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差し出された女王

 先の三カ国軍事演習の際、メフィスはウラフ軍団に情報を送った。三カ国の兵士達が非武装で演習を行うと。


 サラントとセンブルクの領内を荒らし回っていたウラフ軍団にとっては、魅力的な話だったろう。


 この機に両大国の軍団に大損害を与えれば、その後の自分達の仕事がやりやすくなる。相手は非武装の兵士。


 草を刈るよう倒せる。その筈だった。だが、メフィスは他の人物にも情報を送った。その相手はハッパス大将だ。


 ウラフ軍団が現れる可能性をメフィスはサラントの名将に伝えた。ハッパス大将はウラフ軍団を殲滅する好機と考え、密かに兵を動かした。


 ウラフ軍団は驚愕しただろう。戦場に現れたハッパス大将率いる兵士達は、完全武装だったのだ。


 ウラフ達は当然恨んだ。自分達を騙した犯人を。偽の情報を送ってきたメフィスを。


「ウラフ首領は俺を王都に潜らせたのさ!メフィス!テメェに落とし前をつけさせる為になあっ!!」


 ウラフ軍団の幹部と名乗ったキリスは、今にもメフィスの喉元を切り裂く勢いだった。だが、当の本人は至って無表情だった。


「逆恨みも甚だしいな。私は親切に教えただけだ。ハッパス大将が乱入して来たのは私の責任ではない」


 ウラフ軍団とハッパス大将を利用し、両軍を争わせた張本人が、しれっと言い切った。


「舐めてんのかテメェ!!それとも俺達を馬鹿にしてんのかコラァ!?」


 キリスが激昂するのは当然だ。ちょ、ちょっとメフィス!余り相手を興奮させちゃ駄目でしょう!


 その時、ライツ隊長が腰から短剣を抜こうとする。


「オラァ!そこの魔術師!妙な気を起こすんじゃねえぞ!」


 キリスはライツ隊長の動きを見逃さなかった。メフィスに食ってかかりながら移動し、壁を背にする。


 コ、コイツ!興奮している割には周囲の警戒を怠っていない。用心深い奴なのね。


「仮に私を殺害してどうやって逃げ延びるつもりだ?お前は敵中に孤立しているのだぞ」


 メフィスは面倒そうにキリスに質問する。こ、この馬鹿宰相!自分の命が危ない事を自覚しているの!?


「心配は無用だこの野郎!テメェの首を掻っ切った後に、風の呪文でおさらばよ」


 キリスが言い終えると、この男の周囲に風が巻き起こる。こ、これじゃあ止めようが無いわ!


「じゃあな糞宰相。あの世で俺達の仲間に詫てこい」


「メ、メフィス!!」


「待て野盗。良い話があるぞ」


 キリス。私。メフィス。三人の言葉が重なった。い、良い話?な、何を言っているのメフィス?


「何だ糞宰相?遺言なら聞かねぇぞ」


 キリスがメフィスの首を締める腕に更に力を入れる。


「目の前にこの国の女王がいる。宰相の私より人質価値が高いぞ。女王を人質にすれば、身代金は思うがままだと思わんか?」


 ······は、はい?今なんて仰ったのメフィス君?人質にする?誰を?私?今私を人質にしろって言った?


 言ったわよね?いえ確かに言った。いや言ったぞ。言ったわよね!言ったよなこの野郎!!


 メフィスの意外な取引に、キリスは考えなくてもいい事を思案し始めた。だ、駄目よキリス君!!


 変な気を起こしちゃ駄目。絶対駄目!!さっさとその阿呆宰相を殺っちゃって逃げなさい!!ほら早く!!早くしろこのボケ!!


「······よし。そこの女王。メフィスを助けたくばこっちに歩いて来い。ゆっくりとだ」


 損得勘定を終えたキリスが、私を残忍な目で睨んで来た。


「人生最大の見せ場が到来しましたな。女王陛下。命を賭して臣下を助ける。この善行は、このタルニト国の後世に長く語り継がれるでしょう」


 メフィスが白々しく私を追い詰める。語り継がれんでもいいわボケ!!それ私が死ぬ前提の話だろ!!


 私の前にルルラとライツ隊長が立ち塞がった。キリスは私の忠臣二人を冷静な目で睨む。


「どうすんだ女王さんよ?この糞宰相を助けるのか?見捨てるのか?俺はどっちでもいいぜ?」


 私はキリスの言葉を聞き流しながら、メフィスを見つめた。相変わらずメフィスの目は鋭い。まるで、この世の全てを憎んでいるように。


 私はルルラとライツ隊長を両腕で押しのけ、キリスに向かって歩き出す。


「い、いけません!女王陛下!」


 ルルラの叫び声を無視し、私はキリスの前に立った。キリスはメフィスの首から腕を離した。


「よぉし女王さん。そのままこっちに歩いて来い。おいメフィス。テメェにはもう用はねえ。ゆっくり前に向かって歩け。いいか。ゆっくりとだ」


 メフィスが前方に歩き出す。そしてメフィスと私がすれ違う瞬間、事態は急変した。キリスが突然、地を蹴り剣をメフィスに向けて来た。


「メフィス!テメェを見逃す訳がねえだろ!テメェを殺って女王を人質にさせて貰うぜ!」


 私を人質に差し出そうとしたメフィス。こんな薄情な馬鹿を助ける義務など私には無かった。


 でも。それでも。私にはあの光景が目に焼き付いて離れない。十歳の少年が母親に先立たれ、途方に暮れるあの光景だ。


 私はメフィスの前に飛び込んだ。メフィスに振り上げられたキリスの剣は、私の頭上に振り下ろされた。

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