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小国の現実

 即位式からの私は多忙な日々を送っていた。本来、国政の処理は宰相が行う物であり、王女である私は宰相が持ってくる決済書に署名捺印するだけでいい。


 後は国の公式行事に顔を出し、他国からの貴賓を接待するぐらいか。そう。王の立場と言うものは、サボろうとすれば幾らでも出来るのだ。


 だが、私は惰眠を貪るつもりは毛頭無かった。この国の害虫。メフィス宰相を失脚させる為にも、政務からは無関心で居られなかった。


 不本意ながら亡くなったお父様の遺言により、最低三ヶ月はメフィスを首に出来ない。そして悔しいが私は政治の素人だ。


 私は発想を変えてみた。メフィスを罷免出来るまでの三ヶ月間。このクズ宰相から政治のいろはを盗み自分の物にする。


 それ迄はメフィスに教えを乞う生徒役を演じよう。奴はさぞかし「小娘が背伸びをして難儀な事だ」的な態度を見せるだろう。


 だが覚えておきなさいメフィス。お前を利用するだけして、三ヶ月後気持ちよく罷免してやるから。うふふふ。


「女性陛下?説明を進めてよろしいでしょうか?」


 乾いた声が私を現実に引き戻した。私は王の執務室に座っており、目の前には黒い官服を纏ったメフィスが立っていた。


 いけない。いけない。今は集中しなくちゃ。先ずはこの国の現状を把握する。それが先決よ。


「ええ。メフィス宰相。説明を続けて頂戴」


 私は穏やかに微笑んだ。メフィスは私の笑顔を見てもつまらなさそうに(本当に失礼な奴だなおい)机の書類に視線を落とした。


「女王陛下。これらがサラント国。及びセンブルク国から輸入。いえ、無理やり買わされている品々です」


 この好色宰相の唯一と言っていい長所は、物事を取り繕った言い方をしない事だ。お陰で私は直ぐに現実を知る事が出来る。


 私はメフィスが指差す項目を凝視する。農産物。武器。装飾品に嗜好品。こ、こんなにも沢山サラントとセンブルクから輸入しているの?


「農産物は大国の余剰品を。武器類は一昔前の型を。これらを我が国は高く買わされています」


 ······メフィスの説明に、私は胸が締め付けられるような痛みを覚えた。これが小国の運命だと言うの?


 大国から無理やり押し付け買わされる。それも高い値段で。しかも、農産物を大量に買わされるので、自国の農産物の値段が下落し、農民達が困窮し畑を放棄する事例も増えている。それが自給率に深刻な影響を与えていると言う。


 ······そして、決定的にショックだったのが自国に他国の軍隊が駐留している事だ。我が国の領内の砦に、サラント軍とセンブルク軍がそれぞれ駐留している。


 駐留の理由は「貴国は小国ゆえ、他国にいつ侵略されるか分からんだろう。故に我が国が守ってやろう」との事だ。


 勿論、そんな善意は在りはしない。大国サラントとセンブルクに我が国タルニト国など元より眼中に無い。


 理由はただ一つ。タルニト国領内に軍を駐留させておけば、サラントとセンブルクが戦端を開く時、最短ルートで相手の領土に到達出来るからだ。我が国の領内を我が物顔で通過しながら。


「······この駐留軍予算って?」


 私の疑問にメフィスが答える。なんと我が国は、自国にふんぞり返っているサラントとセンブルクの駐留軍の費用を負担しているらしい。


 しかも、両国の駐留軍は居座っている砦周辺の街や村で、暴行や盗みを起こしている。そしてなんと、我が国は犯罪行為を行った両国の兵士達を裁けないと言う。


 ただ泣き寝入りするしかない。その事実を知った時、私は思わず机に両手を叩きつけ立ち上がってしまった。


 ······酷い。酷すぎるわ。これでタルニトは独立国と言えるの?そして私は同時に自分が恥ずかしくなった。


 祖国の過酷な現状を知ろうともせず、お気楽頭で留学を楽しんでいたなんて。私は怒りと恥ずかしさで自分の身体を支える両腕が震えた。


「この国の現状を変えたい。そうお思いですか?女王陛下」


 メフィスの無感情な声に、私は反射的に顔を上げた。恥ずべき事に、この時の私はメフィスにすがるような表情をしてしまった。


「では。先ずはその甘いお考えをお捨て下さい。女王陛下。貴方のお父様上も。歴代の王達も苦心を重ね、この屈辱的な現実を受け入れ、この国の平和を保って来たのです」


「······平和ですって?じゃあこのタルニト国は、平和をお金で買っているとでも言うの?」


「その通りです。女王陛下。小国は大国に媚びへつらい、言われるがままに金を出し、平和を金で買うしか生き残る道は無いのです」


 メフィスの言葉に私は愕然とした。そんな。私の国タルニトは······これじゃあまるで······


「そうです。女王陛下。我が国は大国サラントとセンブルクの属国です」


 メフィスが言い捨てた言葉に、私は再び顔を上げられなかった。俯く私の視線の先には、宰相の言葉を裏付ける残酷な数字の羅列が書類に記されていた。


 






 


 




 


 

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