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雨中の決戦

 国産小麦の関税権を賭けて、タルニト、サラント、センブルク三カ国による軍事演習が決定された。


 決戦の地はノルーンの野。十日後の軍事演習まで時間は僅かだ。私達はその準備に忙殺された。


「ノルーンの詳細な地図をもっと集めて。パッパラ!軍の準備は進んでいる?」


 私は資料室で秘書官達に口早に命じ、廊下を通りかかった我が軍の大将に重要な質問をする。


「ウスッ!女王陛下!今、報奨をエサにして二千人の兵士全てを走らせてるッス!明後日には足の早い上位百人を選りすぐるッス!」


 パッパラは笑顔で敬礼し、軍の編成の為に走り去って行った。パッパラは前々回の会議の際、細かい所に配慮出来る一面を私に見せた。


 パッパラの軍中の評判を聞くと、パッパラは下の者には気さくで世話好き。本人も若いが、特に若い兵士達から人気があると言う。


 パッパラの元、兵士達は結束してくれるだろう。


「タインシュ。十日後、ノルーンの野で雨は降るかしら?」


 過去の気象記録の書類を眺めている財務大臣に、私はこれまた重要な事を聞く。


「······うーん。どうも私は計算が苦手でしてなあ。まあ、多分降るでしょうな」


 メフィスが以前言っていた。タインシュは物事の過程を通り越して答えが先に頭に浮かぶと。


 メフィスが言う通りタインシュが本当に天才かどうかは測り兼ねるが、今はその閃きが正しいことを願った。


 そのメフィスはと言うと、今回の軍事演習に関して余り口を出さない。何か企んでいるのでは無いかと思わせる程妙に静かだ。


 ······あれから私はソレットと一度も会っていない。ナニエルは毎日クリスさんに薬を作る為に通っているが、私に同行する時間的余裕は無かった。


 最も。今ソレットに会っても少し気まずいわ。そもそも意識しているのは私のだけで、ソレットは大して私に興味など無いかもしれないのだ。


 私は一度ナニエルに質問した。何故私が女王だとソレット達に言わないのか。ナニエルは笑顔で答えた。


 そらは私自身の口から言う事だと。クリスさんの一件でナニエルは自信を取り戻したのか、最近は表情も明るい。


 それだけが私の救いだった。こうして瞬く間に十日間が過ぎ、決戦の当日になった。


 ノルーンの野の空は薄雲が広がっていた。残念ながら雨は降らなかったが、こればかりは仕方ない。


 軍事演習の当日は私も慣れない軍服に着替え、サラント、センブルク両国の司令官達との調印式に臨んだ。


 サラント軍司令官はモーリフ中将。センブルク軍司令官はガリツア中将。両人とも五十代半ばの歴戦の猛者だ。


 私はモーリフ中将とガリツア中将と今回の演習で勝利した国に与えられる関税権について調印を交わした。


 正式な調印が行われた以上、両大国であってもこれを反故には出来ない。この軍事演習に勝利さえすれば、国産小麦が守れる。


 私は心の中で願った。後は臣下達を信じ、我が軍の勝利を願うだけだ。私は調印式の後、戦況を眺める為に高台に移動する。


 私の後ろには臣下達も並んで決戦の行方を見届ける。私以上に慣れない軍服を着たルルラは、所在無さげに不安そうな顔をしていた。


 ルルラと同様に、ロイランが浮かない表情をしていた。理由を聞くと、彼女は両大国が大将では無く中将クラスを司令官にした事を気にしていた。


「センブルク国に関しては間違い無く我が軍を軽視している証拠でしょう。ですが、サラント国にはハッパス大将と言う恐ろしい御仁がいました。ハッパス大将は軍事演習とは言え、油断する人とは思えません。しかしながら今回、ハッパス大将は出向いて来なかった。それが気になります」


 ロイランの話では、サラント国との外交交渉では、ハッパス大将はロイランの色仕掛けに微動だにしなかったと言う。


 私はこの時、ロイランの話をそんなに重く受けとめなかった。そんな恐ろしい大将がこの場に居ない事を幸いとすら思った。


「女王陛下!一つお願いがあるッス!自分は一人暮らしなんですが、白猫を飼っているッス。もし自分が怪我とかしたら、その白猫の世話をお願いしたいッス!」


 パッパラが私に望んだのは、褒美の金貨では無く飼い猫の世話だった。そんな我が軍の大将に、私は苦笑してその願いを了承した。


「女王陛下。兵達に訓示をお願い致します」


 国の一大事の日でも、メフィスの声は乾いていた。私は頷き、集結したタルニト軍二千の兵達の前に立った。


 え、えーと。こう言う時、なんて言えばいいのかしら?やっぱり兵士達の士気が上がるような勇ましい事かな?


「······我がタルニト軍の兵士の皆さん。今日これから行われる軍事演習は、ただの訓練ではありません。国内の小麦を守れるか。その重大な成否がかかっています」


 二千人の兵士達は黙って私の話を聞いている。うーん。これじゃあ、イマイチ盛り上がらないわね。


「それだけではありません!我がタルニトは

、長年両大国に軽んじられ、いいように扱われて来ました!皆さんも悔しい思いをした事があると思います!」


 あ、あれ?これでいいのかな。私は自分の言葉で段々と頭の中が興奮して来た。


「今日この日!積年の屈辱に一矢報いる機会私達は得ました!私が許可します!サラントとセンブルクを倒して来て下さい!!」


 大声を張り上げた私は、沈黙する兵士達の前で我に返った。ちょっ、ちょっと過激過ぎたかしら?


 すると、パッパラが太い腕を空に突き上げた。


「女王陛下のお許しが出たぞ!!お前等っ!

!サラントとセンブルクの連中をぶっ倒すぞおっ!!」


 パッパラの良く通る大声に、二千人の兵士達は一斉に拳を上げ叫び出す。


「おおっ!!あいつ等全員ぶっ倒す!」


「勝つのは俺達タルニトだ!!」


「女王陛下に勝利を!サラントとセンブルクに敗北を!!」


 二千人の兵士達の士気は、天をも突く勢いとなった。センブルク軍八千。サラント軍一万。


 四倍と五倍相手に、恐れを抱いた様子も見せず、兵士達は勇ましく奮い立つ。鎧を身に着けず、軽装のパッパラは馬にまたがり、兵士達を率いて進軍する。


 国産小麦を守る為の戦いが、今始まろうとしていた。その時、私の頬に何かが落ちてきた。


 私は空を見上げると、薄雲がその色を濃くし雨粒を降らしてきた。


 

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