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気弱な実兄。悪辛な異母兄弟

 モンブラ殿の帰国は何を意味するのか。私は会議室を出て廊下を歩きながら考えていた。


 そうだわ!奥さんに会う為に一時帰国したとか!?若しくは何か忘れ物があって取りに帰ったとか?


 ······いや。だったら配下の者達と一緒に行く筈が無いわ。私は自分の考えに呆れながらため息をつく。


 モンブラ殿はこのタルニト国を、条約加盟に不適格と判断して帰国したのだ。無言の突然の帰国。そうとしか考えられない。


 タインシュが一人だけ「モンブラ殿に「マーズとチーズ」の結末を聞けなかった!!」と叫んでいた。知るかいボケ。


 廊下を歩く私の足取りは色んな意味で重かった。私はこれからお兄様に伝えなくてはならない。メフィスが異母兄弟と言う事。私は六日後に戦地へ赴く事を。


 お兄様がいる部屋に入ると、私はお兄様が一人では無い事に気づく。蒼白なお兄様の前にはメフィスが立っていた。


「······メフィス。何故お兄様と?ま、まさか貴方!?」


 私は動揺した声を上げる。異母兄弟のメフィスは不敵な笑みを私に向ける。


「アーテリア。君の手を煩わせまいと思ってな。今しがたマケンドに伝えた。私が異母兄弟である事。このタルニト国が存亡の淵に立たされている事をな」


 メフィスはそう言い終えるとマケンドお兄様を一瞥し、不快そうな表情になる。マケンドお兄様は全身が震え、目の焦点が合っていなかった。


「······メフィスが僕の兄?タルニトが滅ぶ?そんな·······どうすればいいんだ?僕はどうすれば?」


 マケンドお兄様は頭を両手で抱え、今にも泣きそうな表情だった。私はそんな実兄に歩み寄り、お兄様の手首を掴む。


「······よく聞いてお兄様。私は六日後、軍と共に戦地に参ります。メフィスと共に王都の事を頼みます」


 私の言葉に、お兄様の動揺は更に大きくなった。


「······アーテリアが戦地に?この王都を僕が?無理だ。出来ないよアーテリア!僕を独りにしないでくれ!!」


 パンッ。


 何かが弾かれたような音が響いた。私はマケンドお兄様の頬を叩いた。そしてお兄様の胸ぐらを掴む。


「その耳をかっぽじってよく聞いてお兄様。逃げ道はないわ。私達は王族よ。例え国が滅ぶとしても、それを見届ける義務があるの。もう一度言うわ。逃げ道なんて最初から無いの」


 私は目に涙を浮かべお兄様に詰め寄った。私だって恐い。不安しか無いわ。でも。それでも。王は目の前の現実から目を逸してはいけないの。


 お兄様は両膝を床に着け、項垂れてしまった。私はそれ以上お兄様に言葉をかけず、部屋を出ようとした。


「惜しいなアーテリア。君はマケンドより遥かに王の資質があった。半月後に君を廃位しなくてはならないのが残念だ」


 メフィスの言葉を背中に受け、私は振り向かないまま返答する。


「もう自分が王になったような口振りね。半月後にまだこのタルニト国が存在している事を祈ってなさい」


 私はそう捨て台詞を残し、部屋を出て行った。それからが時間との戦いだった。パッパラやスカーズは軍の編成に忙殺され、ロイランは時間を稼ぐ為にセンブルク国に出立した。


 私はロンティーヌとルルラに細い戦術立案を頼み、メフィスやタインシュに王都の留守を任せた。


 ······瞬く間に六日が経過し、タルニト軍の出陣の時が来た。パッパラ達の努力が実を結び、何とか軍の編成が間に合った。


「女王陛下。出陣の訓示をお願い致します」


 私と同じく軍服に着替えたルルラは、細身の剣を私に差し出しながら頭を下げる。私は王宮の外に集結している兵達の前に、姿を見せる為に長い廊下を歩く。


 その私の視界の先に人影が映った。それは、マケンドお兄様だった。


「······アーテリア。僕も一緒に行く。いや、行かしてくれ。頼む」


 軍服姿のお兄様は、見違えるように勇ましい表情に変わっていた。


「······アーテリアの言う通りだ。僕は王族の義務から逃げ続けた。でも、その逃げた先には何も無かった。振り返ると、たった一人の妹が僕の代わりにその義務を果たそうとしている。それを見て見ぬふりをする事は、僕には出来ないよ」


「······マケンドお兄様」


 私は兄の言葉に、涙が溢れそうになった。マケンドお兄様は私と共に壇上に上がり、兵士達の前に立った。兵士達から動揺の声が上がる。


「······女王陛下の隣のあれは誰だ?」


「おい!あれはマケンド王子じゃないか?」


「あの行方不明だった王子か!?」


 兵士達は騒然となった。マケンドお兄様は一歩前に進み出でる。


「······私はマケンドである!!これより出陣する皆に聞いて欲しい事がある!!」


 お兄様の声に、兵士達は一斉に静まり返る。


「皆も知っての通り、私は今日まで姿を隠していた。真実を言おう。私は逃げたのだ。王を継ぐ重責に耐えられず、卑怯にもアーテリアに全てを押しつけて」


 お兄様の言葉はそこで途切れた。そして歯を食いしばり、再び口を開く。


「私は臆病者で王の資格など無い。だがアーテリアを盾にして、その身の安全を図るまで外道にはなれなかった」


 王宮の広場に集まった兵士達は、全員お兄様の姿を見つめている。


「兵士諸君!私にもう一度だけ機会を与えて欲しい。このタルニト軍の陣頭に立つ事を!私は約束する!!二度と諸君等に背中を見せない事を!!」


 青空の下、王宮広場は耳が痛くなるような静寂に包まれる。

 

「勇気を取り戻されたマケンド王子に敬礼!!」


 怒号のようなパッパラの大声が響いた。スカーズがパッパラに続きお兄様に敬礼し、全ての兵士達もそれに倣う。


 「······ありがとう」お兄様は私の隣でそう囁くように呟いた。それは私に向けての言葉か。兵士達への言葉か。私には判別出来なかった。


「これよりタルニト軍は西方に進軍する!!私に続け!!」


「おおおっ!!」


「タルニトに勝利を!!」


「マケンド王子に御武運を!!」


 王宮広場は兵士達の歓声と熱気に覆われた。


「こりゃあ。ひょっとすると。ひょっとするかもしれませんなあ」


 タインシュがボサボサ頭を掻きながら呟いた。メフィス曰く、タインシュは物事の過程を通り越し、先に結論が頭に浮かぶ天才らしい。


 でもこの時のタインシュの言葉は、預言者のような言い様に私には聞こえた。鳴り止まぬ歓声の渦の中で、私はタルニトの預言者の予測が当たる事を心から祈っていた。


 


 


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