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恋か仕事か

 ······ナニエルが叫んだ後、私はソレットが持って来てくれた昼食を食べた。が、何を食べているか分からない程、頭の中は別の事で一杯だった。


 私の隣で同じ様に食事をするソレットも、どこかぎこちない様子に見えた。結局私とソレットは一言を話さず、城にはハリアスさんが風の呪文で送ってくれた。


「······アーテリア。恩人のナニエルには悪いが、俺達は全力でソレットを応援させて貰うぞ」


 酔ったナニエルの肩を支える私に、ハリアスさんは複雑そうな顔で断言した。飛び去って行くハリアスさんを見上げながら、私の胸中も複雑だ。


 ······そもそも。そもそもだ。私は女王で、この小国タルニトは難事がてんこ盛りで大変な状況だ。


 その中で、王である私が恋愛にうつつを抜かしていい筈が無い。それに、ソレットだって私をどう想っているかなんて分からないわ。


 私は心の奥底からこみ上げてくるため息ををつきながら、雑事が待つ自分の職場に戻った。


 執務室に戻る時、廊下でメフィスの姿を見た。メフィスは周囲にいる部下達に歩きながら指示をしていた。


 よく考えて見ると、この宰相は性格は最悪だが職責はきっちりと果たしている。それは白髪に変わった時も同じだ。


 政治に素人の私が王に即位しても、国の政務が滞らないのは間違い無くメフィスの力だ。


 職権乱用はするが、やる事はキッチリとやる。唯一の上司である私にとっては、本当に厄介な存在だ。そんなメフィスが、執務室に戻った私にある報告をする。


「······お兄様の手掛かりが見つかった!?」


 私は今日一番に驚いた。王位継承者である責任を放棄して男と駆け落ちした兄。その兄の行方が分かるかもしれないの?


「あくまで手掛かりです。どう致しますか女王陛下?王子の捜索を続けますか?個人的には、今更見つかってもややこしい事になるだけですが」


 メフィスが乾いた声で興味無さげに質問する。確かにそうだ。私はもう女王に即位してしまった。


 メフィスの言う通り、今更お兄様が戻って来てもその扱いに困るだけだ。その時、私の脳裏にある考えが閃いた。


 ······お兄様が戻って国王に即位すれば、私は王女に戻れる。そうすれば、遠慮無く恋愛にうつつを抜かせるんじゃないかしら?


 小さな閃きは、恐ろしい速度で現実味を帯びて膨らんで来た。


「······メフィス宰相。正統な王は本来お兄様です。可能な限り予算をつぎ込み、お兄様の消息を探して頂戴」


 私は後ろめたい気持ちを見て見ぬフリをしながら宰相に命じた。


「承知致しました。ですが女王陛下。今更貴方が手にした権力を手放す事が出来るでしょうか?」


『そうよアーテリア。貴方はもう逃れられない。この権力と言う名の玉座からは決して』


 目の前に立つ私の影は、頭の中のもう一人の私と同じ事を口にしていた。


 

 六月も半ばを過ぎた頃、王都には悪い報せが続々と届いて来た。


「······サラントとセンブルクの小麦がこんな大量に」


 報告を受けた私は愕然とした。両大国は豊作に恵まれた冬小麦の余剰品を、大量に我が国に輸入して来た。


 その量は例年の倍近い量だった。安価な輸入小麦の影響で、国産小麦の価格は市場で下落の一途をたどっていた。


 このままでは小麦農家が破綻し、国の自給率に大きな痛手を被る。国産小麦を守る為には、最早猶予は残されていなかった。


「申し上げます!女王陛下。只今、外交大臣ロイラン様が戻られました!」


 伝令の報告に、私は椅子から飛び上がるように立ち上がった。私はロイランを出迎える為に中庭に走っていく。


 中庭では明るい日差しの下、眩しそうに手のひらで両目を隠すロイランが歩いていた。


「ロイラン!お帰りなさい!」


 私はロイランに飛びつく勢いで彼女に叫んだ。ロイランは私に気付き、微笑んで敬礼する。


 ······ロイラン?少しやつれている?サラントとセンブルク、二つの大国と難しい交渉をしたのだ。彼女が消耗するのは当然だろう。


「······ロイラン。お疲れ様でした。大変な難事を頼んでしまいましたね。直ぐに休んで下さい」


 私の言葉に、ロイランは意外そうに両目を見開く。


「······女王陛下。結果をお聞きにならないのですか?」


 私は首を横に振った。こんな疲れているロイランは見た事が無い。報告より休養が先だわ。


「······女王陛下はお優しい御方ですわね。ですが御心配には及びません。早急に会議の招集を」


 ロイランの表情には疲労の色が浮かんでいたが、瞳には力があった。私は彼女に感謝し、今度は首を縦に振る。


 直ちに私は臣下達を集め、緊急会議を開いた。列席した臣下達は、ただ一人席から起立している妖艶な美女に注目する。


「結論から申し上げます。サラント国、センブルク国の両国は、我が国との共同軍事演習を了承致しました」


 ロイランの静かな声に、会議室からどよめきが起こった。だが、私は手放しで喜べなかった。


 喜ぶには、ロイランの表情があまりに険しいからだ。ロイランの話の報告によると、サラントとセンブルクの領内を荒らす武装勢力の存在。


 そのウラフ軍団を牽制する為の軍事演習と言う我が国の名目に、両大国は一定の効果を認めたそうだ。


 「······ですが。両大国の出してきた条件は、我がタルニトにとって困難を極める物でした」


 ロイランの報告に私は無意識の内に身構えた。会議室内はどよめきから一変し、静寂に包まれた。

 


 

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