女王として
ウラフ軍団は先の三カ国軍事演習の際、一万五千の兵力で乱入してきた。一介の武装勢力にしては桁違いの兵力だ。
ウラフは世界中で跋扈している武装勢力の中でも、最大規模の勢力を誇っていた。だが、ハッパス大将に敗れその兵力を大きく減らした。
北の国境付近に布陣したウラフ軍団の兵力は、当初の報告では八千だった。我がタルニトより多いが、地の利を生かせば戦えない兵力差では無い筈だった。
そう。ウラフ軍団単体だったのなら。所が、ウラフ軍団は他の武装勢力と共に南下して来た。その数総勢二万五千。
報告によると、ウラフの他の武装勢力は三つ。ギリア軍団。ジノル軍団。バーギス軍団。全て悪名名高い武装勢力だ。
三つの武装勢力はそれぞれ五千から六千の兵力を従え、ウラフ軍団と行動を共にしていた。
「······どうしてこんな事に?どうして」
馬上で私は茫然自失になっていた。ここまで苦労を重ねて来たのに。あとはウラフ軍団さえ何とかすれば全てが終わったのに。
「ウラフは口が回る奴らしいな。大方三つの武装勢力の首領に持ちかけたのだろう。タルニト国を蹂躙してお宝を山分けしようとでもな」
ロンティーヌが眉間にしわを寄せ、苦々しく言い捨てた。私達の兵力は四千五百。五倍の相手に勝ち目なんてあるの?
「ある訳が無いだろう!目的地を変えるぞ!俺達は王都に籠城する。ウラフ達の進路にある村や街に布告を出せ!食料になる物は全て王都に運ぶか。出来なくば廃棄しろと!」
臨時参謀が何を言っているのか私は理解出来なかった。王都に戻る?北の砦の兵士はどうなるの?
砦を突破されたら、王都までの村や街はどうなるの?
「焦土作戦だ。砦の兵士は全滅するだろう。街や村も連中に蹂躙される。それでもここにいる四千五百の兵力がこの国を救う最後の武力だ。王都に籠城し、長期戦に持ち込み奴等の撤退を誘う。これしか手は無い」
ロンティーヌの断言に、私は猛然と反論する。
「そんなの駄目よ!砦の兵士も。街や村の住民達も。見捨てる事なんて出来ない!」
「何度同じ事を言わせるんだアンタは!!俺達が全滅したら、このタルニト国そのものが滅びるんだぞ!!」
ロンティーヌが激昂して叫ぶ。まただ。また多数を救う為に少数を犠牲にしろと迫るの?もう嫌よ。もう沢山。そんな事を選択しなければならないなら、もう女王なんて辞めてやるわ!!
『駄目よアーテリア。手に入れたこの権力を手放すなんて貴女にはもう出来ないわ。さあ。平民達など犠牲にして王都に戻るのよ』
······私の頭の中でもう一人の私が誘惑するように囁く。うるさい。お前ももう私から出て行ってよ!!
······もう要らない。権力なんて。王位なんて!全部捨ててやるわ!!
「······兵士達を集めて」
私はパッパラに命じ、全軍を私の前に整列させた。私は覚悟を決め、言うべき事を口にする。
「皆さんにお伝えする事があります。私達の前には、五倍の兵力を持つ武装勢力が迫って来ています。全軍に命じます。直ちに王都に戻り、防衛に当たって下さい。王都までの指揮はマケンド王子が務めます」
私の言葉に、兵力達がざわつき始めた。その兵士達の不安と疑問を代表するように、パッパラが質問をする。
「指揮はマケンド王子。では女王陛下はどうするつもりッスか?」
「······私はこのまま北の砦に向かいます。私には王の資格はありません。多数を救う為に、少数を犠牲にする事など出来ないからです」
私は俯きながら、もう王位を放棄する事も兵士達に伝えた。それを伝えると、私は砦に向かう為に無言のまま馬に乗った。
「待ってくれアーテリア。僕も行くよ」
私の側に、穏やかな笑顔を浮かべマケンドお兄様が歩み寄る。
「······マケンドお兄様」
「僕はもう逃げない。妹に責任を押しつる事もね。一人より二人の方がいい。僕も行く」
兄は優しく。だが力強くそう言った。私は兄の笑顔に泣きそうになってしまった。亡くなったお父様にも今のお兄様を見て欲しかった。
「女王陛下のご命令だ!!家族や恋人がいる奴等のはさっさと王都へ戻れ!!」
パッパラの轟く様な怒号が響く。たが、四千五百の兵士達は誰一人動こうとはしなかった。
「······参りましたね女王。こいつ等、揃いも揃って寂しい一人もんっみたいッス」
パッパラは大袈裟におどけて見せた。私は馬上から再び命令を下す。
「······このまま北へ向かえば、確実に死ぬのよ!!相手は五倍の兵力なの!犬死するの!何の意味も無く殺されるの!これは女王として最後の命令よ!王都に戻りなさい!!」
私は人生最大の声量で怒鳴った。だが。それでも。兵士達は動かなかった。
「女王陛下のご命令だ!!王都へ戻る奴は今すぐ出発しろ!女王陛下と共にゆく者は剣を掲げろ!!」
パッパラが私の三倍の声量で怒鳴ると、四千五百本の剣が空高く掲げられた。私はその光景を唖然としながら眺めた。
「女王陛下と共に!!」
「勝利の女神、アーテリア女王と共に!!」
「我等タルニト軍に勝利を!!」
そして同時に思う。私はこの光景を一生忘れないだろうと。
「我等の行く先は北だ!!アーテリア女王に続け!!」
マケンドお兄様の掛け声に、四千五百人の兵士達は地鳴りのような歓声で応える。私はその熱気に圧倒され、涙を流している事に気付かなかった。
ふと視線を横に移すと、ロンティーヌの姿が視界に入った。臨時参謀は兵士達を見ていた。その両目は、どこか眩しそうにしているように私には見えた。




