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真夜中の訪問者

 ······勇者ソレットに出会った日から一週間が経過した。幼馴染のナニエルはクリスさんに薬を飲ませる為に毎日宿に通っていた。


 幸いクリスさんの症状は少しずつだが落ち着きを見せ始めて来たらしい。私も同行したかったが、何分女王の身であるが故なかなか城から抜け出せなかった。


 ······私は勇者ソレットの顔を思い出す度に一人でドキドキしていた。

 

 ······これって。あれよね?あれって奴よね?私は自分の気持ちを断定する寸前で踏みとどまった。


 いかん!いかんぜよ私!!忘れたのアーテリア!つい最近痛い目に合ったじゃない!留学先のイケメンに笑いかけられて、直ぐに好きになっちゃって手痛く遊ばれたじゃない!!


 駄目よ駄目!!軽率に人を好きになっては駄目!!で、でも。生ける伝説と呼ばれる勇者は素敵だった。


 ん?待てよ?あんな素敵な人を周囲が放っておくわけ無いわよね?そう言えば聞いた事がある。


 各国の王族は勇者ソレットと血縁関係を結ぶ為に、美姫達を縁談に差し出していると。だが、勇者ソレットはどの縁談にも興味を示さなかったとか。


 身持ちが堅い人なのかな?確かに会った時そんな感じがした人だった。こ、恋人とかいるのかな?


 そ、そりゃあ素敵な恋人の一人や二人いるわよね。それどころか、世界各国に恋人が一人ずつ、いや複数いるかもしれない。


 何人かな?あれ?この大陸には何カ国あるんだっけ?十人くらい?それとも二十人?そ、それとも三十人?い、いやまさか。


「四十人以上!?」


 私は自分の大声で妄想から現実に戻った。私は玉座に座っており、目の前には二人の公爵が立っていた。


 レドカ公爵とホワツ公爵は、訝しげに私を見る。そ、そうだ。今は派閥争いを起こしていた二人の公爵を呼び出した所だったんだ。


「女王陛下。大丈夫でございますか」


 白髪(一体いつ戻るんだお前?)のメフィスは心配そうに私を見る。私が大丈夫だと返答すると、白髪メフィスは安心したように微笑む。


 ······まただ。白髪になってから、人が変わったように誠実になったメフィスの優しい眼差し。


 この瞳を、私はどこかで見た覚えがする。一体どこで見た瞳だろう。私は記憶の引き出しを探したが、どうしても見つからなかった。


 冷酷なメフィスが温和な性格に一変し、宮廷内でも臣下達が困惑していたが、侍女のルルラだけは「あの方は油断出来ません」と警戒心を解かなかった。


 私は気持ちを切り替えて目の前の難事に目を向ける。そうよ。今はそれ所じゃないわ。二人の公爵は共に五十代。好戦派のレドカ公爵は細身で穏和そう。穏健派のホワツ公爵は太目で神経質そうな顔つきだ。


 ······交戦派が優しそうなオジサンで、穏健派が冷たそうなオジサンって。なんだか印象が複雑でややこしいわね。


 二人の公爵は「ノルーンの野」で衝突寸前だったが、幸い私の使者が間に合い、武力衝突は寸前で回避された。


「レドカ公爵。ホワツ公爵。私兵を用いて争乱を起こしかけた罪は免れませんよ」


 私は厳しく二人の公爵を断罪した。公爵達は俯き、自分達が起こした騒ぎの罪を潔く認める。


「女王陛下。我々の罪は認めます。ですが申し上げたい。女王陛下は、この国の外交をどうお考えですか!?」 


 レドカ公爵が悲痛な表情で私に訴えかける。隣のホワツ公爵も同様だ。わ、私のが交戦派か穏健派かどちらに組みしているか答えろというの?


「控えろ貴殿等!!女王陛下は国全体の事を背負っておられるのだ!単純な二者択一など選べるものでは無い!!」


 白髪メフィスが厳しく二人の公爵を叱責する。公爵達は恐れ入った様子で黙り込んだ。

 ······ナ、ナイスフォローよ白髪メフィス!


