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不戦の誓いと民の命

 私達タルニト軍は、五日後に無事サラント国との国境に辿り着いた。報告によると、準備を終えたハッパス大将は、三万の兵力を率いて王都を出立したらしい。


 私達はそのハッパス大将を避けるように南に進路を変え進む。このまま反時計回りにサラント国内に侵入し、サラントの王都を目指す。


 ······私の頭の中は不安で一杯だった。私は行軍途中に通りかかった全ての村や街に避難命令を出した。


 今頃住民達は避難の為に王都に向かっている筈だ。でも。その王都もハッパス大将に攻められれば直ぐに陥落してしまう。


「ロンティーヌ。ハッパス大将は私達が奇策を弄して王都を攻める事を予測するだろうか?」


 スカーズ程では無いが、顔に痛々しい傷を残すマケンドお兄様が馬上からロンティーヌに問いかける。


「それは無い。ハッパス大将は名将であり常識人だ。五千弱の兵力しか持たない小国が、自国の王都を空にして全兵力で敵王都を攻める事などあり得ん事だ。ハッパスにとってそんな愚行は想像の外だろうさ」


 その愚行を考えた臨時参謀は、堂々とそう答えた。私は決断を迫られていた。これからサラント国の砦や城を攻める。


 それは、確実に両軍に血が流れると言う事だ。


「······マケンドお兄様。私はどうすればいいのかしら?」


 私は不安の余り、愚かにも兄に助言を求めた。元々選択肢など無いのだ。私達がサラントの王都に迫らないと、より多くの血が流れるのだ。


「アーテリア。今のタルニト王はお前だ。お前の決断を僕は全力で応援する。済まない。今の僕にはこれしか言えない」


 お兄様は申し訳なさそうに顔を伏せた。タルニト国の不戦の国是を破る時が、目前に迫っていた。


「砦が見えて来たぞ」


 ロンティーヌの低い声が私の胸を揺さぶった。サラント国の国境から南に迂回して三日目、私達の前にサラント国の中規模の砦が姿を見せた。


 仮設テントの中で直ぐに軍議が開かれた。ロンティーヌは口早に指示を出して行く。


「いいか。一番重要なのは砦からハッパスに使者を出させない事だ。まだ俺達の存在をハッパスに知られる訳には行かない。フォルツ軍が動く迄は、ハッパスに戻って来られたら困るからな。砦の兵力はせいぜい五百前後だろう。一気に落とすぞ」


 ライツ隊長達、宮廷魔術士達が空から攻撃呪文で奇襲。ライツ隊長達はそのまま空中に待機。


 砦にいる魔術士が使者として風の呪文で飛び立つ事を阻止する為だ。空からの奇襲と同時に、タルニト軍は全軍で砦を攻める。


「······待ってロンティーヌ。この砦を無視して先に進む訳には行かないかしら?」


 未だに決断出来ない私は、血を流さない方法を探っでいた。


「馬鹿を言うな!そんな事をされたら俺達の補給路が砦の連中に遮断されるだろう!」


 私達は補給路に行路を使わなかった。サラント軍本体がタルニト領内に侵攻したら補給路が封鎖されるからだ。


 私達は険しいが山道や難路を選び王都からの補給路を確保していた。


 業を煮やした臨時参謀は、片手を挙げて突撃の命令を下そうとした。私は反射的にロンティーヌの腕を掴んだ。


「······」


 私は口を真一文字に閉じ、泣きそうな顔でロンティーヌを見る。


「あんたいい加減にしろよ!!他にどんな方法があるって言うんだ!!」


 ロンティーヌの怒号に、私は自分の決断力の無さを恥じた。でも。それでも。不戦の誓いは破れない。


「待って下さい。この方法はどうでしょうか?」


 ルルラが慌てて私とロンティーヌの間に入る。ルルラは干し草を両腕で抱えていた。


「これはナニエル様から預かった物です。この干し草は、液体化した眠り薬を染み込ませ乾燥させた物です。これを燃やしてその煙を吸った者はたちまち眠りに落ちるそうです」


 ルルラは必死にロンティーヌに説明する。ナ、ナニエルがそんな物を用意してくれたの?


「······これは、女王陛下を守る為に使って欲しいとナニエル様より託されました。これを砦の兵達に使用すれば、あるいは無血で砦を落とせるかもしれません」


 ルルラの提案に、ロンティーヌは乱暴に頭を掻いた。


「ちっ。あの薬士の坊やは有能だが余計な事をしてくれるな。で?どうするんだ?」


 ロンティーヌは睨むように私に質問して来た。私は心の中でナニエルに感謝した。


「ルルラの作戦で行きましょう。血を流さず砦を落とすのよ」


 私は顔を上げて、はっきりとそう命令した。緊急作戦会議が開かれ、直ぐに作戦が実行された。


 旅人に変装したライツ隊長がサラント軍の砦に歩いて近付いて行った。世にも芳しい薫りを放つ干し草を売り込む商人。


 ライツ隊長はその設定の元で行動する。砦の門の前で干し草を燃やし、門番達に試しに薫りを嗅いで貰う。


 門番達が眠りに落ちたら、他の宮廷魔術師達が空から砦に降り立ち、砦の内部に煙を流し込む。


「いいか。風向きだけは誤るなよ。こっちが眠ってしまったら笑い話にならんぞ」


 自分の作戦行動を妨害され、不機嫌になりつつも最低限の指示をロンティーヌは出した。


 作戦は実行され、ものの見事に成功した。砦内の兵士達は煙を吸い込み倒れるように眠った。


 煙が引くのを待ち、私達は攻撃を受ける事無く砦に入った。す、凄いわ!ナニエルのお陰よ。ありがとうナニエル!!


「······奇跡はここ迄だ。この先はもう不戦などと言っていられないぞ」


 浮かれる私を奈落に突き落とすかのように、ロンティーヌは厳しい表情を私に向けていた。


 




 

 

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