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◆危険(1)

 朝食はシャンデリアのぶら下がる豪華な広間へと案内されてのものとなった。

 そこではシルビアとエリクソンの二人だけ。

 目の前のテーブルには、二人だけでは食べ切れないほどの量の料理が並べられる。

 (うわ…アルガバの肉だ。血の味がして美味いんだよなぁ)

 アルガバとは魔界に生息する魔物の一種で、四つの目をもった馬のような魔物のことをいう。真っ黒な体毛で覆われていて、走ると人間界の馬の十倍もの速さで走ると言われる魔物のことである。

 鉄分を豊富に含んでおり、バンパイアにとっては人間の生き血の二番目に美味であるとされているのである。

 エリクソンがアルガバの肉を調理したものに目が釘付けになっていると、シルビアはくすりと微笑んだ。


「そんなにアルガバを召し上がりたいならどうぞ。なんならお持ち帰り致しますか。人間界では食べられない代物ですから」


「いや、いい。それよりお前の親は?昨日から見かけないが」


 エリクソンはキョロキョロと周りを見渡した。だが、人の気配は全くしない。


「わたくしの両親は、別邸におりますわ。二人して旅行にでかけたのです」


「ふーん…」


 そうか、とエリクソンはフォークでグサッとアルガバの肉を突き刺しながら頷いた。


「そういえば人間界に行ってからアレは倒しましたの?」


 アレとは人間界で大量発生中の下級バンパイアのことだ。


「まぁな。毎日じゃないが、二日に一度は出てくる。弱いくせに面倒増やすなっての」


「…そうなんですの。アレは卑しい生き物ですからね。たまにわたくし達と同じ生き物として扱われますけど、あんな低俗なものと一緒にしないで欲しいですわ」


「まったくだな。お前らのためにわざわざ人間界にいかなきゃならない俺達の身にもなれっての」


 エリクソンはぶつぶつと日頃の文句を言った。本人に言っても低俗なバンパイアゆえに理解出来ないからだ。


「もう少し言葉の分かるやつならいいのによ」


「それでしたら、なにも倒しに行かなくてもよくなりませんこと?」


「まぁな。でもアイツら、頭悪いくせにどの人間が美味いかは分かるんだぜ?」


「きっと生き血を啜ることしか考えないからですわ。それしか能がないので、美味しい人間を嗅ぎ分けるのに長けているんですわ」


 シルビアは、ああ卑しいと言い放ち食事を続けた。

(卑しい生き物ね。確かにな。血が欲しい血が欲しいって五月蝿いっつの。ま、あの辺一帯は排除したから当分は出てこないだろ)

 エリクソンはナタリーの住む小さな村を思い浮かべた。森に囲まれ、緑溢れる村。村人はそう多くはないが、土地が広く、牧羊をしている者が多い。そのため市場では牛や鶏よりも専らラム肉が売られているのである。

(そういえば出来損ないは、羊も喰ってたな…)

 羊の血など美味いのかは分からないが、動物の生き血など、エリクソンには興味がない。

 一応村の敷地内で見つけてしまったからには倒していくが、奴らに喰われた羊の死骸なぞを見ても食欲は一切湧かない。

(やっぱ俺は人間の血液に限る)

 そう思って、村の中にナタリー以外にも美味そうな人間はいないかと、暇な時に市場を歩いてまわったりする。

 黒髪に赤い瞳。全身漆黒の洋服という目立つ格好のため、村人の注意をひきやすく、探しにいかずとも人間たちが寄ってくる。

 大半は村に住む少女や女どもで、カッコイイですね、とか、遊びに行きましょうと五月蝿いくらいに言い寄られる。

 エリクソンはその度に適当に受け答えしつつ、人間の品定めをしたものだ。

 結局は、ナタリーほど美味い血液をもった村人は一人もいなかったのだが。

 思い出すだけでも堪らないくらいナタリーの血液は極上だ。

 彼女の白い肌を貫き、心臓の鼓動に合わせてとろりと溢れだす赤の液体は、濃厚で芳醇なワインそのもの。

 くせになる深い味わい。

 次はいつ飲めることができるのか。エリクソンはそればかり考えた。

 目の前に残るアルガバの肉も、彼女の血液と比べたら大したことはない。エリクソンには先程まで食べていたアルガバの肉料理も、味気無く感じてきた。


(そろそろ行くか) 

