表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/68

月夜の散歩

 ええええええっ!?私は勇者ソレットの両腕に抱えられながら、満月の月に照らされる夜空に浮かんでいた。


 ついさっき迄私がいた部屋の窓から灯りが外に漏れている。その部屋がある塔もどんどん遠ざかり、ソレットさんに抱えられた私は空高く飛んで行く。


「······城があんなに小さく見える」


 私は嘆息するように小声を発した。城だけでは無い。城下町も、この王都全てが空から見渡せた。


「寒くないかい?アーテリア」


 ソレットさんの言葉に、私は勇者にお姫様抱っこをされている事に気づく。背中と両膝の裏に、彼の手の体温を感じた。


「だ、だだだ大丈夫です!全っ然寒くないです!」


 私は赤面しながら上ずった声で答えた。六月も半ばの月夜の空気は、私の火照った身体を優しく包んでくれた。


 ま、まずいわ!こんな事されたら、走り出してしまう!いや、突っ走ってしまう!いやいや!暴走してしまう!私の心が!向かってしまう!!


 恋と言う名の沼の底にぃぃっ!!


 脳内が大混乱を起こしている時、ソレットさんは澄んだ瞳で遠くを見ていた。な、何か話さないと。


 沈黙は駄目よアーテリア。無口でつまらない女と思われるわ。い、いや待てアーテリア!ソレットさんはお喋りな女は嫌いかも!?


 ど、とっち?話す女と無口な女、ソレットさんはどっちが好みなの!?ソレットさんが至近で私を見た時、私の脳内は破綻した。


「ソ、ソレットさんは恋人はいるんですかぁ!?」


 月夜の静寂を破るように、私の大声が空に響いた。


 ······何故?何故なのアーテリア。こんなロマンチックな雰囲気の中で、相応しくない質問ナンバーワンよそれ。


 私が激しい自己嫌悪に陥っていると、ソレットさんの瞳は、何故か懐かしそうなそれに変わった気がした。


「······五年前。ジャスミンと言う恋人がいた。彼女を亡くしてからは恋人はいないよ」


 ソレットさんは気を悪くした様子も無く、とても穏やかな声色だった。衝撃的な事実を二つも知った私は、ただ固まって沈黙する他なかった。


 それから暫く月夜を浮遊した私達は、結局何も言葉を交わさなかった。ソレットさんが私を部屋まで運んでくれた時、私は意を決して口を開いた。


「ソ、ソレットさんは今幸せですか!?」


 私の突然の質問に、若き勇者は驚いた様子だった。ソレットさんは暫く考え込み、言葉を選ぶように答える。


「······余り考えた事はないな。ずっと戦いの日々だったから」


「ジャスミンさんは、きっとソレットさんの幸せを願っていると思います!!」


 私は窓際の枠に両手を叩きつけ叫んだ。こんな素敵な人の恋人だったジャスミンさんなら、絶対にそう考える人に違いないわ。


「······そうかな。いや。きっとアーテリアの言う通りだ。俺の知っているジャスミンは、そう言う女性だった」


 ソレットさんの故人を懐かしむような声に、お節介な質問をした私はなんだか救われたような気がした。


「きょ、今日は空の散歩に連れて行ってくれてありがとうございました。ソレットさん」


 私は心から勇者にお礼を述べた。ソレットさんの返答は、私の想像を超えるものだった。


「こんな事でいいのなら何時でも連れていくよ。アーテリア。あと俺の名はソレットと呼んでくれ」


 生ける伝説の勇者は、そう言い残し飛び去って行った。私はクシャミをするまで、開けっ放しの窓際に呆然と立ち尽くしていた。


 

 ······翌日からの私の頭の中は、ソレットの事で一杯だった。食事の時も。政務の時も。ベットに横になった時も。


 片時もソレットの顔が頭から離れない。


 ······これはもうあれよ。間違いないわ。もう自分を騙せない。確実に。決定的に。寸分違わず。


 ······私は勇者に恋をした。


『勇者と親しくなれば、このタルニト国の巨大な後ろ盾になってくれるわ』


 それは突然だった。雷のような閃光が私の頭の中に走り、脳内で誰かがそう呟いた。


 ······な、何を言っているの?私はそんな不純な動機でソレットを好きになったんじゃないわ。


『何を言っているのアーテリア?ソレットの目の前でナニエルを励ましたのも、彼に自分の存在をアピールする為でしょう?』


 ち、違うわ!私はそんな事を計算していない!私はナニエルに自信を持って欲しかっただけ!


『幸いにもソレットは貴方に興味を持ったわ。いえ。興味どころか確実に好感を抱いている。あとは仲を深め、このタルニトの為に勇者を利用するのよ』


 止めて!!ソレットを国の為に利用するなんて考えて無いわ!誰なのよアンタは!?なんで私の頭の中で、そんな勝手で酷い事を言うの!?


「女王陛下」


 ······乾いた声が私を現実に引き戻した。玉座に座る私の前に、黒髪のメフィスが立っていた。


 メ、メフィス。いつの間に元の髪の色に戻ったの?


「ナニエルの煎じた薬を服用し戻りました。全く彼は腕の良い薬師です」


 優しげな瞳は影を潜め、メフィスの両目は以前の鋭い物に変わっていた。


「ナニエルから聞きましたぞ陛下。勇者ソレットと接点を持ち、更に彼等に恩義を売った事に成功したようですな」


 ······メフィスのその言葉に、私の心は何かに抉られたような気分になった。


「女王陛下。この機会を逃してはなりません。勇者達と仲を深め、このタルニトの為に彼等を利用するのです」


 ······メフィスの乾いた声が、段々と遠ざかっていく。私の耳には何も聞こえなくなった。


 ······さっきの頭の中の声は、もう一人の私の声だ。もう一人の私は、女王として国の利益になる事しか考えていない。


 そして目の前のメフィスは、私の腹黒い心の内の言葉をそのまま代弁している。


 ······影だ。私の目の前に立っているこの男は、私の影だ。


 メフィスの口が動いていたが、私の耳には届かなかった。私の心の中で、権力に染まったもう一人の自分が知らず知らずの内に育っていた。


 権力の象徴である玉座に座りながら、私はその事実に戦慄していた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