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それでも勝ちに行く

「端的に申し上げます。両大国の出して来た条件。それは軍事演習の兵力は国力に準じた物にすると言う事です」


 ロイランの疲労を含んだ声に、再び臣下達はどよめいた。こ、国力に準じた?えーと、確かにタルニト、センブルク、サラントの三カ国の国力比は······


 タルニトがニ。センブルクが八。サラントが十。と、言う事は?


「はい。女王陛下。センブルクは八千。サラントは一万。そして我が国は二千です」


 は、八千に一万!?私達は四倍と五倍の相手と戦い勝たないといけないの!?ロイランは私の不安そうな顔を見て、万人の男達を魅了した妖艶な瞳を伏せる。


「······全てはわたくしの力不足。申し訳ございません」


 うなだれるロイランを見て、私は慌てて彼女を励ます。


「そ、そんな事は無いわロイラン!元々この軍事演習は私の無茶な発想から生まれた物よ。貴方はこの小国の提案した交渉に両大国を誘い出した。それは大功に値します!」


 私の大声に、ロイランは微笑み返してくれた。ん?会議室の奥で議事録を控えている記録官が何やら感動したような表情をしている。


 よしよし。私の臣下を労る名言をちゃんと記録しておきなさい。


「女王陛下のお言葉。とても嬉しく思います。このロイラン。両大国の四十六人の殿方を相手にした甲斐が······」


「ロイラン!!他に報告する事はあるかしらああっ!?」


 ロイランの危険極まり無い報告を、私は腹の底から絞り出した大声で遮った。記録官に視線を移すと、記録官の筆を持つ手は止まっていた。


 よ、よし!フロアレディ(ロイラン)の疑惑の枕営業を国の正史に残す事は回避されたわ!


 と、ゆうか。ロイランが疲労困憊なのは枕営業が原因なの!?


「ですが、軍事演習の日取り。場所。この二点だけは、サラントとセンブルクから勝ち取りました」


 ロイランの力強い声に、財務大臣のタインシュが反応した。


「それは大きいですなあ。我が国の領内で演習を行えば、地の利を得られます」


 た、確かにそうだわ。絶対に演習は我が国で行いましょう!


「それに、時期もこちらが選べるのはデカイッス!準備万端で戦えるッス!」


 大将のパッパラが陽気に叫んだ。た、確かにそうね!演習に向けてしっかりと準備しましょう!


「······ですが、絶望的な状況には変わりありません。四倍と五倍の相手にどう勝つと言うのですか?不可能ですな」


 協調的な空気に包まれた雰囲気を粉々に砕くように、メフィスが素っ気なく断言する。コ、コイツ!せっかくのいい空気を!!


「メフィス宰相の仰る通りです。困難な状況は何ら変わりありません」


 ロイランも冷静にメフィスの言に同調する。た、確かにメフィスの言う通りだけど。会議室内はすっかり暗く沈んでしまった。


「失礼致します」


 その時、会議室のドアの外から侍女のルルラの声がした。入室したルルラは、テーブルに紅茶のカップを並べていく。


 私はルルラの姿を見て、ある決断をする。


「皆さんにお伝え致します。今回の軍事演習は、元より国産の小麦を守る為でした。そして、これらの発案は私の考えではありません」


 臣下達が怪訝な表情で私を見る。ルルラ一人だけが、血の気の引いた顔に変わる。


「そこにいる侍女のルルラ。彼女が今回の案を考えた張本人です」


 私の発言で、三度会議室がどよめいた。私はルルラの能力を今ここで臣下達に明らかにする事に決めた。


「じょ、女王陛下。お赦し下さい。侍女の身の私が、このような場所で発言する資格はございません」


 ルルラが小柄な身体を更に小さくし、私に懇願する。


「資格ならあるわ。ルルラ。貴方は今から侍女兼私の秘書官よ。秘書官なら会議で発言しても何の問題も無いわ」


 私の突然の任命に、メフィスは眉をしかめたが、私は構わず押し通す。


「ルルラ。貴方の力が必要なの。お願い」


 私の真剣な声に、ルルラは力無く諦めたように俯く。私は急がず、その時を待った。


「······女王陛下。現在の状況を教えて頂けますか?」


 ルルラのか細い声に、私は大袈裟に頷く。ロイランが短く丁寧にルルラに状況説明をした。


 説明を受けたルルラは、長くもない沈黙の後、控えめに口を開く。


「恐れながら申し上げます。軍事演習の日取りは十日後。そして場所は「ノルーンの野」がよろしいかと思います」


 ルルラのは発言に、会議室で今日四度目のどよめきが起こる。ノルーンの野。つい最近、レドカ、ホワツ両侯爵が睨み合った場所だ。私はルルラに頷き、説明を促す。


「両大国は十日以内に軍事演習の準備などとても間に合わないでしょう。急ごしらえで揃えた兵達は準備不足で士気も低くなります。そして十日後の六月下旬はノルーン地方は雨が降りやすくなります。ノルーンの野は草が少なく、雨が降れば地はたちまち泥濘と化し、騎兵の機動力を削ぎます」


 ルルラが説明を進めて行くうちに、臣下達の表情は驚愕の表情に変化して行く。小柄な十六歳の少女に、会議室に列席した者達の視線は釘付けとなった。


「仮に雨が降ったとして。機動力を失うのは我が軍も同様ではないのか?」


 唯一顔色を変えないメフィスが、ルルラに遠慮無く問題点を指摘する。


「我が軍は雨を逆手に取ります。足が早い兵達を集め部隊を作ります。その兵達は鎧を着せず身軽にします。そしてノルーンの野は小さい森が多数点在する迷路のような地形です。両大国の軍をそこに引きずり込み、迷わせ、兵力を分散させます」


 私はルルラに対して改めて脱帽する。本当にこの娘はなんて事を考えるの?


 今回の軍事演習は武器と呪文を使用しない。盾か身体を相手にぶつける事のみ許されている。


 そして総大将の兜につけられた羽を奪う事が勝利条件だ。ルルラは今回の勝利条件だけを考えている。


「兵力を分散させ、両大国の総大将の守りが手薄になった所を軽装部隊で奇襲します。今回の軍事演習は、分かりやすく言うと子供の遊びの鬼ごっこのような物です」


 言い終えたルルラは、緊張からか汗を流していた。パッパラが乱暴に席を立ち、ルルラに近づく。


 詰め寄るパッパラにルルラは怯える。パッパラはいきなりルルラの両肩を掴んだ。


「俺に任せとけ!ガキの頃から鬼ごっこで負けた事はねえっ!!」


 ガキ大将だった頃の昔話をするように、パッパラの両眼は戦意に満ちていた。私は席を立ち宣言する。


「ルルラ秘書官の案で行きましょう。この戦い。勝ちに行きます」


 私の宣言に臣下達は頷く。ただ一人、メフィスだけが細い両眼を閉じていた。


 

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