王都の決戦
ソレットは私を。ゴントさんとクリスさんはハリアスさんが。ルルラとロンティーヌはライツ隊長が。それぞれ風の呪文で王都に移動した。
たった二週間程しか離れていなかったのに、王都が間近に近づくと私はどう仕様も無く懐かしく思えた。
私達は王都の外縁部を囲む南側の城壁に降り立った。私の姿を見て兵士達が驚愕する。
「じょ、女王陛下!?何故こちらに?」
「話は後よ!状況を説明して!」
私の命令に、兵士は慌てて南側を指差す。報告通り、南側に魔物の群れが確認出来た。その姿ははっきりと視認出来る。
いや、もう間近に迫って来ていると言っていい。兵士の話では王都の住民は北側の城門から避難を開始していると言う。
王都に残存している兵力はたったの百人足らず。ソレット達がいなければ、とても三百体の魔物達に対抗出来なかった。
「最前列にいるのは金貨級魔物、四足ヒドラ。後列には同じく金貨級の双子のゴーレムか。よく三百も集めた物だ。地底人一族は余程資金が潤沢だったようだな」
ハリアスさんが迫る魔物の群を観察しながら、不快そうに呟いた。魔物の群の先頭に、フードを被った人物が先導するように歩いている。
地底人一族は太陽の光が苦手なので頭を隠しているとクリスさんが教えてくれた。
······それにしても間近に見る三百体の魔物達は、異様な迫力があった。私はたちまち不安になる。
「心配するなアーテリア。俺達が必ず王都を守るよ」
そんな私を安心させるように、ソレットが力強く宣言してくれる。
「おいソレット「君は俺が必ず守る」程度の事は言わんと盛り上がりに欠けるぞ」
ハリアスさんは冷やかすように人の悪い笑みを浮かべる。私とソレットは顔を合わせ赤面する。
すかさずゴントさんとクリスさんがハリアスさんの背中を蹴った。
「ハリアス。口を動かす前に身体を動かせ。なんなら先陣の栄誉を任せるぞ。ほら行け」
「ハリアス。私は病み上がりの身なんです。余りに余計な体力を使わせないで下さい。あ。遠慮なくとっとと斬り込んで行って下さい」
ゴントさんとハリアスさんが人の温かみに欠けた口調でハリアスさんを突撃させようとする。
「コラ!ゴント!クリス!戦う前に仲間にダメージを与えてどうする!俺はこのパーティーの至宝!司令塔だぞ!」
ハリアスさんが背中を擦りながら二人に抗議するが、ゴントさんとクリスさんは無視して城壁を降りて行った。
「アーテリア。俺も行ってくる」
ソレットが仲間の後を追うように歩き出した時、私は思わず両手でソレットの手を掴んだ。
「ソレット!気をつけて。必ず無事に帰って来て」
「······ああ。帰って来るよ」
ソレットは私の手を握り返してくれ、笑顔で戦場に向かって行く。一番最後にハリアスさんが何やらブツブツと文句を言いながら三人の後に続いた。
「生ける伝説の勇者。彼等の戦いを間近で見物出来るとは思いも寄りませんでしたな」
······乾いた声が聞こえた。私は後ろを振り返った。そこには、黒い官服に見を包んだメフィスが立っていた。
「······ここは危険よメフィス宰相。何故出て来たの?」
私は異母兄弟にその真意を問いかける。
「タルニト国が亡ぶかもしれない。それを目撃出来る特等席を私が見逃す理由はありません。そうでしょう?女王陛下」
メフィスは細い両眼で私を睨む。だがその表情は以前とは違い、少し感情的になっているように私には見えた。
「······なら、どうしてソレット達に私の移動ルートを教えたの?」
「聞かれたから答えた迄です。彼等四人が貴方の協力者となっても大勢は覆らない。そう判断しました。だが、貴方がここに戻って来たと言う事は、三方の敵達は退けたのですかな?」
メフィスの語気は徐々に苛立ちを含んで行った。私はカリフェースの援軍の事をメフィスに伝えた。
「······なる程。カリフェースがこんな小国を助けるとは。流石ですな女王陛下。兵士達が貴方の事を勝利の女神と言うのも分かる気がします。だが、目の前の魔物達を同じように退ける事が可能でしょうか?」
······初めてだわ。メフィスの声色にこんな抑揚を感じるのは。メフィスは何かに苛立っている。
その原因を本人も理解出来ていないのではないかしら。それが更にメフィスの神経を逆なでしているように思えた。
「心配は無用よ。メフィス宰相。勇者達は必ず勝つわ」
私はそう言うと、メフィスから城壁の外へ視線を移した。ソレット達の戦いが、今始まろうとしていた。




