表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/68

残り半月の女王

 ······私は目の前に用意された朝食を機械的に口に運んでいた。夏野菜のピクルスも。絶妙な柔らかさのオムレツも。焼き立てのクロワッサンも。


 どれも砂の味のようにしか感じない。私は頭の中でメフィスの事を考えていた。十歳の無力な少年が唯一の肉親である母親に先立たれた。


 少年の心細さと孤独は察するに余りあった。メフィス少年はどんな苦労を重ねて成長したのか。


 私の父である前国王を憎むのは当然だ。その父が守ったこのタルニトを壊してやろうとする気持ちも理解出来る。


 ······でも。私が生まれ育ったこの国が破壊されるなんて我慢出来ない。私はこの国の王族としてメフィスを止める義務があった。


 メフィスが異母兄弟なら尚の事だ。王族の問題で民衆が被害を被る理由は何処にも無い。


 けど、今の私に何が出来るの?私は後半月で女王を辞めさせられる。前国王のお父様の遺言を覆す事なんて出来ない。


『違うでしょう?アーテリア。貴方はメフィスに同情している振りをしているだけ。真実は手にした権力を手放したくないだけよ』


 ······私の頭の中で、権力に染まったもう一人の自分が囁く。権力者とはなんて孤独な存在なのだろう。


 この立場を誰にも変わって貰えない。その重しを自分一人で抱えなくてはならない。絶大な権力と引き換えに、権力者は孤独を隣人としなくてはならないのだ。


 メフィスはその孤独を進んで手に入れようとしている。孤独だった少年が成長し、更にまた孤独な権力を欲している。


 なんて皮肉な事だろう。権力とはなんて人を狂わすのだろう。その意味では、お父様もその被害者の一人だったのかもしれない。


 王である精神的苦痛から一時でも逃れる為に、お母様以外の女性に救いを求めたのかもしれない。


 ······分からない。分からないわ。私には何も分からない。けど。それでも。私は後半月はこのタルニト国の女王だ。


 そしてその半月はやる事が山積している。それを放棄する事は決して許されない。私に今出来る事は、このタルニト国の為に自分の仕事をする事だ。


 私はナプキンで口元を拭き、外出用の服に着替える為に私室に向かった。今日から農場視察の予定が組まれてる。


 私は侍女兼秘書官のルルラ。ナニエルを始めとする近衛兵。宮廷魔術師のライツ隊長達と共に風の呪文で視察農場に出立した。


「女王陛下!このような農場にお越し頂くとは!お目にかかれて光栄です」


 農場の地主達は私達を歓迎してくれた。私は世話が行き届いている農場を見学しながら、地主達に農家の現状を聞いて回る。


「女王陛下が獲得して頂いた小麦関税権。あれで農家達の風向きが確実に変わりました」


 地主達は口を揃えてそう言ってくれた。サラントとセンブルクから大量に輸入される安価な小麦。


 それが関税によって食い止められる。農家達はやる気を取り戻し、生産拡大に励んでいるとの事た。


 自分の行動がこうして目に見えて形になるのは嬉しい事だ。だが、問題が無い訳では無かった。


「魔物達の被害が増えている?」


 私は報告を受けて驚いた。そしてそれは、他の農場でも同様だと言う。元々魔物は魔族の領土内に徘徊しているが、個々で移動するので行路や人間の領土内にも現れる。


 それにしても、その発生率が最近異常だと言う。魔物は田畑を荒らしたり人間を襲う。農場の地主達も冒険者に依頼して対策を講じているが、魔物の数が多く限界がある。


 早急に国として対応しなくてはならない問題だった。せっかくやる気を出した農家達に水を差す訳には行かなかった。


 気になる目撃証言が共通してあった。魔物が現れる時、フードを被った人間らしき者が魔物の側にいたと。


 まるでそのフードの人物は、魔物を操っているように見えたと複数の農民達が語っていた。とにかく分からない事は考えても仕方ないわ。


 私は各街にある冒険者職業安定所に、魔物退治を国からの正式な依頼をすると共に、軍による農場への巡回警備を強化する命令を出した。


 ······一つ問題を片付けると、また新たな問題が発生する。王の仕事と言うものは、終わりが無い。


 三日間をかけて農場視察を終えた私は、ロイランと共に三カ国魔物対策会議の為に資料を精査していた。


 破局の始まりは、そこから始まった。


「申し上げます!!レドカ侯爵とホワツ侯爵が再び私兵を集め、西のレースン平原に移動しています!!」


 私は報告を受け頭を抱えた。あの侯爵達は謹慎が解けた途端、また争いを始める気なの?


 だが真実は違った。後から知った事だが、レドカ侯爵とホワツ侯爵は協力して頻発する魔物退治に向かったのだった。


 そして再び報告が飛び込んで来る。


「も、申し上げます!!レドカ侯爵とホワツ侯爵達が、サラント駐留軍とセンブルク駐留軍の戦闘に巻き込まれた様子です!!」


 その報告に私は絶句した。一体何が起こったと言うのか?私は情報収集の命を下し、その二時間後に更に驚くべき報告が成された。


「申し上げます!!サラント国、ハッパス大将からの使者が参りました!!」


 ハッパス大将からの使者の話は、このタルニト国全土を揺るがす内容だった。タルニト領土内で発生したサラント駐留軍とセンブルク駐留軍の戦闘は、サラント国への敵対行為と見なすと。


 ハッパス大将はセンブルク駐留軍を討伐する為に、軍をタルニト国領内に送ると通達して来た。


 そ、そんな事をしたら、センブルクも黙っていないわ!必ずサラントと同じ様に軍隊を送って来る。


 そうなれば、タルニト国領内でサラントとセンブルクの戦争が起きてしまう!私はそれを止める為に、急いで両大国に使者を送ろうとした時だった。


「申し上げます!!武装勢力の首領、ウラフと名乗る者から戦書が届きました!」


 ウラフの送りつけてきた戦書には、先月の軍事演習で自分に偽の情報を流したメフィスを名指しで恫喝する文章が書かれていた。


 そして文章の終わりを目にして、私は目を疑った。そこには、ウラフ軍団の総力を持ってタルニト国を攻めると記されていた。


 こ、これって。


「ウラフから我が国への宣戦布告ですな」


 メフィスが乾いた声で戦書を床に放り投げ、足で踏みつけた。それはまるで、自分の国を踏みにじる行為に私には見えた。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