 シルビアには充分付き合った。ナタリーの血液を考えたら、欲しくてたまらなくなる。新たに湧いてきた衝動を抑え、頃合いを見計らって御暇するとしよう。

 そう思い、さりげなく席を立とうと腰をあげた瞬間、ふと向かい側に着席したシルビアの目が光った。


「まだデザートがありますの。それまではわたくしのお話に付き合って下さいな。ああ、そうでしたわ。危うく聞くのを忘れるところでした。ナタリー…とおっしゃいましたわね。その方、どんな方なんですの?」

 シルビアは危うく面白い話を聞きそびれる所だったと、くすくすと軽やかに笑った。


「……」


 どうやらシルビアはその話しをするまでは帰してくれないらしい。

 恋愛話に花を咲かすのが好きなシルビアに、これだから女は、と心中呆れた。









 ∵ ∴ ∵ ∴ ∵


 その頃ナタリーは熱い湯を浴びて、疲れた身体を癒していた。さっきまで身体の節々が痛んでいたが、あったまった身体からはそれが嘘のように消え失せた。

 バスルームの窓から朝の暖かい陽射しが差し込んでくる。新しい一日の始まりを予感させて、昨夜まで沈んでいた心がリフレッシュしてく気がする。身体を洗い流し、心に溜まった鬱憤や悲しみも洗い流されたみたいだ。ナタリーは気分爽快でバスタイムを楽しんだ。


 そろそろ上がろうか、と浴槽から立ち上がろうとした時――……

 ガタンッとバスルームの外から大きな物音がして、ナタリーは固まった。

(なに…今の音)

 扉が揺れるような音だ。

(…誰かいるの…)

 不審な物音に動けないでいると、今度は外から女性の悲鳴まで聞こえてきた。

「きゃあーーー!!」

 断末魔の叫びとも言える凄まじい悲鳴にナタリーの心臓は早鐘を打つ。

(外で何か起こったの)

 はやる心臓を抑えて耳を澄ましていると、ざわざわと村人が集まってきたらしい。遠くて聞こえづらいが、人が死んでる、早く医者を!という言葉が聞こえてくる。

(人が死んでる?どういうこと。誰か殺されたの)

 外の状況が気になる。平和な村に、暗雲が立ち込めるのを感じた。

 ――嫌な予感がする。

 さっきまで外からは爽やかな朝をつげる光が差し込んでいたのに、今は暗い。

 ナタリーの不安を表すかのように、太陽が雲に隠れてしまった。

(とにかく確かめなくちゃ―!)


 そう思って浴室から勢いよく出ると、またガタンッと大きな音がした。

(やっぱり誰かいるんだわ。まさか―…村の誰かを殺した犯人?!)

 頭に通り魔の文字が浮かび、全身に緊張がはしる。

 浴室を抜け、慎重に脱衣所までくると、ガタガタと扉がひとりでに動いていた。

 何者かが脱衣所の扉をこじ開けようとしている。

 ナタリーはそう確信した。

 幸い、扉は鍵がかけられていて簡単には開かない。だが、それも時間の問題だろう。

 扉は今にもぶち破れそうなほどガタガタと揺れ、ガタンッと音をたてている。

(どうしよう。どうしたらいい?!)

 もし扉が壊され、犯人が侵入してきたら今の自分じゃ太刀打ちできない。浴室にも、脱衣所にも、武器となるものは一つも見当たらない。

 逃げようと思っても、浴室の窓は小さなすぎて通り抜けることは不可能だ。

(どうしよう。どうしよう)

 今にも壊れそうな扉を目の前に、ナタリーは慌てた。

 考えなければ。考えなくちゃ―!

 とにかく裸のままではダメだと脱衣所から服を掴みとり、浴室の扉をしめて身を潜めることにした。

 素早く衣服を身につけ、なるべく音をたてないようにその場にしゃがんだ。

 ――気配を消したらいなくなってくれるかもしれない――

 今はそう願うしかなかった。

 もし侵入されて見つかったら、なんとしてでも抵抗して逃げだそう。

 ナタリーはそう決意した。


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