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◆危険(2)

 シルビアの尋問タイムは休む間もなく続いた。その間、エリクソンは黙秘権と称してだんまりを決め込んだ。

 人間と同居して?

 しかもそいつと恋人って設定で?

 さらには極上たる血液に目が眩んで、盟約まで交わして?

 終いにはそいつを逃がさないために盟約の刻印までつけて?

 そんなこと………




 言えるか!ボケ!! 




 しかし、シルビアがそれを許すはずもなく、逆にだんまりを続ければ続けるほど、彼女の中に知りたいという欲望が膨れ上がり…。

 意地でも吐かせようとどこから湧いたのか、メイド達に俺を取り押さえさせ、自分は上質な羽扇をもって、あろうことか俺の弱点…右脇腹に突っ込んできたから堪らない。


「ひぐっ」


 変な声が出た。

 シルビアは愉快そうに俺の弱点をつんつんと羽扇の先で攻めてくる。

(く……。負けるか。むず痒い…むず痒いが、こんなことで屈する俺じゃねぇ)


「エリクソン。さあさ、白状なさいな。ナタリーとは誰なのです?もちろんあなたの思い人なのでしょう?わたくしお会いしたいですわ。わたくしちょうど女のお友達が欲しかった所ですの」


 シルビアは羽扇を持たない左手で口元を隠しつつクスクスと笑う。


「こ……この…ぉ…お、…そいつは……そんなんじゃあ……ねぇ!!ぶはっ、おま!!やめっやめ、ぶははは」


「じゃあ何なんですの?わたくし気になりますわ。あなたの口から女性の名が出るなど珍しいんですもの」


(く…。この性悪女め。いくら上品な口調や仕草したって、こういう悪趣味な女だってことがハブロにバレたらどうなるか分かってんだろうな…)


 ハブロは今時にしては非常に珍しい頭の古い男だ。それは考え方が古いって意味で、別に年寄りなわけではない。

 彼は廃れゆくマナーや文化を尊重する古風な考え方をするバンパイアで、例えば誰かと恋愛したいと思ったら、その相手にはまず手紙を送って挨拶し、手紙でもって会話をし、手紙でもって愛を囁いてオーケーが出たらやっと付き合うという、お前…いつの時代のバンパイア?と言いたくなるほど超超古風な奴なのだ。ちなみにいま、奴にそういう恋人はいない。

 ただそういう恋愛をしたいと言っていたのは確かだが。そして奴の女のタイプは上品で奥ゆかしいく清純な女らしい。

(どんな女だ。そんな女今の時代いるのか?と突っ込みたくもなる。だから悪趣味をもつシルビアは、どう考えたって奴のタイプ外に決まってる。まったくじじくさい…)

 そういう彼の性格から、エリクソンはいつの間にか彼をじじいと呼ぶようになった。ハブロは始めこそ嫌がったが、今はもうじじいという呼び名で呼ばれることを諦めている。


 エリクソンはむず痒さでひくつく身体を抑え、目でシルビアを威嚇した。それを彼女は――


「あらやだエリクソン。目はわたくしを射るような強い眼差しですのに、口元は笑っていますわ。わたくしを見て、いやらしいことをご想像なさっているのね」


 ポッと頬を赤らませ、

恥ずかしそうに俯いてみせた。

 しかし、右手に握られている羽扇は相変わらず俺の右脇腹を絶妙なタッチでまさぐり続けている。


(こんの…くそーー!!ちげーし!!その羽扇の動きを今すぐ止めろーー!!!)


 そう叫びたいのに、笑いをこらえるのに必死すぎて声すら出せない。


(こうなったら…)


 最終手段だ。

 エリクソンは笑いを堪えながら大きく息を吸い込み、それを一気に吐き出した。


「あぁあ!!!!窓の外にハブロの奴が!!」


「ぇ?」


 しめた。シルビアやメイド達が窓の外に気を取られた瞬間、エリクソンは身をよじらせ逃げ出した。


「きゃあ!」


 エリクソンの身体を押さえていたメイド達は軽く突き飛ばされ悲鳴をあげた。

 その声にふるかえるシルビア。


「あっ?!エリクソン、わたくしを騙しましたのね」


 ぷくっと拗ねるシルビア。

(お前のほうが先にやってきたろ…)


「こんな古典的な罠にひっかかる方が悪い。じゃあな」


 メイド達の間を摺り抜け、エリクソンはまんまとシルビアのもとから逃げおおせたのである。


「まったく。素早いですこと。結局分からずじまいでしたわね」


 シルビアはホゥ…と溜息をついた。


「次回の逢瀬を楽しみにしていますわ」










 ∵ ∴ ∵ ∴ ∵


「…やっとこっち(人間界)に来れた」


 なかなか帰してくれないシルビアから逃げるように人間界に戻ってきた。エリクソンにはたったの一晩の滞在が、一週間にも二週間にも長く感じられていた。

(あいつと関わると疲れる……)


