想いをぶつけて
ソレットは不思議な人だった。壮絶な戦歴を少しも感じさせない程静かな表情をしている。
まだ二十代前半の若者らしからぬ落ち着きがあった。彼はとても澄んだ目をした人だった。
彼に見つめられると、周囲の空気までも浄化されるような錯覚に陥る。そう。彼は訪れる場所に清らかな風を運んでくる。
······ソレットに叶わぬ恋心を抱いていた頃の私は、そんな妄想めいた事を考えていた。そして、清新な風は再び私に吹いた。
その風は、捨て去った恋心の種火に再び灯りをともした。
「······ソレット?な、何故ここに?」
青い甲冑を身に着けたソレットは一人では無かった。後ろにはハリアスさん。ゴントさん。白い神官衣のクリスさんも居た。
「······理由があってね。アーテリア。君の居場所を探していた。今回のタルニト国の危機をメフィス宰相から聞き、ここに辿り着いたんだ」
ソレット達はクリスさんの治療の為、タルニトの王都に寄るまでは、南方の密林地帯にいた。
そこで大陸の支配を目論む地底人一族と戦っていたのだ。今、王都に迫っている魔物の群を操っているのは、その地底人一族の生き残りの可能性が高いと言う。
「目的は一族を滅ぼした俺達への復讐だ。俺達がタルニトの王都に滞在している事を嗅ぎ付け、魔物を率いて来たのだろう」
ソレットは静かな口調で説明を続けた。魔物と共に目撃されたフードを被った謎の人物。そ、それが地底人一族だと言うの?
『千載一遇の好機よアーテリア。さあ。ソレットに魔物討伐をさせるのよ。そしてそれを縁に、勇者達をタルニトの為に利用するのよ』
······私の頭の中に、もう一人の権力に染まりきった自分が囁く。私はそれを振り払うように叫んだ。
「駄目よ!!」
打算しか考えないもう一人の自分をねじ伏せるには、想像以上の労力が必要だった。
「······ソレット。これはタルニト国の問題なの。貴方達には関係ない事だわ。手出しは無用よ」
ロンティーヌの顔に「こんな非常事態に痩せ我慢している場合か」と書かれていたが、私は構わず続ける。
「自分の国の問題は自分達で解決します。それが女王としての私の務めです」
私は表面上だけは毅然とした態度でソレットの向かい合った。だが、内面は不安だらけで足が震えそうになっていた。
······でも。それでも。タルニトの為にソレット達を利用してはいけない。それだけは、それだけは絶対に駄目なの!
私の頑な態度を和らげるように、ソレットは優しく微笑んだ。
「アーテリア。今俺は女王では無く、アーテリア個人と話しているつもりだ」
ソレットはそう言うと、私に歩み寄る。
「······君は俺を利用しようと考えていたと言った。君と別れた後、仲間達に言われたよ。本当に俺を利用しようと考えるなら、わざわざそんな事は言わないと」
ソレットは照れたような仕草で頬を指で掻いた。
「それはもうソレットは酷い落ち込み様だったぞ」
後方からハリアスさんが冷やかす様に口を挟んできた。両隣のゴントさんとハリアスさんに頭を小突かれ、ハリアスさんは悶絶する。ソレットはその様子を見て苦笑し、言葉を続ける。
「考え抜いた結論はこうだ。アーテリア。君は女王だ。そんな立場で俺と関われば、どう転んでも国の為に利用する事にならないか。そう君は危惧した。違うかい?」
「······同じ事よソレット。今だって私は思っているの。貴方達が魔物を倒してくれれば、王都は救われると。タルニトの。この国の為に貴方を利用しようと考えているの!」
「いいんだ。それで」
「······え?」
「どんな物事も光と闇がある。人間なら尚更だ。アーテリア。難しく考える必要は無いんだ。俺は君の力になりたい。君は俺にどうして欲しい?」
ソレットは更に一歩私に近付いた。その澄んだ瞳が、真っ直ぐに私に向けられた。気づくと、私は肩を震わし涙を流していた。
「······力を貸してソレット。王都を。皆を助けたいの」
「······ああ。俺達に任せろ」
ソレットは微笑み、右手を私の頭の後ろに回し優しく自分の胸に引き寄せた。甲冑越しなのに、私はソレットの温かい体温を感じていた。
「よし!二人の仲はまとまった!心置き無く王都に向かうぞ!」
叫んだハリアスの足元から風が巻き起こった。これは、風の呪文だ。
「待ってソレット!私も行くわ。一緒に連れて行って!」
私はソレットを見上げながら王女の顔に戻った。
「それは危険だアーテリア。ここで待っていてくれ」
ソレットの気遣う言葉にも、私は首を振る。
「私は女王として見届ける義務があるの!お願い!」
私の再度の懇願に、ソレットは暫く考え込むように黙る。そして、私に微笑む。
「······分かった。一緒に行こう」
ソレットはそう言うと、私を抱き抱えてくれた。こ、これはまさかの二度目のお姫様抱っこ!!
「待って下さい女王陛下!私も行きます!」
「俺も行くぞ!最後まで見届けるのは俺も同じだ!」
ルルラとロンティーヌがほぼ同時に叫んだ。ライツ隊長が如才なく風の呪文を準備する。
「まったく。足手まといが増えても困るぞ」
ハリアスさんがぼやいた瞬間、ゴントさんとクリスさんの膝蹴りがハリアスさんの腰に命中した。
「行くよ。アーテリア」
ソレットは優しい瞳で私を見下ろす。その瞬間、私の胸は忙しなく躍動する。
「······はい!!」
私を抱えたソレットが空に飛び立つ。好きな人が自分を肯定してくれた。その人に抱きかかえられながら一緒に空を飛ぶ。
私は幸福だった。私はこの瞬間を、生涯忘れないだろう。
私達は高度を上げていく。ふと私は戦場の方角へ視線を移した。遠くてはっきりとは見えなかったが、タルニト、カリフェース連合軍が勝利の凱歌を上げているように見えた。
歓呼の兵士達の中を、一人の騎士が悠然と通っていく。その騎士が空に掲げた剣は、黄金色に輝いていた。