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微かに見えた勝利

「とうなっている!?タルニト軍を追って来たのに、奴らは何処へ消えた?何故センブルク軍が目の前に現れたのだ!?」


「タルニト軍が何故いない!?正面にはサラント軍がいるのはどう言う訳だ!?」


 宮廷魔術師達がサラント軍とセンブルク軍の兵士達の絶叫を報告してくれる。パッパラとスカーズにおびき寄せられたサラント軍とセンブルク軍は、森林に囲まれた袋小路で遭遇した。


 その数サラント軍二千。センブルク軍一千五百。指揮するは総大将のモーリフ中将とガリツア中将。


 両軍は遭遇戦と言う形で戦闘に突入した。サラント軍とセンブルク軍がそれぞれ追いかけていた筈のタルニト軍は、少数の機動力を生かし、バラバラに散って森に身を潜めた。


 サラント兵とセンブルク兵には、それがあたかもタルニト兵が忽然と姿を消したように見えたのだ。


 ······勝てる!この戦い、勝てるかもしれない!私は興奮を抑えきれず、両手の拳を強く握った。再びルルラとの会話を思い出す。


「ルルラ。サラントとセンブルクを袋小路に誘い込んで、両軍を戦わせるの?」


「はい。女性陛下。サラントとセンブルクを互いに消耗させます。両軍の消耗と疲労が限界点に達した時、森に潜ませた我が軍の最終決戦部隊が突入し、サラント軍とセンブルク軍の総大将の兜羽を奪います」


 侍女だった十六歳の少女。軍服の着心地を悪そうにしているこの小柄なルルラの作戦に、全て事は狙い通り進んでいた。


 私はこのルルラに頼もしさと同時に畏怖する感覚すら覚えた。この娘はなんて才能を持っているのだろうと。


「女王陛下。最後までお気を抜かぬよう。現実は机上の考え通り事は運びませぬ」


 最早天候は豪雨になりつつあった。その強い雨に打たれながら、メフィスが何か含みのある諫言をしてきた。


 私はそのメフィスの言葉が妙に引っかかった。メフィスは当初からルルラの作戦には懐疑的だったが、この言葉はただの負け惜しみには聞こえなかった。


 例えるのなら、それは「警告」のように私には感じた。


「アーテリア!この雨じゃ風邪を引いちゃうよ!せめて帽子を被って」


 近衛兵長のナニエルが心配そうに帽子を差し出してくれた。私は苦笑してその帽子を受け取った。


「まったく良く降りますなあ。だが、この雨も時期に止むでしょう」


 ノルーンの例年の気象情報を分析、計算担当を放棄したタインシュが空を見上げて呟く。


 計算が苦手なタインシュは、何故か雨が降ると予測していた。その彼が今度は雨が止むと言い出した。


 メフィスに言わせるとこのタインシュは天才らしい。天才の予測がまた当たるかどうか。空を覆う厚く黒い雲は、東の方向へ流れ始めた。


 サラント軍とセンブルク軍の総司令官同士の戦いは、激しさを増す一方だった。我がタルニト軍に引っ掻き回され、体力も限界に近づいている両軍の兵士達は、最後の力を振り絞り相手兵を殴り倒して行く。


 サラント軍とセンブルク軍の兵力が互いに数百人迄に減った時、それまで森の中に潜んでいたパッパラとスカーズが麾下の兵力を合流させ、袋小路になだれ込んで来た。


 宮廷魔術師の報告によると、この時我がタルニト軍は五百。サラント軍三百。センブルク軍二百だった。


 疲弊しきったったサラントとセンブルクの軍列に、パッパラとスカーズが凄まじい勢いで突撃して行く。


 消えた筈のタルニト軍の突然の奇襲に、サラント軍とセンブルク軍は大混乱に陥った。歴戦の将であるモーリフ中将とガリツア中将を以てしても、恐慌と化した自軍を立て直す事は容易では無かった。


「あと一息よ皆!必ず勝って戻って来て!!」


 私は興奮の余り叫んでしまった。ライツ隊長達によって、阿鼻叫喚の戦場の様子が矢継ぎ早に報告される。


 戦いは最終局面を迎えていた。


「申し上げます!!サラント軍総司令官モーリフ中将、及びセンブルク軍総司令官ガリツア中将が我が軍に拘束されました!!」


「続けて申し上げます!袋小路のサラント軍、センブルク軍が沈黙。戦闘行動を停止しました!!」


 宮廷魔術師達の興奮した大声に、私は一瞬思考が停止してしまった。その私の前に、ライツ隊長が跪く。


「女王陛下。モーリフ中将とガリツア中将の兜の羽をパッパラ大将とスカーズ中将が握りしめ、我々宮廷魔術師達に掲げてくれました。我々タルニト軍の勝利です」


 勝利の報告の瞬間も、ライツ隊長の冷静さは寸分も変わらなかった。私は頭より先に身体が反応した。


 私は右腕を空に突き上げた。そして高らかに叫ぶ。


「······今この瞬間。タルニト国の歴史に刻まれました。我々は、サラントとセンブルクに勝ったのよ!!ざまあ見なさい!!」


 私の勝利宣言に、豪雨の中立ち続けた臣下達もそれに続く。


「タルニト軍の勝利に万歳!!」


「女王陛下の威光に万歳!!」


「サラントとセンブルクの鼻っ面を殴ってやったぞ!!」


 私は突き上げた拳の先を見ると、いつの間にか雨雲は流れ去り、空には太陽がその姿を見せていた。


 その太陽の陽射しはまるで、私達の勝利を祝う光のように私には思えた。だが、私達の歓喜の瞬間は一変する事になる。


 それは、上空を観察していた宮廷魔術師達からもたらされた。


「申し上げます!!東より謎の軍団が現れ、こちらに進撃して来ます!!」


「申し上げます!!軍団の戦旗は武装集団、ウラフ軍団の物です!!」


「その数一万······いえ、一万五千と思われます!!何でこんな時に武装集団が!?」


 宮廷魔術師の最後の言葉は、私達全員が同様に思った事だった。長時間の激闘に傷つき、疲れ果てた丸腰の三カ国の軍に、完全武装の一万五千のウラフ軍団が迫っていた。


「フッ」


 何かを冷笑するようなその乾いた声に、私は無意識の内に振り返った。その声の主は、細い両眼に怪しい光を浮かべ、東の方角を見ていた。


 


 


 


 

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