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道を踏み外した時は

 私は死後、タルニト国でどんな評価を受けるだろうか?在位三ヶ月。たった三ヶ月だ。そのたったの三ヶ月で、私は色々な事を経験した。


 王と言うものは大変だ。今度生まれ変わったら、平凡な村娘がいいな。平凡に生きて。平凡に恋して。平凡な人生がいい。


 ······最期にもう一度だけ、ソレットと月夜の散歩をしたかったな。私は白刃を前に、静かに目を閉じた。


 私の耳に、何かが裂かれた異音が聞こえた。私は身体に痛みを感じなかった。あれ?私はキリスに斬られたんじゃないのかしら?


 何故痛みを感じないの?それとももう死んだのかしら?痛みを感じる前に?気付くと、私の身体は誰かに抱かれており、私の顔はその者の胸にうずくまっていた。


「女王陛下!!」


 ルルラの悲鳴が聞こえた。私を抱えていたのはメフィスだった。メフィスは力無く崩れ落ち私の足元に倒れる。


 メフィスの背中の官服が切り裂かれていた。何故?メフィスの前にいた私が無事で、何故メフィスが背中を斬られているの?


 ······メフィスが私を庇って斬られた。この状況が私にそう理解させた。どうして?どうしてメフィスが私を庇うの?


「······メフィス。しっかりしてメフィス。ねえ!メフィス!!」


 私は地に倒れた見動き一つしない異母兄弟の身体を揺らす。


「ざまあみろ糞宰相!仲間の仇は取らせて貰ったぜ!」


 キリスが歓喜の叫び声を上げた。その瞬間、倒れていたメフィスが突然起き上がり、懐中から小瓶を取り出しキリスに投げた。


 瞬時に反応したキリスが、その小瓶を剣で防ぐ。刀身に当たった小瓶は粉々に砕け散り、中の液体がキリスの顔にかかった。


「テメェ、メフィス!まだ生きてやがったのか!?」


 濡れた顔を手の甲で拭いながら、キリスは再び剣を構えた。メフィスは半ば着られた上半身の衣服を脱ぎ捨てた。その瞬間、キリスの表情が一変する。


「······鎖帷子!!テメェ。最初から用心してたって訳か!」


 メフィスは官服の下に鎖帷子を着込んでいた。そ、それで無事だったの!?


「何を驚く?お前達ウラフ軍団が私に必ず報復に来る事は分かっていた。この程度の事前準備など当然だろう」


 メフィスは相手を挑発するような口調で言い放った。烈火の如く怒るキリスの表情に変化が生じたのはその時だった。


 キリスの足元がふらつき始めた。腕も下がり、掴んでいた剣を地面に着け自分の身体を支えている。


「······メフィス!テメェ何をした!?」


「このタルニトには腕の良い薬師がいてな。その薬師に調合させた眠り薬だ。即効性があると聞いていたが、ここ迄効き目が早いとは思わなかったがな」


 メフィスが投げつけた小瓶は、ナニエルが用意した物だった。キリスは片膝を地面に着け、今にも崩れ落ちそうな精神を必死に保とうとしていた。


「······これで勝ったと思うなよメフィス。ウラフ首領が必ずこの王都に攻めて来る。その時がテメェの最期だ」


 キリスの怨念がこもった脅しに、私は毅然と反論する。


「それは無理な話ね。ウラフを始めとする武装勢力達はカリフェース軍の協力によって倒されたわ。私がその生き証人よ」


 キリスは両目を見開き驚愕していた。何か言おうとしていたが、眠気の限界が訪れその場に崩れるように倒れた。


「女王陛下!お怪我は!?」


 駆け寄るルルラを私は手で制した。私は無言でメフィスに近づく。


「······メフィス。どうして私を庇ったの?」


「それはこちらの台詞ですな。女王陛下。何故私の前に飛び出して来たのですか?」


 メフィスの声は相変わらず乾き、両目は細く鋭かった。だが、私にはこの男の以前には無かった僅かな心の揺らぎを感じていた。


 それは苛立ち。焦り。焦燥。怒り。負の感情の波がメフィスを揺らし、メフィス自身の制御が効かないように見えた。


 パンッ。


 私の頭の中は真っ白になった。そして、右手が勝手に動きメフィスの頬を叩いた。


「······助けたかったからに決まっているでしょう!!この馬鹿異母兄弟!!」


 私は心から。いや。これは魂の叫びと言って良かった。私はメフィスを睨みつける。


「叩かれて痛かった?その痛みを決して忘れないで。間違った道を進もうとした時、力づくでもそれを止める。それが兄弟なの!家族なの!!」


 私はいつの間にか涙ぐんでいた。頬を叩かれた異母兄弟は、冷たい視線を私に向ける。


「······兄弟?家族だと?そんな物は私には必要ない。これまでも!これからもだ!!」


 パンッ。


 私はメフィスの頬を再び叩いた。


「あんたがどんなに拒んでも!否定しても!私達は血が繋がっているの!!その絆はどんな事があっても変わらないの!!いい加減に分かりなさいよこの馬鹿兄貴!!」


 私は声が枯れそうなくらい叫んだ。私は両手でメフィスの胸ぐらを掴む。


「あんたが間違った道を歩くなら!進むなら!私が全身全霊で止めるわ!何度も!何度でも!!一生かけても!!」


 メフィスの細い両目が見開く。明らかな怒りの表情に変わる。


「······私の歩んで来た道程を分かる訳がない!知った様な口を叩くな小娘が!!」


「分かる訳無いでしょうこの馬鹿!!自慢じゃないけど、私は温室育ちの苦労知らずよ!あんたの苦労?悲しみ?慟哭?はっ。知らないわよ。知ったこっちゃないわよそんな事!!」


 私の罵詈雑言に、メフィスは更に怒りの感情を剥き出しにしてきた。私は両腕をメフィスの首に回した。


「······分からないから話し合うの。分かりたいから話し合うの。分かり合いたいから側にいるの。それが兄弟なの。家族なの」


 私は涙を流しながら兄を抱きしめる。


「メフィス。貴方はもう一人じゃないわ。私とマケンドお兄様がいる。家族がいるのよ。それって、とても幸福な事なのよ。だから安心して。もう何かを壊そうとしなくてもいいの。壊す物なんて最初から何も無いのよ」


 ······メフィスからの返答は無かった。返答の変わりに、突然メフィスの膝が崩れその場に倒れた。


 メフィスの背中から出血があった。キリスの一撃は鎖帷子ごとメフィスを切り刻んでいたのだ。


 意識を失ったメフィスに、私は必死に声をかけた。メフィスは倒れる瞬間に、消え入りそうな小声で確かに言った。


「家族とは厄介な物だな」と。







 

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