城下町での出会い
勇者ソレットとその一行。冒険者達の世界では、その存在は生ける伝説として語られていた。
数え切れない武勇伝。それを成し遂げる巨大な力。どこの国にも所属せず、自分達の正義の為のみ戦い続ける四人。
その勇者達が、この王都に滞在しているですって!?私は内心かなり動揺していた。ど、どうしよう?
王宮に招き入れて食事でも誘おうかしら?サ、サイン貰いたい!あと握手も!こんな機会は滅多に無いわ!
い、いや。この機会を逃したら、勇者に会える機会なんて二度と無いわ!!
私は玉座から少し腰を浮かし、近衛兵に勇者達を招くよう命令を下そうとした。その時、白髪メフィスとモンブラ殿の顔が視界に入った。
二人の真剣そうな表情に、私は我に返った。い、いけない!今はそれ所じゃ無かったわ!
「女王陛下。勇者達の来訪理由なのですが」
近衛兵が話を続ける。なんと勇者達の仲間の一人が毒に侵され、その治療の為に一番近かったこの王都に来たらしい。
「······ナニエル。手持ちの薬草を準備して直に私と一緒に来て!」
私の言葉に、近衛兵長ナニエルと白髪メフィスが驚愕する。
「今からナニエルと城下町に行きます。可能なら、ナニエルに勇者の仲間を治療して貰います」
私の宣言に、白髪メフィスは心配そうな表情を見せる。
「いけません女王陛下!女王陛下自ら。しかも少数で城下町に行くなど危険です!」
メフィスの熱のこもった声に、私は両目を大きく見開いた。ほ、本当にどうしたのアンタ?
まるで本当に私を真剣に心配している感じよ?き、気持ち悪いわなんか。
私を白髪メフィスの意見を却下し、村娘に変装して城下町に行く事にした。ふとモンブラ殿を見ると、何故か不安そうな顔をしていた。
「······女王陛下。私も同行してよろしいでしょうか?」
モンブラ殿の意外な申し出を、私を了承した。こうして町人の服装に着替えた私、ナニエル、モンブラ殿の三人は、城下町に向かった。
薬草を似袋に詰めたナニエルが私達の先頭を歩く。この街に住んでいる事もあって、ナニエルは迷わず私とモンブラ殿を伝令から聞いた宿に案内してくれた。
近道だと言う裏道を使い、私達はその宿に辿り着いた。だが、宿の周辺は人だかりが出来ていた。
皆口々に勇者達の名を呼んでいる。しまった!迂闊だったわ。伝令もこの住民達の騒ぎを聞きつけ私に報告してきたのね。
ど、どうしよう。宿屋の入口にこんなに人が群がっていたら、中に入れないわ。
「女王陛下。恐らく勇者達は別の宿屋に移動していると思われます」
モンブラ殿が迷いなく私に進言して来た。え?な、なんでそんな事がわかるの?
「このような騒々しい場所では仲間の治療も出来ません。きっとここから一番近い宿屋に移っている筈です。ナニエル殿。ここから一番近い宿屋に案内して頂けますか?」
モンブラ殿の早い思考に私とナニエルは戸惑った。
「わ、分かりました。僕、いえ私について来て下さい」
ナニエルは素直にその言に従い、私達は再び移動した。そして、私の不注意で事件は起きてしまった。
「痛ぇなこの女!どこ見て歩いてやがる!」
私は急いでた余り、周囲をよく見て歩いていなかった。裏通りから広い通りに出た所で、柄の悪い三人組の男の一人にぶつかってしまったのだ。
男は私の手首を掴む。い、痛い!
「アーテリアを離せ!!」
ナニエルが叫びながら男に駆け寄る。男は私の手首を掴んだ逆の拳をナニエルの腹部に叩きつける。
「ぐわっ!?」
ナニエルは両膝を地面に着け悶絶する。ナ、ナニエル!!男の連れの他の二人も私を取り囲むように近づく。
「無礼者共!この方に手を出す事は許さんぞ!!」
モンブラ殿が敢然と男達の前に立ちはだかり、私を守ろうとしてくれた。だが、男達は数に任せてモンブラ殿もねじ伏せる。
「なんだあ?よく見るとそこそこの上玉じゃねえか。ぶつかった詫びに俺達に付き合って貰うぜ?」
男がフードを被った私の顔を覗き込んだ。コ、コイツラ最低!なんて奴等なの!
「そこ迄にしておけ」
その声は、とても静かな声だった。まるで静寂の中で唯一響く音。私には、そんな風にその人の声が聞こえた。
「なんだあ!?テメェは!」
男達は声の主に新たな敵意を向ける。声の主は落ち着き、悠然と構えていた。
······均整の取れた身体に全身に青い鎧を纏っている。その鎧には、無数の傷がついていた。
若々しい顔にも多くの傷があった。黒い前髪がかかりそうな瞳は、とても澄んでいた。その瞳を見ていると、心が吸い込まれそうな錯覚に陥るほどに。
「関係ねえ奴は引っ込んでろ!」
二人の男が青い鎧の青年に掴みかかろうとした時、青年はゆっくりと右手をかざした。その瞬間、二人の男の身体は吹き飛び、壁に激突した。
「じゅ、呪文!?テ、テメェ冒険者か!?」
私の手首を掴む男が大口を開けて驚愕していた。
「そこで気を失っている仲間を連れて立ち去れ」
青い鎧の青年は静かな警告を発した。男は大汗をかきながら私の手首を離し、壁に激突し昏倒している二人仲間の体を引きずって去って行った。
青年は小さいため息をつき、私を見る。な、何か言わなきゃ。そ、そうよお礼!助けて貰ったお礼を言わないと!
だが、心とは裏腹に、私の口は動いてくれなかった。硬直していた私の代わりに、若き査察官が口を開いた。
「······お久しぶりです。ソレット様」
男達に殴られた顔を手で触りながら、モンブラ殿は確かに口にした。
生ける伝説の勇者のその名を。




