厄介事は、近所から片付けろ
「······なんとまあ。絶望的な状況だな」
ロンティーヌは無精ひげを指で触りながら机の上の地図を見ながら呟く。ルルラから現状を聞いたロンティーヌは、そう言った後に黙り込んだ。
私を含め、臣下達はロンティーヌが口を開くのを待った。するとロンティーヌはルルラを見た。
「あんたルルラと言ったな。俺の「君主像」を熟読したのだろう。本には同時多発する問題の対処法も書いていた筈だ。なぜ女王に対策を進言しないんだ?」
ロンティーヌは自分の唯一のファンと言っていいルルラに、何処か教師めいた口調で質問する。
「······多くの人の命が関わる事です。私にはとても耐えられません」
ルルラは教師に叱られる生徒のように俯いた。だが、教師は更に詰め寄る。
「いいから話してみろ。この状況下で取るべき方策は?」
ロンティーヌに答えを強要されたルルラは、救いを求めるように私を見る。私は微笑して頷く。
「ルルラ。貴方が重荷を背負う必要はないのよ。臣下の進言をどう活用するか。それは全ての責任を負う私の役目よ」
私の言葉に、ルルラは覚悟を決めたように頷く。
「······申し上げます。今我が国は三方に敵を抱えております。西に両大国の駐留軍とセンブルク本国の軍。東にサラント本国の軍。北にウラフ軍団。ですが、この三つの敵は協力をしている訳でもなく、連携もしておりません」
ルルラは慎重に言葉を選ぶように話す。そのルルラの姿をロンティーヌは黙って見つめる。
「問題は距離的に一番近い所から一つずつ対処する。砕いて言うと、厄介事は近所から片付ける。ロンティーヌさんの本にはそう書かれていました」
ルルラは言い終えた後、大きく息を吐いた。き、近所から片付ける?距離的と言うと、一番近いのは西の両大国の駐留軍だわ。
「距離的と申しましたが、それは時間を含めでです。東のサラント軍は、出兵の準備にまだニ週間は時間を必要としています。北のウラフ軍団はサラントとセンブルクの共倒れを狙い、その動向を伺い動いていません。我々は先ず、西の両大国の駐留軍に対処し、次に東のサラント軍。最後に北のウラフ軍団の順に対処する時間的余裕を持っています」
ルルラはそこ迄話すと、教師の採点を待つ生徒のようにロンティーヌを見る。
「まあ及第点だ。で?タルニト軍の最大動員兵力の数は?」
ロンティーヌはこの会議室で、一番大柄で軍人に見えるパッパラに質問する。
「そうッスね。騎兵一千。歩兵四千。合わせて五千ってとこッス」
······五千。この少ない兵力を、どうやって三方に振り分ければいいのかしら?
「少ない兵力を更に分散する馬鹿がどこにいる?全兵力を持って西、東、北の順に動かすんだよ」
ロンティーヌは乱暴な口調で言い切った。ぜ、全兵力って?一番近い西の両大国の駐留軍に全兵力を向けたら、東のサラント軍と北のウラフ軍団の備えはどうするのよ!?
「だからさっき言っただろうが。こっちにはまだ時間的余裕だけはあると。西の駐留軍を片付け、東のサラント軍が準備を終える前に軍を東に移動させる。東のサラント軍を黙らせたら、最後は北に移動してウラフ軍団を駆逐する。以上だ」
ロンティーヌは一気に説明を終え、前傾姿勢になった上半身を背もたれに預ける。
「机上の空論だな。西の両大国の駐留軍はともかく、東のサラント軍三万。北のウラフ軍団七千にどうやって対抗すると言うのだ?」
メフィスが失笑混じりにロンティーヌの策を一蹴する。た、確かにメフィスの言う通りだわ。
我がタルニト軍はたったの五千。これでどうやって両大国やウラフ軍団に対抗出来るのか。
「少ない兵力で出来る事は決まっている。奇襲と騙し討ちだ。それ以外に選択肢などない」
ロンティーヌは不機嫌そうに足を組みながら答えた。き、奇襲と騙し討ち?
「サラント軍が軍を編成するまであと二週間。西の両大国の駐留軍まで辿り着く日数が三日。駐留軍を片付けるのに一日。そこからサラント国、国境まで移動日数が五日。さて。タルニトに軍の編成が許されている日数は?」
ロンティーヌは私達に残された時間を流れるように説明する。の、残り六日しか無いわ。私はパッパラを見る。
「······ギリって所ッスね。でも、必ず間に合わせてみせるッス!」
パッパラは右手の親指を立て、力強く答えてくれた。
「あとはサラントとセンブルクに、少しでも両大国の準備を遅らせる工作員を使者として送れ」
ロンティーヌの指示に、ロイランが立ち上がる。
「わたくしにお任せ下さい。サラント国のハッパス大将には小細工は効きませんが、センブルク本国の動きは必ずや遅らせて見せます」
「それで構わんさ。上手くいけば儲けもの。それぐらいの気構えでいい」
ロイランの宣言に、ロンティーヌは頷いて答える。パッパラとロイランが準備の為に退室した時、私は気づいた。
······そう言えば、モンブラ殿がいない。何時もは重要な会議には必ず出席していたのに。その時、侍従から報告があった。
「申し上げます。モンブラ査察官殿がたった今、配下の者達と一緒に風の呪文で飛び立ちました。その方角はカリフェースと思われます」
その報告に私は思考が停止した。何故モンブラ殿は黙ってカリフェースに戻ったのか?
「どうやら我がタルニト国は失格らしいですな。カリフェースの組織する国際条約の加盟には」
メフィスが乾いた声で他人事のように呟いた。タルニトを救う希望の糸が絶たれた。私はこの時、そう感じていた。




