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元彼女。元彼氏

 メフィスが去った後、私はもう一つやり残していた事を思い出し、貴賓室に向かった。


「······準備は出来たの?バフリアット」


 私は部屋で身支度をしていた元恋人に声をかける。元恋人は私から目を反らした。


「······父である王から帰国命令が出た。事態がこうなった以上、僕にはもう何も出来ないよ。アーテリア」


 バフリアットは端正な顔を曇らせた。実はメフィスを始めとし、臣下達はバフリアットをタルニトに留めるよう進言してきた。


 それは体のいい人質だ。けど、私はその案を却下した。私は事態が収束した後の事を考えたからだ。


 バフリアットを人質に取った事を口実に、サラント軍にどんな目に合わされるか分かったものではない。


「······済まないアーテリア。でも、君を想うという言葉は偽りでは無い。本当なんだ」


 バフリアットに恋していたかつての自分が聞いたら、さぞかし狂喜した台詞だったろう。でも、バフリアットの言葉は私の心に響かず足元に落ちて行った。


 この美しい青年に夢中になっていた過去の自分を確かめるように、私は空虚な言葉を投げかける。


「ねえバフリアット。何もかも捨てて、私達二人でどこかに逃げない?」


 私の提案に、かつての恋人は首を横に振った。


「······出来ないよアーテリア。僕が背負っている物は大き過ぎるんだ」


 苦渋の表情を見せ、バフリアットはまた私から目を反らす。


「つまらない事を言ったわね。今のは忘れて頂戴」


 私は部屋を出る為に振り返った。


「······アーテリア。これだけは忘れないでくれ。何処に居ても。いつも君の事を想っているよ」


 彼の言葉は、私の心の中の水面にさざ波一つ起こさなかった。


「ありがとうバフリアット。私は貴方のその言葉を大切に心にしまっておくわ」


 私は振り返らずそのまま部屋を出た。私はそのまま廊下を足早に歩く。王宮広場への入り口で軍服姿のルルラが待っていてくれた。


「待たせたわねルルラ。行きましょう」


「はい。女王陛下」


 私は馬に乗り、隊列を成して進む兵士達の横を駆けて行く。メフィスの事が気にかかったが今は目の前の難事に集中しないと。


 こうしてタルニト軍は未曾有の国難に対処する為に王都から出陣した。


 パッパラは各地に配置されていた兵力を王都に集める事はしなかった。理由は時間を惜しんだからだ。


 サラント及びセンブルクの駐留軍が争っている場所に、現地集合するよう各地に伝令を出した。


 二日間の行軍のは、予定通り順調に進んだ。だが、一つだけ無視出来ない事があった。それは魔物の出現だ。


 農地視察の際も、農民達は口々に魔物の頻発を訴えていた。行路を進軍する私達の前にも魔物が現れたのだ。


 それ事態は珍しい事では無かったが、問題は魔物達が徒党を組んでいた事だ。各地の報告を総合すると、その数が次第に増えていると言う。


 ······もし、魔物達の大軍が襲来したら、大変な事になるわ。


「報告にあったフードを被った者の目撃情報も気になります。まさかと思いますが、その者が魔物を操っていたのでは?」


 ルルラが不安げにそう言った。魔物を操るには、魔物を製造しているバタフシャーン一族から購入しなくてはならない。


 そうすれば、バタブシャーン一族が購入者が魔物を操れるよう調節してくれるそうだ。目撃されたフードの人物が魔物を大量購入し操っているのか?


 この問題も近々取り組まなければならない。私は馬上でそう考えていた。こうして私達は、サラントとセンブルクの両駐留軍が争っている場所に到着した。


 パッパラの作戦通り、各地から続々とタルニト軍がここに集結し、その兵力は五千に達した。


「女王陛下。レドカ侯爵、ホワツ侯爵が参られました」


 二人の侯爵は馬上の私の前に跪いた。両人共に面目次第も無いという表情だ。今回の問題を引き起こした責任を感じているのだろう。


 でも、私は二人を責めなかった。今回二人の侯爵は一致協力して、魔物退治の為に行動したのだ。両大国の駐留軍と遭遇し、戦いに巻き込まれたのは不運としか言いようが無い。


 私は両侯爵の私兵を王都に帰還させ、そのまま王都の防衛の任につけた。


「お優しいですね。女王陛下。レドカ侯爵とホワツ侯爵はこれで陛下に二度許されました。両侯爵は陛下に感謝し、忠誠を尽くされるでしょう」


 好意に満ちた表情でルルラがそう言ってくれた。忠誠はともかく、好戦派と守戦派がこれで仲良くなっくれればいいのだけど。


「ありがとうルルラ。そう言えば貴方、軍服が似合って来たんじゃない?」


 私がそう言うと、ルルラは赤面して恐縮していた。


「さて。作戦を確認するぞ」


 設営されたテントの中で、緊急軍議が開かれる。私達の前に立つロンティーヌが作戦を説明していく。


 報告によると、サラント駐留軍とセンブルク駐留軍はお互い砦から援軍を呼び、現在総兵力が集結し睨み合っている。


 その数サラント駐留軍三千。センブルク駐留軍二千五百。


「数が少ないセンブルク軍から潰すぞ。その後はサラント軍だ。兵力は圧倒的にこちらに分がある。半日でかたがつく」


 ロンティーヌの説明に、私は背筋が冷たくなったような感覚になる。


 ······ついに戦いが始まる。それは、亡きお父様達先代が守り続けた国是を破ると言う事だ。


 このタルニトの国是「サラントとセンブルクに戦争の口実を与えるな」それを私達は今壊そうとしていた。


「作戦の肝を忘れるな。サラントとセンブルクの駐留軍司令官を生け捕りにするんだ。特にセンブルクの司令官は王族に名を連ねる者だ。そいつを人質にすれば、センブルク本国の軍は迂闊に動けなくなる」


 ロンティーヌが口早に作戦を話して行く。タルニト軍の臨時参謀になった作家は私を見る。


「作戦開始の号令はあんたがかけろ。女王」


 ロンティーヌの言葉に、私は首を横に振ってしまった。


「······ごめんなさい皆。やっぱり出来ないわ。先代達が守り抜いてきた不戦の歴史を、私が破る訳にはいかない」


 私は何かに押し潰されそうな重圧を背中に感じていた。確かに両大国から屈辱的な外交を強いられ、タルニトは苦汁を飲まされてきた。


 けど、その代償にタルニト国は平和だった。その平和は、民衆達にとって何よりの拠り所だった筈だ。


 そう。お父様達、先代達が守り続けたのは民衆達の平和だったのだ。


「今更何だ!いいか!俺達には時間が無いんだぞ!サラントとセンブルクの駐留軍をさっさと片付けて東に向かう!早くしないとサラント軍本体が準備を終えちまうんだよ!」


 ロンティーヌが激昂して叫んだ。分かる。今の苦しい状況は痛いほど分かるの。でも、でもやっぱり戦争だけはしてはいけないわ。


 私は俯き黙ってしまった。こうしている間にも、貴重な時間は過ぎて行く。


「······自分に考えがあるッス」


 突然パッパラが手を挙げて発言する。マケンドお兄様。スカーズ。ルルラ。ロンティーヌ。ライツ隊長。ナニエル。そして私はタルニト軍歴代最年少の大将の顔を凝視した。

 


 


 

 


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