一縷の希望
タルニト軍四千五百は北に進路を取った。私の王都帰還命令に従った者は一人として居なかった。
唯一王都に戻ると誰もが思ったロンティーヌは何故か今だに軍中にいた。
「全く持ってこの軍の連中は一人残らず馬鹿野郎共だ!いいか!俺はお前等と違って自殺願望は無い!俺は犬死するつもりは無いぞ!」
じゃあ最初から王都に戻ればいいのに。そう顔に書きながら、パッパラとスカーズは苦笑する。
私達は行軍しながら馬上でロンティーヌの作戦を聞いていた。そう。ロンティーヌの言う通り、絶望的な状況は何一つ変わらないのだ。
「報告によれば四つの武装勢力は互いに距離を置き個々で進軍している。数は多いが所詮は我の強い連中の寄せ集めだ。効率的な連携など出来ないだろう」
それでも敵の総数はこちらの五倍。私達の姿を発見すれば、数に任せて押し寄せてくるだろう。
「奴等の隊列を突破し、後方で補給路を断つ。これしか連中を撤退させる手段は無いぞ」
私はロンティーヌの作戦を聞いて、一縷の望みがあると狂喜した。だが、鬼軍曹は過酷な現実を語る。
「······五倍の敵中を突破出来る保証は何一つ無い。下手をすればその前にこちらが全滅だ。運良く突破出来た者は後ろを決して振り返るな。ひたすら前進し任務を果たせ」
私達は一様に黙り込んだ。それは、作戦と言うには余りにも無謀な物だったのだ。
「女王陛下!砦が見えて来ました!」
ルルラが腕を伸ばし指を指し示す。私達の前方に、文字通りこの国の最後の砦が見えて来た。
この砦が突破されれば、ウラフ達武装勢力は王都まで無抵抗で進める。それだけは何としても阻止しなくてはならなかった。
私達は砦の前に布陣した。宮廷魔術士の報告では、武装勢力達はあと半日でこの砦に到達すると言う。
私は兵士達に休息を命じた。砦の城壁に登り、地形を観察していたロンティーヌに私は問いかけた。何故王都に戻らなかったのかと。
「······俺は売れない作家だが、本当は歴史家になりたかったんだ」
臨時参謀の意外な返答に、私は目を丸くした。そ、そうだったの?
「女王。あんたが兵士達に王都帰還の命令を下した時、連中は誰一人として従わなかった。それどころが嬉々としてあんたに付き従う選択をした。本当にこの国の連中は妙な奴等だよ」
ロンティーヌは呆れ口調だったが、その声色に悪意は感じられなかった。
「······見てみたいと思った」
ロンティーヌは静かに。小さくそう言った。
「こんな妙な国と女王。あんた達の行く末を見届けたいと思ったのさ」
ロンティーヌはそう言うと、喋り過ぎたと言う表情をして立ち去った。時間は瞬く間に過ぎ、太陽が傾き始めた時その報告は成された。
「申し上げます!ウラフ軍団を始めとする武装勢力と思われる騎影が見えました!!」
······ついにウラフ達が現れた。前方に見えるその黒い影達は刻一刻とその数を増やしていく。
私とルルラ。そしてロンティーヌは砦に残る事を強制された。マケンドお兄様やパッパラ達に戦えない者は足手まといと言われたら何も言い返せなかった。
私は砦の城壁から既に整列したタルニト軍の兵士達を見下ろしていた。陣頭に立つのはマケンドお兄様だった。
「いいか!五百人だ!この四千五百人の中から、五百人が敵中を突破すれば奴等の補給路を脅かせる!」
マケンドお兄様が馬上から兵士達に叫ぶ。
······五百人。では残りの兵士達はどうなってしまうのか。私は心臓が軋むような悪寒を覚え、軍服の胸を握りしめた。
「タルニトの運命はこの一戦に懸かっていると思え!」
マケンドお兄様の激に、兵士達が応える。
「武装勢力などに負けるものか!!」
「我がタルニト軍の強さ見せてやる!」
「タルニト軍に勝利を!」
兄が抜刀し、剣を掲げた。
「征くぞ!!私に続けぇ!!」
兄の号令と共に、タルニト軍四千五百が突撃を開始する。悪夢のような報告は、正にその時に王都から飛び込んで来た。
「も、申し上げます!!王都の南側に魔物の群れが確認されました!!そ、その数三百体!真っ直ぐ北に前進しており、このまま王都に向かう物と思われます!!」
私は両足に力が入らなくなった。この時に?こんな状況下に何故魔物の群れが現れるの?
「も、申し上げます!東より新たな軍勢と思われる騎影を発見致しました!!そ、その数ニ万!!」
この報告に、私は思考が停止してしまった。新たな軍勢?まだウラフに仲間がいたの?
「くそっ!!ウラフの奴、まだほかの武装勢力に声をかけていたのか!!」
ロンティーヌが拳を城壁に叩きつける。血塗れになった拳を気にする素振りを見せず、タルニト軍が突撃して行った方角を見る。
「······最悪の事態だ!!北と東から挟撃されたら、タルニト軍は間違いなく全滅するぞ!!」
ロンティーヌの言葉は、このタルニト国が滅びると言っているように私には聞こえた。
私はその場に座り込んでしまった。全て私のせいだ。私に決断力が無いから、こんな事になってしまったのよ。
ルルラが駆け寄って声をかけてくれたが、私には何も聞こえなかった。私の心の中は、絶望という漆黒の闇に覆われて行った。
······私の身体が揺れていた。死人のように虚ろに顔を上げると、ロンティーヌが何か叫びながら私の肩を掴み揺らしていた。
「······っかりしろ!!報告をちゃんと聞くんだ!!」
聴覚が機能を取り戻した時、私の目の前には、大粒の汗を流す宮廷魔術士が跪いていた。
「申し上げます!!東から現れた軍勢の戦旗を確認致しました!!カ、カリフェースです!!カリフェースの軍勢です!!」
聴覚はその言葉を私の脳に送り込む。気付いた時、私はいつの間にか立ち上がっていた。




