶっきらぼうに答えた。


「彼女のこの怪我はどう見ても誰かに暴行を受けたとしか思えない。君は彼女の第一人者だ。彼女はどこに倒れていたんだい?僕が呼ばれて駆けつけたときには既に君に自室に運ばれていたようだが……。君が彼女を発見したとき、犯人らしき人は見たのかい?」


「…。見てねぇよ。俺が倒れてるコイツを発見した。随分怪我してるみたいだから部屋に運んだんだ


「本当に?もしや君が犯人だったりするんじゃないか?恋人に暴行を働く男は、…悲しいけど、現実にはいるからね」


 サムスンはエリクソンが犯人なのではないかと疑っていた。ほんの少し前にトーマスを無残なやり方で殺し、さらにはボブの命まで絶った。人を殺すことにためらいのないこんな恐ろしい男が、恋人である彼女に何もしないはずがない。まして今の会話からして負傷した彼女を労わる様子も、彼女をこんなふうにした犯人に憤りを見せるような態度もとらない。本当に彼女の恋人なのか?恋人の怪我を嘆きもせず、淡々と話す様子も怪しい。サムスンの中でエリクソンの犯人疑惑は膨れ上がるばかりであった。


「恋人とは言っても、君は彼女を愛しているのか?とてもじゃないが、僕にはそうは見えない。…君が犯人なんじゃないのか。最近彼女とトラブルがあったとかはないか?本当に君じゃないのか?」


「………」


 サムスンの質問にエリクソンは口をつぐんだ。トラブルがあったといえばあった。彼女を泣かせるようなことはした。けれどそれとこれとは別問題。全く関係ない。


「トラブルなんてなんも無いし、俺はコイツを傷つけてはいない。つーかお前は早く診察しろよ」


「……わかってはいるが」


 まだ疑いの消えない眼差しを向けてくるサムスンに、エリクソンは深く溜息をついた。


「あんたは…、あれだろ?さっき俺が人間を殺ったから俺を疑っているんだろう?だが違うぜ。さっきアイツらを殺ったのはそれなりに理由があったからだ。医者やってんだったらアンタにもわかってるんじゃないのか?トーマスとかいう奴は既に死んでいた。なのに動いた。おかしいと思ったんじゃないのか?普通死んだ人間が生き返るか?そんなわけねぇよなぁ?」


「それは……」


 エリクソンの言うとおりだ。サムスンは騒ぎたてる村人の中でいち早くその異変に気づいた。脈もない。体温も感じられない。明らかに彼は死んでいた。だが、再び動きだした彼に生気は感じずとも、本当に生き返ったのだとしたらその命を医者として、人間として再び死へと誘うことなどできない。


「変だとは思ったさ。けれど、せっかく動き出した命の火を絶やすなんて、僕にはできない」


「はぁ~ご立派なことだな。そんなこと言ってると、あんた奴らのいい標的になるぜ?」


「君はさっきから何を言っているんだ?奴ら?トーマスとボブのことか?僕は君の言ってることが全く理解できない」


 彼らを殺したことを感謝してほしいと青年は言った。意味が分からない。彼らを殺されて嬉しいわけがないからだ。


「あんたは…、知らないのか?ちんけな村だからなぁ…。特別に教えてうやるよ。いま世間を騒がせている奴らの手にかかった人間の末路がアレ。それだけだ。奴らは人間の生き血をすすり、仲間を増やすのさ。あの二人は噛まれた時点で奴らの毒牙にかかり、人間としては終わったんだ。だから殺した。これ以上人間の数を減らされても困るからな」


「……」


(毒牙。生き血?)

 暴走したトーマスはボブに噛み付いていた。あれは腕を折ろうとしていたのではなく、ボブの生き血をすすろうとして襲っていたというのだろうか。

(そんな恐ろしいことが、あるのか…?)


「おしゃべりは終わりだ。…なにか考えているみたいだが、あんたの仕事は今はそうじゃないだろう?医者としてとっとと働け」


 深まる謎に神経が集中してしまい、目の前の患者の診察がすっかりとまってしまっていた。

(今やるべきことはナタリーの傷を癒すことだ)

 そう言い聞かせ、彼は黙々と彼女の身体を調べ、処置を施したのである。


「よし。これで彼女が気がつけばあとは回復していくはずだ」


 処置を終え、一息つくと、エリクソンは黙って部屋を出て行こうとしする。


「君、どこに行くんだ。ナタリーには頼りになる身寄りはいない。恋人である君がいなくなってどうする」


 一応引き止めてみたものの、彼は「仕事だ」と言って出て行ってしまった。

(仕事…?恋人より仕事を優先させるのか。なんて人だ)

 とはいえ、意識のない彼女を一人にはできない。せめて彼女が目覚めるまで、と、彼女の親友であるカトレアを呼ぶことにしたのである。しかし、友人が酷い暴行をうけたと知ったら、同じ女性のカトレアは酷く傷つくかもしれない。ここは彼女のためのもと、ナタリーが事故にあったと嘘をつくことにしたのだった。

 




「あ、あの、先生?」


 ナタリーの声にハッとした。エリクソンという青年に会ってからというもののどうも考え事ばかりしてしまう。


「あっ、ああ、ごめんね。変な質問しちゃったね。いや、なんていうか彼、かっこいいよね。さっき会ったんだけど人間じゃないみたいに綺麗な顔してるよね。あっ、そうそう、彼、仕事があるとかでどこかに行っちゃったよ?忙しい人なんだね。君がこんなめにあっているのに。あっ、また余計なこと言っちゃったかな?本当ごめんね」


「い、いえ…」


(なんだ。そういうことか。びっくりしたぁ)

 エリクソンの正体がばれてはいけない。もしばれたら、自分だけではなく彼も巻き込んでしまうことになる。それだけは嫌だった。


「一応診察も終わったし、僕は病棟に戻るね。他にも患者さんがくるかもしれないし。どこか痛むんだったらすぐ言うんだよ?」


「はい。先生、ありがとうございました。お世話になりました」


「うん。じゃあね。あ、ひとつだけ。彼に会ったら僕があやまっていたと伝えてくれないかい?君を暴行したのは彼じゃないかと疑ってしまったんだ」


「え!いいえ。違いますよ」


 彼女の反応にやはり違ったか、と深く反省する。


「いや、申し訳ない。じゃあね。ナタリー。お大事に」


「はい」


 そして一人になったナタリーはベッドに潜り込み、一休みすることにした。

(エリクはいないのか。仕事って言ってたみたいだけど…。それってアレ退治のことよね。今度は遅れてくんな!って言わなきゃ。そうだ。くるのが遅くなってあたしが怪我したお詫びをさせなくちゃ。そうねぇ、何にしようかしら)

 布団に潜り込み、どうしようかとくすくす楽しみながらナタリーは思案にふけった。エリクソンのことだ。きっとお詫びをさせようとしても言うことは聞かないだろう。それでも試しに言ってみよう。また喧嘩になるかもしれないけど――。

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