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腹黒宰相の正体

「こちらの部屋です。女王陛下」


 メフィスが王宮内にある一室のドアを開いた。メフィスに促されると、私は緊張した面持ちで入室する。


 そこは、調度品も無い殺風景な部屋だった。部屋の隅に人が立っていた。歳は二十代半ば。理髪していないせいか、伸びた前髪が目にかかっていた。


 中肉中背のその男は、俯いた顔と同様に自信無さげに背中も丸くしていた。見間違えようが無い、五つ年上のマケンドお兄様だった。


「······マケンドお兄様!!」


 留学と即位してからの期間を合わせて二年振りに再開した兄に、私は駆け寄った。


「······ア、アーテリア」


 マケンドお兄様はか細い声で私の名を呼んだ。私はお兄様が無事だった事に安堵した瞬間、怒りも同時にこみ上げて来た。


「どうして駆け落ちなんてしたのよ!!お父様が亡くなってから大変だったんだから!!」


 私は半泣きで叫んだ。お陰で私は突然女王に即位し、無理難題を押し付けられた。国の外には巨大な大国。国の中には困った臣下達。


 本当に大変だったのよ!!気付くと私は両手でお兄様の胸を叩いていた。


「ご、ごめんよアーテリア。僕が悪いんだ。情けない僕が全て」


 ······平謝りのお兄様は、駆け落ちしてからの経緯を語り始めた。お兄様は常日頃から王の跡継ぎと言う立場にプレッシャーを感じていた。


 そして突然のお父様の死に、殆どパニック状態になり、懇意にしている娼館に駆け込んだ。


 そこでお気に入りの男娼に誘われるがままに二人で駆け落ちしたという。だが、その男娼はお兄様が持ち出した路銀を持ち逃げし姿を消した。


 生活する術を持たず、困り果てたお兄様はこの王宮に戻って来たと言う。


 ······なんて。なんて浅はかなの?やる事なす事、全て裏目じゃない。そして何一つ誰の為にもなっていない。


「······僕は、僕は元々王の器なんかじゃないんだ。でも、何処にも行く宛が無くて」


 お兄様は両膝を床につき、弱々しく泣き始めた。そんなお兄様を、私はそれ以上責める事が出来なかった。


 私は信用出来るルルラに頼み、お兄様を人目のつかない部屋に移した。お兄様は想像以上に心が弱い人だった。


「困った事になりましたな。女王陛下。王位を継ぐ気がない王子。マケンド王子の存在は、王家に不要な争いの種となりますぞ」


 メフィスは乾いた声で私に忠告してきた。メフィスの言いたい事は分かっていた。お兄様に王位を継ぐ気がなくとも、お兄様を利用しようとする輩が必ず現れる。


 このままでは、お兄様はその存在自体が問題になってしまう。私は大きな問題を抱え込んでしまった気分になりながら、執務室でタインシュと財政状況について話し合う。


「うむむ。国産小麦の関税権を得たのは大きかったですなあ。これで自給率が向上。納税金額も上がりますな。我が国の財政破綻は五年後から十年後に伸びそうです」


 タインシュは分厚い眼鏡を指で直しながら断言した。この財務大臣はまたろくに書類も見ないで結論を口にする。


 仮にタインシュの予想が正しかったとしても、財政破綻は五年伸びただけだ。いや。ここは前向きに捉えよう。


 延命した時間を活用し、サラントとセンブルクから強いられている不平等な外交項目を一つずつ改善要求して行くしかないわ。


 今日明日でそれを実現するなんて無理。ここは五年、十年単位で物事を考えよう。ん?十年後私は何歳だ?


 ······三十歳かあ。私は寂しい独り身のまま仕事のみの日々に埋没していくのね。とほほ。


 タインシュが執務室から退室するのと入れ替わるように、メフィスが慌てた様子で入室して来た。


 ······それは、黒髪では無く白髪のメフィスだった。ま、またあの持病(性病)の発作が出たの!?


「······女王陛下!!直ちにマケンド王子を私を含め誰にも知られない所へ移して下さい!」


 黒髪のメフィスの乾いた声とは対極的に、情感のこもった声で白髪メフィスは私に訴えて来た。ど、どうした白髪メフィス!?


「事は急を要します!私が黒髪に戻る前に早く!さもなくば、女王陛下は危機的な状況下に陥る事になります!!」


 白髪メフィスは物凄い剣幕だった。その表情は、本当に私を心配していると伝わって来る。


 その時、私の脳裏に何かが浮かんで来た。それは、遠い昔の記憶の引き出しから溢れて来た。


 以前、私は白髪メフィスの穏やかな笑顔を見た時、既視感を覚えた。この笑顔を、何処かで見た事があったと。


 でも、私はどうしてもそれが思い出せなかった。それがどうだろう。白髪メフィスが私を本当に心配する表情を見て思い出した。


 ······それは、私がまだ小さかった頃のお父様の表情だ。お父様は子供の教育に厳しかったが、私がまだ子供の頃はそこ迄では無かった。


 あの頃のお父様の表情は豊かだった。子供の私の何気ないの行動一つで笑顔になり、心配そうな顔を見せた。


 ······似ている。白髪メフィスの笑顔と私を心配する顔は、その時のお父様の表情と似ている。


 何故白髪メフィスの表情でお父様の顔を思い出すの?分からない。どう考えても分からないわ!


「ぐふっ!!」


 私が混乱の極みにいる時、白髪メフィスは口を抑えながら霧状の血を吐いた。すると、白髪だったメフィスの髪はみるみる内に黒髪に戻って行く。


「······私の顔を見て誰かの事を思い出したのですか?女王陛下?」


 メフィスは私の心を読んだかのように血だらけの口元の端をつり上げた。


「······メフィス。貴方は一体何者なの?お父様との間に何があって宰相に任命されたの?」


 私は心の中が暗闇に囚われて行くような感覚に襲われた。その暗闇の根源を発し続ける者は、乾いた声で答えた。


「このタルニト国を統べる資格を持った者。そう言っておきましょうか?我が妹アーテリアよ」


 メフィスは口元の血を拭う事もせず、白い歯を覗かせ悪意に満ちた笑みを私に向けた。


 




 




 

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