フロアレディの手練手管。幼友達の勇気
我がタルニト兵達が勝利の歓声を上げる中、サラントとセンブルクの駐留軍は納得せず、尚も戦いの姿勢を見せる。
両大国の駐留軍は互いに陣形を整え、臨戦態勢を整える。
「勝負はついた!!未練がましく浮足立つんじゃねぇぞコラァ!!」
スカーズの轟く怒声に、サラントとセンブルクの駐留軍は固まった。それもその筈、マケンドお兄様とスカーズは拘束した両大国の駐留軍司令官の首元に剣先を当てる。
自軍の司令官を盾にされては、兵士達は動けなかった。パッパラは五千の兵を動かし、両大国の駐留軍を包囲した。
そしてサラントとセンブルク駐留軍に武装解除を命じ実行する。ロンティーヌの提案で両軍の兵士達はこれまで使用していた砦以外の場所に移す事にした。
サラント本国、センブルク本国からやって来る宮廷魔術師と連絡を取らせない為だ。この丘陵地帯の直ぐ側にあり、規模こそ大きいが老朽化が激しい砦に両大国の駐留軍を移送し、兵士達を軟禁状態にした。
砦の中の一室で、私達は改めてロイランの起こした騒動を詳しく使者から聞いた。それは驚くべき内容だった。
ロイランの美貌に惚れ込んだセンブルクの王族。それも跡継ぎの長男と次男が同時にロイランにのめり込んだ。
ロイランは二人の王子に迫った。自分を射止めるのは一人だけだと。かくして二人の王子はロイランを巡って決闘を敢行した。
二人の王子は互いに重傷を負った。このタルニト国領内で発生したサラント駐留軍との武力衝突の援軍に、センブルクは二万の兵力を送る予定だった。
だが、その二万の総司令官と副司令官が決闘で負傷した為、センブルク王宮内は混乱し、援軍どころでは無くなったと言う。
「あの外交大臣は大した女傑だな。たった一人で二万の兵力を無力化しちまった」
ロンティーヌが半ば呆れ顔でロイランを賞賛した。ロンティーヌは当初駐留軍司令官を盾にして、センブルク本国の援軍を牽制するつもりだった。
ロンティーヌにとってロイランの外交工作は、あくまで時間稼ぎ程度の認識だった。
「そう言えば先の論功行賞の会議で、ロイラン殿は言っていましたな。センブルク国の王子達に火種を仕込んだと。それが見事に発火したようですな」
ライツ隊長が口元の髭に指を当てながら飄々と呟く。ほ、本当に凄いわロイラン。だが、混乱するセンブルク王宮内で、ロイランは事情聴取の為に行動の自由が制限されていると言う。
「御心配無く。女王陛下。ロイラン殿なら、きっと涼しい顔をして帰ってきます。それも自力でね」
ライツ隊長は片目を閉じて私に微笑んだ。そうあって欲しかった。とにかく今はロイランの才幹を信じるしかなかった。
その時、臨時会議室に近衛兵長のナニエルが入室して来た。
「アーテリア。い、言え女王陛下。捕虜達を大人しくさせる方法があります」
ナニエルは緑色の液体が入った木皿を私達に見せた。
「これは眠り草と呼ばれる野草を煎じた物です。かなり危険な毒草ですが、他の野草と混ぜると毒素が消え、眠り薬になります」
砦に軟禁しているサラント及びセンブルク駐留軍の兵士達の飲料水に混ぜ、兵士達を眠らせる事をナニエルは提案した。
「この眠り薬は一口飲めば一週間は眠り続けます。僕。いえ、私がこの砦に残り薬を作り続けます。そうすればサラント軍本体とウラフ軍団に対処する間、この砦に軟禁している兵士達は動けません」
ナニエルは控え目に、だが自信に満ちた表情で私を見ていた。す、凄いわナニエル。
「その薬士の坊やも逸材だな。たった一人で両大国の駐留軍五千五百を沈黙させるか」
ロンティーヌがため息をつきながらナニエルを褒め称えた。両大国の駐留軍を眠らせ、センブルク本国の援軍はロイランが止めた。
これで私達は後顧の憂い無く東のサラント軍本体に集中出来る。
「時間は無いぞ!サラント軍主力が準備を終える前に、東の国境まで急ぐぞ!!」
ロンティーヌが叫び、私達は休む間も無く進軍の準備に追われる。ナニエルに呼び止められのは、正に砦を出発する時だった。
「アーテリア。僕はずっと自分に自信を持てなかった。その不安を君にぶつけ、君を困らせてしまった。本当にごめんよ」
ナニエルは苦笑いをして真剣な目で私を見つめた。私はそれに驚いた。それは、初めて見るナニエルの大人っぽい表情だった。
「僕はもう君に頼らないよアーテリア。自分の心を強く持ち、自分の足で歩いて行く」
「······ナニエル」
私は不思議な心のざわつきを感じていた。幼友達が少年から大人に変貌する瞬間を、私は目の当たりにしているのかもしれない。
私はそう感じていた。ナニエルは自分の仕事を遂行する為に私に背を向け歩き始めた。その背中は、いつものナニエルの背中より少し広く見えた。
「······ナニエル!この砦は任せたわ。頑張ってね!」
「うん!忙しくなるから手淫は二日に一回にするよ!アーテリアも気を付けてね!!」
······幼友達は少年の笑顔で去って行った。大人への道程は遠く険しいらしい。私は自戒を込めそう思った。




