幼馴染の勇気
モンブラ殿に名を呼ばれた青年は、驚いた様に両目を見開いた。
「······君は、青と魔の賢人の組織にいたモンブラか?何故この国に?」
ソレットと呼ばれた青年がモンブラ殿に問いかける。ど、どうしてモンブラ殿はソレットさんを知っているの?
青と魔の賢人って何?ってゆーか、この人勇者ソレットなの!?そうなの!?
「私も色々ありまして。今はカリフェースに仕えております」
モンブラ殿は苦笑してソレットさんに答える。それを聞き、ソレットさんは頷く。
「とにかく怪我人もいる。俺達の泊まっている宿に来ると良い」
ソレットさんはそう言うと、腹部を殴られうずくまっていたナニエルに肩を貸し、運んでくれた。
移動の途中でモンブラ殿が耳打ちして教えてくれた。ナニエルを担ぎ私の前を歩いている青年が勇者ソレットだと。
······勇者······ソレット。ほ、本物が私の目の前にいる。私は気が動転してしまい、ソレットさん達の宿屋まで歩いていた間の記憶が飛んでしまった。
「······こ、これは?」
私達はソレットさんが宿泊している部屋に入った。そして私は驚きの声を上げてしまった。
四つあるベットの一つに、誰かが寝ていた。砂色の髪が汗で額に張り付いていた。二十半ばに見える青年は、苦しそうに呼吸をしていた。
「仲間のクリスだ。今原因不明の病に苦しんでいる」
ソレットさんはそう言いながら、クリスと呼んた仲間の顔の汗を布で拭う。ソレットさんの話では、高名な神官に解毒の呪文をかけてもらっても治らないらしい。
そ、そうだ!ソレットさん達は仲間が負傷したから、この城下町に立ち寄ったんだった!
私はナニエルの両肩を掴んだ。私はこの為にナニエルを連れて来たのだ。
「ナニエル!お願い!クリスさんの症状を診てあげて!」
私の大声にびっくりしたのか、ナニエルは腹部を抑えながらも頷いた。
「······君は医者なのか?」
ソレットさんの言葉に私は首を横に振ったが、私は自信を込めて答えた。
「ナニエルは腕の良い薬師です。彼に任せてみて下さい」
ナニエルはクリスさんの表情を見た後、目、鼻、口の中を丹念に観察する。
「この方はいつ頃からこの症状が出ましたか?」
何時もの柔和な表情から一変し、ナニエルは真剣な顔つきでソレットさんに質問する。
「大陸の南方。密林地帯に滞在していた時からだ。それと関係があるかな?」
聞けば勇者ソレット一行は、密林地帯の地底人一族と戦っていたらしい。地底人一族は地の底の世界に飽き、地上の世界を支配しようと目論んでいたらしい。
な、なんか凄いスケールの大きい話だわ。ソレットさんの言葉に、ナニエルは暫く考え込む。
「この宿の釜場を借りて薬を煎じて来ます」
ナニエルはそう言うと、似袋から数種類の薬草を取り出し釜場に向かった。三十分程経過した頃、ナニエルはコップを乗せたお盆を持って来た。コップの口からは湯気が昇っていた。
「これをクリスさんに飲ませます。よろしいですか?」
ナニエルの確認に、ソレットさんは「頼む」と言って頷いた。ナニエルも頷き返し、クリスさんの身体を起こし薬を飲ませる。
変化は直に起きた。クリスさんは激しく咳き込み嘔吐した。だ、大丈夫なのこれ!?
「クリス!大丈夫か!?」
ソレットさんがクリスさんに駆け寄り、モンブラ殿も不安そうな顔をしている。その中で、ナニエルだけが冷静にシーツについた嘔吐物を観察していた。
「ソレットさん。今クリスさんに飲ませた薬はどんな症状か確かめる為の物です」
落ち着いた声でナニエルは説明する。シーンに付着した緑色の液体。これは毒では無く、寄生虫に侵されている証拠だと言う。
恐らく南方に滞在している時に感染したのだとナニエルは推測した。ソレットさんは必死にナニエルに懇願する。
「······頼む!クリスを治してやってくれ!この通りだ」
ソレットさんがナニエルに頭を下げる。伝説の勇者に頭を下げられたナニエルは、慌ててそれを止めさせる。
「原因は分かったので、時間はかかりますが大丈夫です。安心して下さい」
ナニエルの言葉に、ソレットさんは安堵した様に座り込んだ。私はナニエルの前に立った。
「ナニエル。ありがとう。貴方の力が勇者達の大切な仲間の一人を救ったのよ」
私の言葉に面食らったナニエルは、弱々しく首を振った。
「······アーテリア。僕は非力でちっぽけな存在だよ。さっきだって暴漢から君を守れなかった。近衛兵長が聞いて呆れる」
ここ最近ずっと落ち込んでいたナニエルにとって、さっきの騒ぎは更に自信を無くす材料になったらしい。
私はナニエルの両腕を掴んだ。
「そんな事無い!貴方は真っ先に私を守ろうとしてくれた!ナニエル!私にとって貴方は、どんな勇者よりも頼もしい存在だったわ!」
「······ア、アーテリア」
「自信を持ってナニエル!貴方は薬師としても、こんなにも人を救える力を持っているわ。貴方は私にとって自慢の幼友達よ」
私の言葉に、ナニエルは涙を浮かべて微笑んだ。
「······ありがとうアーテリア。僕。とっても嬉しいよ」
私も幼友達に微笑み返す。ん?あれ?何か引っかかるような?何だろこれ。
「あっ!!」
私は大声を上げてしまった。目の前に!私の目の前に伝説の勇者が立っているのに!「どんな勇者よりも」なんて言っちゃった!
私の心配を他所に、ソレットさんはナニエルに近寄り声をかける。
「ナニエル。仲間のクリスを頼む」
伝説の勇者の懇願に、ナニエルはひたすら恐縮する。これから毎日ナニエルはこの宿屋に赴き、クリスさんに薬を処方する事になった。
細かい治療方法をナニエルがソレットさんに説明している時に、モンブラ殿が小声で話しかけてきた。
「······女王陛下。最初からこれが目的だったのですか?勇者の仲間の治療をナニエル殿にさせて、彼の自信を取り戻す事が?」
若き査察官の洞察力に私は脱帽するしか無かった。そ、その通りです。でも、こんなに上手く行くとは思わなかったけど。
宿屋の入口に出た私達に、ソレットさんが風の呪文で送ってくれると申し出た。嬉しいけど、城に勇者が現れたら騒ぎになるわ。
私は丁寧に謝絶すると、ソレットさんは分かったと頷いた。
「君達はどこに住んでいるんだい?えっと。君の名前は······」
勇者に名を聞かれ、私は自分でもどうしようも無い程、胸がドキドキした。
「ア、アーテリア。アーテリアと言います。わ、私達はその。えっと。あっちです!あっちに住んでいます」
気が動転した私は、女王だと言う事も名乗らず、城下町から見える城を指差した。な、何をやっておるんだ私は!?
「······そうか。城住まいか。アーテリア。今日は世話になった。良かったらまた、ナニエルと一緒に来てくれ」
「······は、はい」
ソレットさんの澄んだ瞳に見つめられ、私の胸はかつてないほどに高鳴っていた。