 肩を回しながら、村はずれの教会から外へはい出た。

 実は、ナタリーと初めて出会ったこの小さな教会を通じてエリクソンは魔界と人間界を行き来していた。

 バンパイアはどこの空間のどこにでも穴を開け、行き来することが出来る。

 が―。

 エリクソンにはこの教会が建つ位置が自分の波長と合いやすく、簡単に穴をあけることができるので、ここを利用していたのだ。

 ちょうど人間界にきた時にナタリーとここで出会ったのは、魔界から移動し終えたエリクソンのところに、たまたまナタリーが入ってきた、という運命の悪戯によるものだったのだ。

(よもや今に続く関係になるとは思っていなかったけどな)


 すたすたと村を囲む森を抜けると、だんだん民家が見えてくる。

 煙突からはもくもくと煙りが立ち上り、村人が働きはじめる時間帯なのだということを告げている。

(ふぁあ…今日も呑気だな。この村は)

 民家から煙りが立ち上り、動物たちが目を覚まして広い柵の中で餌である草を食んでいる、のどかな景色を見ていると無性に眠たくなる。

(昼寝でもするか)

 適当な民家の屋根でも借りて一眠りしよう、そう思って屋根によじ登ろうとした時、人だかりが目に入った。

(なんだあれ)

 人だかりは円になって、中心に何かを囲んでいるような形になっている。目を凝らして見ると村人の様子がおかしい。

 何かあったのか?と思うより先にエリクソンは気づいた。

(!こいつは――)

 エリクソンは一気に人だかりの中へと走っていく。


「トーマスが!トーマスが何者かに殺された!」

「なんてことだ。この村で殺人が起こるなんて」

「誰よっ誰がこんなことしたのよ!!」

「こんな小さな村だ。都からも離れてる。ということは犯人は村の誰かなのか?!」

「そんなっ。恐ろしい!」

 パニックに陥っている村人たちはすでに冷たくなって地面に倒れている中年男性トーマスを見下ろして口々に叫んでいる。


「サム先生、トーマスは、トーマスは本当に死んだんですか?!」


 村人の一人がトーマスの脈をはかり、死を告げたサムスンに一歩あゆみでて言った。

 サム、もといサムスンは村で唯一診療所を営んでいる医者だ。

 人が死んでいるとの報告を受け、すぐに駆け付けたのだが、トーマスの心肺はすでに停止。

 全身蒼白。顔は何者かに襲われたせいか恐怖に引き攣ったままの状態だ。目はぐりんと白目を向き、慌ててサムが脈を測り、心肺蘇生をして助けようとしたのだが、途中で異変に気づき、蘇生は既に無駄なことに気づく。

 トーマスの身体はくまなく調べた。外傷はほとんどなく、遺体は綺麗なままの状態。なのに全身はひどく蒼白で血の気が全く感じられない。死んでいるのだから当然なのだが、まだ死んで間もないはずなのに、ここまで蒼白なのは異常だった。

(なにかがおかしい…)

 サムが首を捻ったその時だった。


「あぁ!トーマスが生き返った!!」

「本当だ!サム先生が助けたんだ」


 わぁと村人たちが歓声をあげた。

(な?!)

 サムスンは絶句した。なんと、たった今死んだと判断したはずのトーマスがむくむくと身体を起こし始めたのだ。

(まさか!トーマスは死んでいるはず――…)

 脈もない。

 これっぽっちの体温すら感じなかったのだ。

(そんなはずは――)

 サムスンは信じられない光景に、もう一度彼の右腕を掴んだ。

 脈は――

 ――やっぱりない。

(馬鹿な!脈がない。心音がかんじられん。体温も…一切だ。なのに彼は動いて…。どういうことなんだ!)

 にわかに信じられぬ光景にサムスンはたじろぐばかり。


「トーマス、トーマス大丈夫か?顔が真っ青だ。一体何があってこんな所に倒れて……………ぎゃああ!!」


 中年の男が歩みでて、起きあがろうとする彼を手伝おうと手を差し出した瞬間、ガバッとトーマスが彼の腕に喰らいついたのだ。


「うわぁぁ!やめろっ!助けてくれぇぇ!!」


 喰らいつかれた男は真っ青になって腕を振り払おうと助けを求める。


 一番そばにいたサムスンはすぐさま彼の腕からトーマスを引きはがそうと力を込めた。

 だが、腕にしっかりとトーマスの歯が食い込み、なかなかはがれない。

 サムスンは周りを見渡し叫んだ。


「誰か!みんなも手伝ってくれ!!」


 慌ててサムスンは周囲の人間に助けを求めた。だが、トーマスの暴走に彼の様子がおかしいことに気づいた村人たちは、加勢しようともせず、サムスンを置いて散り散りに逃げ去ってしまう。

