勇者現る
「申し上げます!三人の冒険者達はウラフ軍団と交戦を始めました!」
報告によると、魔法使いの起こした爆発の後に二人の戦士がウラフ軍団七千に斬り込み、草を刈るようにウラフ軍兵達を倒して行った。
ウラフ軍団が体制を立て直し正に反撃を開始する時、絶妙のタイミングで二人は後退する。そこに魔法使いが再び爆裂の呪文を放つ。
「双子の蛇」の蛇行した細い道は、大軍が一度に通れない。ウラフ軍団七千の軍列は、細く長く伸びきっていた。
三人の冒険者。いやソレット達はウラフ軍団のその細い軍列の先頭集団に殴打を加え、その傷口を後ろの列にも広げて行った。
何故この戦場にソレット達が現れたのか。私の胸は高鳴る一方、頭では冷静にその事について考えていた。
メフィスがナニエルを通じてソレット達に今日の軍事演習を伝えた?でも、優しいナニエルがソレット達を関係無い戦いに巻き込むだろうか?
私は消去法から、モンブラ査察官を見た。ソレット達と以前から面識のあったモンブラ殿。まさかソレット達を呼び寄せたのは?
モンブラ殿は多くを語らず、黙って私に頷いた。彼は査察官としての立場がある。他国であるこのタルニトに肩入れするような行為は禁じられている筈だ。
それでも私は自分の考えが正しかった事を確信した。私はモンブラ殿に感謝すると共に、若き査察官にある質問をする。
「モンブラ殿。三人の冒険者達はウラフ軍団七千に勝てるでしょうか?」
私の質問に、モンブラ殿は暫く考え込む。モンブラ殿はソレット達の力を熟知している筈だ。
「女王陛下。相手は七千の大軍です。実力ある冒険者でも三人では勝つのは不可能です。ですが、時間を稼ぐ事は出来ます。三人の冒険者も最初からそのつもりでしょう」
モンブラ殿の答えに私は頷いた。時間。この時の私達は、突然このノルーンの野に現れたハッパス大将に望みを託すしかなかった。
ハッパス大将率いるサラント軍二万は、ノルーンの野に散らばった三カ国の非武装兵士達の壁になるが如く、陣形を横に長く広げて行く。
それは、一本の長い棒のような陣形だった。自軍の兵力の二倍以上のサラント軍に、軍団を二つに分けたウラフ軍団は当初動きが鈍かったが、ハッパス大将が陣形を薄く伸ばした事に勝機を見出し、長い棒状の陣形の端から襲いかかる。
二つの戦場で本当の戦い。命のやり取りが始まる。剣。槍。弓。攻撃魔法。ありとあらゆる武器が使用され、相手の命を奪う事だけを考える異常な空間。
ウラフ軍団八千の攻勢は激しさを増し、ハッパス大将率いるサラント軍はジリジリと後退して行く。
「申し上げます。ハッパス大将二万の軍の南東地点に、輸送部隊と思われる一千の兵達が現れました。三カ国の非武装の兵士達はその輸送部隊を目指して移動しています」
······輸送部隊?何故非武装の兵士達がそこに向かっているのかしら?私はその報告に頭を傾げた。
ルルラを見ると、驚いた表情をしている。私はその訳を彼女に問いかける。
「女王陛下。その輸送部隊は恐らく武器を運んでいる部隊と思われます。ハッパス大将は三カ国の非武装兵士達に武器を渡し、戦闘中に新たな兵力を生み出す気です。な、なんて事を考える人なんでしょう」
ルルラは汗を流しながら、そうハッパス大将を評した。ロイランも言っていた。あの御仁は恐ろしい人だと。
けど、この時ばかりはその恐ろしいハッパス大将だけが私達の希望だった。ハッパス軍二万は後退を続けた。
ウラフ軍団はハッパス軍が後退した距離だけ前進しながら攻撃を加える。ハッパス大将の意図を察したルルラは叫んだ。
「ハッパス軍は輸送部隊の位置まで後退すると思われます!武器を渡した三カ国の兵士達とで、ウラフ軍団を挟撃するつもりです!」
ルルラの分析に、私を含め臣下達はどよめいた。ルルラの予測を実現させるように、新たな報告が飛び込んでくる。
「申し上げます!ハッパス軍の東に、武器を装備した新たな兵力がまとまっています!ハッパス軍はその東の兵力とでウラフ軍団を挟み撃ちにしています!!」
二万のハッパス軍。武器を渡された三カ国の兵士達およそ一万。その二つの兵力に挟撃されたウラフ軍団八千は、たちまち大混乱に陥った。
戦いはハッパス軍の一方的な殺戮に変わった。その様子を察したのか「双子の蛇」の袋小路で勇者達と交戦していた七千のウラフ軍団にも動揺が走った。
その七千のウラフ軍団は撤退を決めたらしく、馬を捨て兵達はバラバラに森林の中に散って行く。
ハッパス軍に挟撃された八千のウラフ軍団もほぼ壊滅し、辛うじて包囲を突破した者達が必死で戦場から逃れて行った。
その時、空から飛来して来た影が私の視界に入った。影は私の目の前に着地する。その影はライツ隊長だった。
ライツ隊長は一人では無かった。二人の大柄な男達と一緒だ。大柄な二人の男は、傷だらけの顔に会心の笑顔を浮かべ、それぞれ手に持った敵大将の兜羽を私に差し出す。
「······パッパラ!!スカーズ!!」
絶叫した私は、泣きながら駆け出した。パッパラとスカーズの太い首に両腕を回し、倒れ込むように抱きついた。




