拳と背中で決意を語る
「要は血を流さず、両大国の駐留軍司令官を捕まえればいいんスよね?」
大柄な身体を甲冑で覆ったパッパラは、両腕を組みながらそう言った。
「······パッパラ。そんな事が出来るの?」
私は戸惑いながらタルニト軍大将に問いかける。大将は頷いた。
「各国代表十人を選抜して殴り合いで勝負を決めるッス。これなら女王の守りたい不戦の国是も問題ないッスよね」
パッパラの提案に私達は驚いた。ロンティーヌが卓上に広げられた地図を叩く。
「サラントとセンブルクの奴らは今戦闘中なんだぞ!それでなくとも殺気立っている。そんな提案に乗ってくるものか!」
ロンティーヌの叫び声に、パッパラは人差し指を立てる。
「そこッスよ。連中は連日の戦闘で気が立っている。挑発し甲斐があるってもんス。それに、タルニト軍は五千。兵力が俺達より少ない両駐留軍も代表戦の方が都合がいいっスよ」
物は試しと言わんばかりに、パッパラは両駐留軍に決闘を知らせる使者を送る。そして五千の兵力をサラントとセンブルクの駐留軍の前に移動させた。
丘陵地帯の草原で両大国は互いに陣を張り睨み合っていた。タルニト軍五千が迫り、たちまち両駐留軍は動揺する。
「じゃあ、行って来るっす」
兵達の中から精鋭を九人選抜したパッパラは、まるで近所にお使いにでも行くような口調だった。
「待ってくれパッパラの兄貴。代表戦は俺がいく。兄貴は留守番だ」
パッパラの前に、虎の模様を模した甲冑を身に着けたスカーズが立った。
「まだ東にはサラント軍。北にはウラフ軍団がいる。こんな所でパッパラの兄貴が負傷でもしたらタルニト軍は終わりだ。殴り合いは俺が行く」
スカーズが言い終えると、パッパラは怒りの表情で弟分の胸ぐらを掴む。ちょ、ちょっとパッパラ!!
「······てめぇ。スカーズ。俺が殴り合いで負けるとでも言いてぇのか?」
ドスの入った声色にも、スカーズは平然としていた。
「······兄貴。アンタは変えの効かない存在だ。そのその事をもっと自覚しろよ!!」
タルニト軍大将と中将が至近で顔を突き合わせ睨み合う。私はその雰囲気に口を挟む事が出来なかった。そして、パッパラがスカーズの胸を離した。
「······ちっ。仕方ねぇな。スカーズ。ここはお前の顔を立ててやる。だが、負けたら承知しねぇぞ?」
「上等だパッパラの兄貴。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
パッパラの言葉にスカーズは不敵に笑い返した。スカーズが九人の精鋭を率い、決戦に向かおうとした時だった。
「待ってくれ!その戦い、私も行く。いや。行かせてくれ!!」
王族特有のきらびやかな甲冑を鳴らし、マケンドお兄様がスカーズに歩み寄った。お、お兄様!?
「······正気ッスか?マケンド王子。コイツは命懸けの殴り合いだ。怪我じゃ済まないッスよ?」
スカーズが目を細めマケンドお兄様を見据える。
「構わん!私は出陣の際君達に約束した。私は陣頭に立ち皆に背中を見せると!ここで私が戦わなくては、兵士達との約束を違える事になる!頼む!私も行かせてくれ!!」
私はお兄様の迫力に圧倒された。マケンドお兄様は元々無能では無い人だ。十代の頃から国王であるお父様を補佐し、内政にも軍事にも優秀な才幹を見せた。
ただ一つ。重圧に脆く弱かったのだ。お父様が亡くなった際に姿を消したのも、全てそれが災いした。
無論、メフィスがそれを意図的に助長したのも大きな原因だった。暫く沈黙していたスカーズは、右腕をお兄様に伸ばす。
「いいッスよ王子。その代わり、死にもの狂いでお願いします」
スカーズの言葉に、マケンドお兄様は頷く。そしてスカーズの伸ばした拳に自分の拳を突き合わせた。
お兄様とスカーズ。そしてタルニト兵八人は両駐留軍の睨み合う中央に移動した。そしてスカーズは、離れた私達の耳にも届く大声を上げる。
「サラントとセンブルク!!さっさと代表連れて来いやぁっ!!こっちはマケンド王子が出張って来てんだ!待たせんじゃねぇぞコラァッ!!」
ちょ、ちょいスカーズ!もう少し言い方って物があるでしょう!チンピラか君は!?
「女王陛下。安心して欲しいッス。スカーズは相手を挑発する事に関して俺より上っスから」
パッパラが得意気に弟分を讃えた。い、いやその心配じゃないから!タルニト軍の風評的な事の心配をしてんの!
「戦う気が無いならさっさと自分の国へ帰れやぁっ!!この腰抜け共がぁっ!!」
スカーズのこの一言が影響したのか、サラントとセンブルクの陣から十人ずつスカーズ達に近付いて来た。
「女王陛下。両大国の駐留軍司令官の姿も確認出来ました」
望遠鏡を覗きながら、ライツ隊長が報告してくれた。そして、各国代表戦士達の異例の戦いが始まった。
私も急いで望遠鏡を覗いた。壮絶な肉弾戦の開始は、スカーズの右拳から始まった。スカーズはサラントの兵士を一発で殴り倒す。
すかさず他のサラント兵がスカーズに襲いかかる。三十人による戦いは、たちまち乱戦模様になった。
一人。また一人と各国の兵士達が倒れて行く。マケンドお兄様は顔に傷を負いながらも健在だった。
気づくとお兄様の背後には、その背中を守るようにスカーズが立っている。サラント兵とセンブルク兵はその二人に猛然と迫る。
······望遠鏡を持つ私の手に汗が滲んでいた。その事に気付いた時、戦いは終わった。草原の地には倒れた兵士達の身体が横たわっている。
その中で、ただ二人だけが立ち続けていた。一人は元の顔が判別出来ない程傷ついたスカーズ。
もう一人は肩で息をして、今にも膝が崩れ落ちそうになるのを必死に耐えているマケンドお兄様だった。
スカーズはお兄様を左腕で支え、右腕を空高く突き上げた。
「スカーズ中将が勝ったぞ!!」
「俺達タルニト軍の勝ちだ!!」
「マケンド王子の勇姿に万歳!!」
五千の兵士達が一斉に歓声を上げた。私はボロボロになったお兄様を見て、初めて兄を格好いいと思ってしまった。
スカーズとお兄様は両大国の駐留軍司令官を拘束する。その時、空から何者かが飛来して来た。
それは、タルニト国の宮廷魔術士だった。
「申し上げます!出兵準備をしていたセンブルク国の王都で異変が生じました!センブルク国の王子二人が決闘を行い、負傷した模様です。センブルク軍司令官だった王子達が負傷した為、軍の動きが停止しています!!」
私はその報告に絶句した。センブルク王都には、ロイランがその準備を遅らせる為に滞在している筈だった。
い、一体何がセンブルクの王子達の間に起こったの!?
「こりゃあ。ロイラン殿がやっちまいましたね。女王陛下」
パッパラが陽気な声を出した。それは同僚のロイランを褒めたのか。非難したのか。私は暫くの間分からなかった。