(そんな…)

 ボブを助けようとするサムスン一人を置いてみんな逃げていってしまった。

 思いのほかトーマスの力は強い。今のトーマスは狂暴な獣のようだ。

 とてもじゃないが一人で対処できそうにない。

 だが、それでもサムスンは医者として人を助けようとする使命感からか、一人とり残されても腕を噛み付かれて苦しむボブを見捨てるなんてことは出来ない。


「やめるんだトーマス、この人はボブだ!分からないのか?!」 トーマスを説得しようと試みるも、彼にはサムスンの言葉など届いていない。白目剥き出しにしてボブの腕を噛みちぎらんとしている。もはや化け物――


「うぎゃぁああ」


 ボブが悲鳴をあげる。のボブの腕も限界だった。ミシミシと骨が鳴っている。

 肉を切り裂き、骨まで歯が達しているのだ。

 もう彼の腕は使い物にはならないだろう。

(くそっ、くそ!!どうしたらいい!!)

 たった一人、彼を助けたいのにそれが出来ない自分にサムスンは悔しそうに唇を噛んだ。

 と――――。









「あーあー…。やあっぱりなぁー」


 サムスンの背後から若い男の気怠い声が聞こえてきた。

 ハァと溜息が聞こえる。

 誰かがまだ残っていてくれた。

 サムスンの心に希望の光が降り注ぐ。

 サムスンは声の主を振り向き、すぐさま応援を頼んだ。


「君、頼む!!ボブから彼を引きはがすのを手伝ってくれ!!!」


 切羽詰まった声で懇願した。

(一人じゃ駄目だが、二人いれば止められる)

 そう思った。


「ああ、いいぜ?」


 若い男―エリクソンはゆっくり傍に歩み寄ると、片手でトーマスの顔面を押さえ付けた。同時にボブの身体がやっと解放され、ボブはその場に倒れこむ。


《うぅ…ぐぁぁ!》


 エリクソンに顔面を握りつぶされんくらいの力で掴まれ、トーマスはうめき声をあげる。


「へっ…。苦しいかよ?人間以下に成り下がったテメェも苦しむもんなんだなぁ?」


 エリクソンは片手でトーマスの顔面を掴み、身体ごと軽々と上に持ち上げる。


《……うぐぐ……ぐ》


 トーマスの身体は地面から足が離れ、宙に浮く形となる。

(なっ……)

 サムスンは目を見張った。自分でさえトーマスの暴走を抑えるどころか、引きはがすことさえ出来なかったのに。

 突然現れた細身の若者に、どこにそんな力があるのだろうか。


「き…君は……」


「…」


 サムスンの言葉を無視し、エリクソンはさらに腕に力を込める。


《うぎゃぁあああ―!!》


 トーマスは足をばたつかせてもがき苦しむ。


「き、君!そんなことしたらトーマスが死んでしまう!!」


「…あ?とうに死んでるだろ。だからこうして――」


 サムスンに一瞥もくれず、エリクソンは一気にトーマスの頭を握りつぶした!

 瞬間、バタバタと脳の破片や頭蓋骨のカケラが無惨に辺りに飛び散った。血液は一滴たりとも出てこない。


「…あーあ。手が汚れた」


 首から下だけになったトーマスの身体を地面に投げ捨て、エリクソンは自分の服で手を拭う。そして、じろりとその深紅の瞳でボブを見つめた。


「…ひぃ…!!」


 たった今、トーマスを殺された瞬間を目にしたボブは、エリクソンの獲物を捕らえるような鋭い視線に見つめられ、痛めた腕のことなど忘れて後ろに後退した。


「……てめぇもだな」


 エリクソンが静かな声で一歩ボブに近づく。

 サムスンはエリクソンが何をしようとしているのかを悟り、すぐさま二人の間に割ってはいり、ボブを守るように立ち塞がった。


「き、君っ!ボブは正気だ!トーマスに襲われていただけなんだ!!彼を殺す理由なんとない!」


 サムスンの声は微かに震えている。


「……」


 構わず、エリクソンはボブに手をのばす。


「ち、近づくな!この殺人犯め!!」


「…………。ハァ…。もうそいつは手遅れだ。そのうち正気じゃなくなる。さっきの奴みたいにな。死にたくなかったらさっさとどきな」


「嫌だ!僕は医者だ!人を助ける使命が……………うぐっ」


 視界が薄れる。

 目の前が真っ暗になっていく。

(く…そ…)

 サムスンはどんどん意識が遠退いていき…………その場に倒れた。


 そして…。


「てめぇも死ね。人間」


 エリクソンが歩み寄り、彼に手をかざす。


「ひぃぃぃ…!!」


 ボブが何か声をあげる前に、ザシュ…と風をきる音がして、彼は静かに息を引き取った。




「さて………こいつらの根源はどこだぁ…?」

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