腹黒宰相の復讐
「貴女の亡くなったお父様は、それはとても禁欲的な方でした」
メフィスは執務室にあるソファーに腰掛け、細く長い両足を組んだ。
「王でありながら女遊びもしない位にね。だが、そんな彼も若い頃は禁欲的では無かった」
メフィスは背中をソファーに預け、顔を傾け私に自分の顎を見せた。もうこれは臣下としての分を逸脱した態度だった。
「今から三十年前、当時二十代の前国王は一人の女を孕ませた。前国王は既に王妃がいた上にその孕ませた女は身分の低い出。前国王は身ごもった女を遠い壁地に追放した」
メフィスの声は乾いていたが、いつもの淡々さが無かった。一語一語重ねる度に、何か異様な情念のような物を感じる。
「女は子を産んだ後、独り身で子を育てた。だが、長年の過労の為に子が十歳の時に亡くなった」
······メフィスの言葉はそこで一旦途切れた。短い時間だったが、両目を閉じ沈黙した。
「女は死に間際に子に真実を伝えた。子の父親の正体を。子は父親に復讐を誓った。母と自分をこんな境遇に追いやった男にね」
再び口を開いたメフィスは、細い両目を見開き私を睨みつける。
「······その憎き父親が、私のお父様だって言うの?」
私の口の中は乾ききっていた。でも、辛うじて言葉を発した。これだけは。それだけは確認しなくてはならなかった。
「そうだアーテリア!!私はこのタルニト国に士官し、前国王の秘書官になった。そして前国王に出自を打ち明け、それを脅しの道具に利用した。彼は面白いように私の言いなりになったよ!私と母を見捨て追放した事が後ろめたかったようだ」
······メフィスの言う事が真実なら、私の目の前に座る男は私とマケンドお兄様の異母兄弟と言う事になる。お父様はメフィスにずっと脅されていたの?
「私を三ヶ月は罷免に出来ない前国王の遺言。だがそれは真実では無い。本当の意味を教えようかアーテリア?試されていたのは君だ。新国王に就いた者がその資質に欠けていないか。それを私が見定める期間が三ヶ月と言う意味だ。公開されていない遺言にそう明記されている」
······た、試されていたのは私ですって?未公開の遺言?私の頭は激しく混乱する。
「アーテリア。私は前国王に予め懇願されていた。心臓の弱い自分にもしもの事があったら、新国王に三ヶ月だけ猶予を与えてくれと。新国王に資質無き時は、私に王位を譲る条件でね」
メフィスとお父様がそんな約束を交わしていたの?ま、まさか!!お兄様が駆け落ちしたのは!?
「そうだアーテリア。元々私は気弱なマケンドは王位を継ぐ者として最初から認めていなかった。マケンドを駆け落ちに誘った男娼は私が差し向けた者だ。君を即位させその資質を試す為にも、マケンドは邪魔な存在だったからな」
······な、なんて事を。じゃあ、お兄様の失踪騒ぎは最初からメフィスが仕組んだ事だったのね。
お兄様を捜索する振りをしておいて、居場所も最初から分かっていたんだわ。
「······私を試していたと言ったわね。その答えを聞きましょうか?」
私はメフィスの話を全て否定したかった。全部この男の作り話だと。でも、白髪メフィスのあの笑顔は明らかにお父様に酷似していた。それは否定したくとも出来なかった。
「残念だがアーテリア。君は王として失格だ。この台詞は軍事演習の際にも言ったのを覚えているか?君はあの時、三ヶ月を待たずに私に王失格の烙印を押されたのだよ」
······メフィスの段取りは決まっていた。三ヶ月が経過するあと半月後に、未公開のお父様の遺言を公にする。
そこにはメフィスが正統後継者だとも記されているらしい。メフィスはその遺言と私の資質欠如を理由に、王位に就くつもりらしい。
······なんて事なの。あと少しで罷免出来ると喜んでいた相手に、逆に玉座を追われるなんて。
臣下達を自分の息がかかった者達にしたのも、全てその為だったんだ。
「······メフィス。貴方は王位に就いてどんな国作りをするつもりなの?」
私は恐る恐るこの質問をした。答えを聞くのが怖かったが、聞かない訳には行かなかった。
「······私と母を見捨てたあの男が苦心して守ってきた国だ。誠心誠意を持って粉々にしてやるつもりさ」
私は背筋に冷たい汗が流れた。メフィスは話は終わったとばかりにソファーから立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
「女王陛下。残り半月のおつき合いですが、よろしくお願い致します」
去り際に発さられたメフィスの言葉は、いつもの乾いた声だった。




