三方からの敵
私は直ちに緊急会議を開いた。円卓のテーブルには、このタルニト国の地図が置かれている。
「ええと。先ずは状況を確認しますかの。このタルニト国の王都より一番近い厄介事が王都から西で発生したサラント及びセンブルク両国の駐留軍の衝突。これには、レドカ侯爵とホワツ侯爵が巻き込まれております」
タインシュがボサボサ頭を掻きながら地図を指差す。収集した情報によると、両侯爵は魔物退治の為に協力して進軍していた。
その両侯爵の軍は、運悪く訓練中のサラント駐留軍とセンブルク駐留軍と遭遇した。
三つの軍は睨み合い、暫く膠着状態が続いた。そこにまた運悪く、魔物の集団が現れた。
ともかく、先に軍を動かしたのはセンブルク駐留軍だった。センブルク駐留軍に言わせると、あくまで魔物を退治するつもりで軍を動かしたらしい。
だが、サラント駐留軍はそう認識していなかった。軍を動かしたセンブルク駐留軍を敵対行為と判断し、サラント駐留軍も軍を動かした。
かくして魔物の集団を挟むようにして、両大国の駐留軍は戦闘を開始した。戦闘発生から翌日。
両大国はお互いに砦から援軍を呼び、戦闘の規模は拡大しつつあると言う事だ。幸い戦闘に巻き込まれた両侯爵は、なんとか戦場から離脱したようだ。
「そして二番目の厄介事が王都から東にあるサラント国の王都。今サラントの王都には大軍が集結しているそうですな。その数は三万に達すると密偵は言っておるそうです」
タインシュはタルニト国の東にあるサラント国王都を指差す。サラント軍ハッパス大将は、軍の編成が完了すると同時に我がタルニト領土内を進軍すると通達して来た。
本来これは領土侵犯だが、サラント軍にはタルニト領内の駐留軍を救う大義名分がある。またそれを許す不平等条約をタルニトはサラントと結んでいる。
「女王陛下。その不平等条約はセンブルクとも結んでおります」
ロイランは細く綺麗な指先を地図にあるセンブルク国の王都に置く。そうだ。センブルクもサラントと同様に、駐留軍を救う名目で我がタルニト領内に軍を送ってくるだろう。
······そうなれば、このタルニト国内でサラントとセンブルクの戦争が始まってしまう!
「そして三つ目の厄介事が王都の北。武装勢力ウラフ軍団の存在ですな。北の国境付近にや奴等は陣を張っているようです」
タインシュは地図にある北側を指差す。陣を張って?ウラフは我が国に戦書の送ってきたのに、何故直ぐに攻めて来ないのかしら?
「私がウラフに知らせたからです。タルニト国内でこらからサラントとセンブルクが衝突すると。ウラフは計算高い男です。その戦いに巻き込まれないように様子を見ているのでしょう」
メフィスが乾いた声で素っ気なく呟く。コイツ!昨日の今日でもうそんな事を。やはりメフィスは当初からウラフとの連絡網を構築していたのね。
でもウラフはそのメフィスに軍事演習の際、騙されて敗走した。今回はその轍を踏まないように慎重に動いているのね。
「······さて。この三方の難事。どうされますか?女王陛下」
ライツ隊長が腕を組みながら私に質問する。私は頭を抱えた。一つならまだしも、三ケ所で同時にこんな問題が起こるなんて。
「いっそ、サラントとセンブルクを戦わせたらどうッスか?両軍共倒れしてくれれば、タルニトは万々歳ッスよ」
パッパラが地図を見ながら、サラントとセンブルクの駐留軍が衝突している場所を指差す。
「それは駄目よ。領内で戦争が起きれば、戦場周辺の村や街に被害が出るわ。ウラフ軍団も同様よ。国境を超えられたら、領内の民衆達がどんな目に合うか」
私は自分で言いながらも自問自答していた。ならばどうするのかと?サラントとセンブルクに使者を送っても、それで両大国が戦闘を停止するだろうか。
答えは否だ。両大国は小国の意見など取り合わないだろう。私は頭を抱えながら、一縷の望みを託しルルラを見た。
「······ルルラ。何か考えは無いかしら?」
ルルラは軍事演習を発案し、その後も十六歳の少女とは思えない策を私に進言してくれた。
会議室の臣下達もルルラに注目する。だが、注目された少女は不安げな表情で頭を振った。
「······申し訳ございません。女王陛下。今回は演習では無く本物の戦争です。人の命がかかっています。私にそれを左右する器量などありません」
ルルラは涙を浮かべ肩を小さくしていた。私は呆然としたが、考えてみれば当然だ。自分の進言一つに多くの人間の命がかかってくる。
そんな重荷と決断を、十六歳の少女に出来る訳がなかった。私はルルラを責めなかった。
「······ルルラ。ではロンティーヌの著書では、複数の敵に囲まれた時にどうすればいいか書いてなかったかしら?」
私はルルラに質問しながら自分が嫌になった。この上でも私はロンティーヌの名を持ち出し、ルルラの進言を期待していたのだ。
「······お許し下さい女王陛下。大恩ある陛下のお力になれず、申し訳ございません」
ルルラの瞳からはついに涙が溢れ、会議室内は静寂に包まれた。
「女王陛下。よく分かんないッスけど、そのロンティーヌって奴に直接聞けば言いんじゃないッスか?」
パッパラのこの何気無い一言が。このタルニトの運命を大きく変える事となった。
「······それは無理よパッパラ。このロンティーヌと言う人物は大昔の人間よ」
私の返答に、ルルラが不思議そうに私を見る。
「······いえ女王陛下。恐れながらロンティーヌは存命です。しかも王都の城下町に住んでいます」
ルルラの言葉に私は口を開けて固まった。え?存命?だってロンティーヌの著書「君主像」の巻末に、著者の生年月日に書いてあったもん!
その生年月日によると、ロンティーヌは百年前に亡くなっている筈でしょう?
「ああ。それはロンティーヌの親族が最初に「君主像」を発行した年月日です。ロンティーヌはその「君主像」を加筆、修正して再発行したのです」
ルルラの説明に私は合点が行った。私はルルラに借りた「君主像」を流し読みしていただけだった。きっと百年前の発行日をロンティーヌの生年月日と勘違いしていたのだ。
「ルルラ!ロンティーヌの居場所を知っている?」
私は物凄い剣幕で侍女兼秘書官に質問する。
「は、はい。女王陛下。一度家に尋ねて行った事がございます」
「今すぐに案内して!!」
私は椅子から立ち上がり叫んだ。タルニトの運命は、名も無き売れない作家に託された。