 で、でも。私もちゃんと二人に考えを話さないと。


「······レドカ公爵。ホワツ公爵。お二人の気持ちは痛い程分かります。大国の圧力に怒りを覚える一方、小国故に他国との調和に奔走しなくてはなりません」


 公爵達は真剣に私の話に耳を傾ける。そうよ。この人達だって、私兵を用いた事は褒められないけど、タルニトを思う余りにの行動だったのよね。


「気休めは言いません。これからもタルニトは大国に挟まれ、難しい舵取りを強いられて行くでしょう。ですが約束します。私はこの苦境を小さい事から一つずつ改善し、タルニトの明るい未来の為に努力する事を」


 私の返答に、公爵達は敬礼する。国を思っての行動。それを加味して沙汰を下すと申しつけ、公爵達は退室して行った。


「素晴らしい裁定でした。女王陛下」


 白髪メフィスが微笑み私を見る。事務処理の為にメフィスも退室すると、後ろに控えていたモンブラ殿が私に口を開く。


「メフィス宰相の言う通りです。女王陛下。貴方は二人の公爵の気持ちを汲み、公平な判断をされました」


 白髪メフィスとモンブラ殿に絶賛され、私は内心照れてしまった。でも。問題は何も解決していないのだ。


「そうだ。ソレット様も女王陛下を褒めていました」


 若き査察官の何気ない言葉に、私の心は全力で反応した。ソ、ソレットさんが私を!?ど、どう言う理由で?く、詳しく聞かせて下さい!


「あのナニエル殿を励ます陛下のお姿。ソレット様は陛下にとても好感を持たれていた様子でした」


 こ、こここ好感!?好感度アップ!?い、いや落ち着け私。ただ人が良さそうに見えただけよ。そうよ。そうに違いないわ。


 モンブラ殿は元々ソレットさんと知り合いらしく、ナニエルに同行してクリスさんの見舞いに行っているらしい。


「······それで女王陛下。私の口から陛下の事を勝手にソレット様に話すのは憚ったので、まだ貴方が女王だとお伝えしていないのです」


 モンブラ殿は申し訳なさ気に謝る。いえいえ。そんな小さい事気にしないで下さい。また会えるか分からないけど、今度会う機会があったら私が女王だと伝えよう。


 日も暮れて、今日も忙しい政務が終わった。入浴を済ませ私は私室のベットに倒れ込んだ。


 ······今日も疲れたわ。こうやって忙しい日々が続き、私はあっという間に歳を取っていくのね。


 そんな未来に、私はなんだか暗い気持ちになった。その時だった。窓を叩く音が聞こえた。


 私の私室はこの城でも高い塔にある。外から窓を叩ける筈が無い。不審に思った私は、用心しながら窓に近づき硝子の向こう側を見た。


 窓の外の人影を確認した時、私は物凄い速さで窓を開いた。


「ソ、ソレットさん!?」


 開いた窓の外から、勢い良く流れ込む夜風が私の髪を揺らした。私の目の前には、伝説の勇者が空に浮かんでいた。


「アーテリア。夜分に済まない。ナニエルの忘れ物を届けに来たんだ」


 ソレットさんの右手を見ると、ナニエルが何時も薬草を入れている荷袋が握られていた。


 城に赴いたソレットさんは、モンブラ殿に私の部屋があるこの塔の場所を聞いたらしい。


「わ、わざわざすいません。確かにナニエルに渡しておきます」


 私は荷袋を受け取りながら、空に浮かぶソレットさんを驚きながら見つめる。


「そ、空に浮かぶ事が出来るんですね」


 私の間の抜けた声に、ソレットさんは小さく笑った。


「風の呪文の応用さ。空を飛んだ事は?」


「い、いえ。風の呪文で移動した事はありますが、空に浮かんだ事はありません」


 空を自由に飛べるだなんて。呪文を操れるって凄い事だわ。


「······飛んでみるかい?アーテリア」


「え?」


 生ける伝説の勇者の両腕が私の背中に添えられて瞬間、私の身体は月夜に消えた。

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