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国産小麦を守る戦い

 冬小麦の収穫が一段落した頃、王都には各地の収穫量が報告されていた。私はその報告書をタインシュ財務大臣と一緒に確認していた。


 幸い冬小麦の出来は上々だ。良質で低価格の小麦が、本来なら市場に出回る筈なのだけど。


「女王陛下。報告によると、サラントとセンブルク両国の小麦も豊作のようです。こりゃあ、また両国から大量に小麦を買わされますなあ」


 タインシュがボサボサの頭を掻きながらため息をつく。カーテンから射し込む陽光に財務大臣のフケが映った。


 読書も良いけど、ちゃんと毎日入浴しなさいよおっさん。私はタインシュのだらし無さに閉口する。


 でも、タインシュの言う通りだ。せっかくの豊作でも、大国から大量の小麦が輸入される為に、自国の小麦価格は下落の一途だ。


 農民達がやる気を無くし、作り手が転職する例が後を絶たない。このままでは、タルニトの自給率にも深刻な影響を及ぼす。


「なんとか大国からの輸入を減らせないかしら?」


 せっかくの晴天なのに、私の心は暗く沈む。私は書類に記載されている予想輸入量を恨めしそうに睨む。


「輸入される小麦に関税をかければ、国産の小麦価格を守れます。ですが、それは難しいでしょうなあ」


 タインシュがルルラが淹れてくれた紅茶を音を出しながら啜る。そうよねえ。関税なんてかけたら、大国からどんな嫌がらせを受けるか分かったもんじゃないわ。


「ねえルルラ。何か名案は無いかしら?」


 私はお茶菓子を持ってきてくれた侍女の知恵を頼る。


「軍事演習など如何しょうか?」


 ルルラは躊躇いがちな表情で控えめに答えた。軍事演習?


「はい。女王陛下。我が国タルニト、サラント、センブルクの三国で軍事演習を行います。その演習で優劣を競い、一番になった国に何かご褒美を設定します。そのご褒美を関税にしたら如何でしょうか?」


 ······私はルルラの言葉に絶句した。な、なんて事を考えるのこの娘?こ、これもロンティーヌの本から学んだのかしら?


 私はルルラの話は突拍子も無いと思ったが、落ち着いて考えると決して荒唐無稽な話では無い。


「サラントとセンブルクはその提案に乗ってくるかしら?ルルラ」


「誘い方次第かと思われます。女王陛下。上手く話に乗せれば、関税欲しさに検討はすると存じます」


 私は段々とこのルルラの話に興味が湧いて来た。


「ルルラ。仮に両国が乗って来ても、我が軍が両大国の軍隊に勝てるかしら?」


「確かに難しい所ではあります。ですが女王陛下。サラントとセンブルクは小国の我が軍を軽んじています。過信と油断は両軍隊に必ずあります。つけ入る隙はあるかと」


 緊張のせいか、ルルラの顔は上気していた。私はルルラの知恵に脱帽する。この娘は只の侍女じゃないわ。


「······ナニエル。至急皆を集めて。緊急会議を開くわ」


 私は側に控える近衛兵長に命令する。最近落ち込み気味の幼馴染は、暗い表情で返事をした。ナニエル。まだ落ち込んでいるのね。


 女王である私の召集によって、臣下達は直に会議室に集合した。勿論、査察官のモンブラ殿も同席している。


 私は臣下達にルルラの提案を話した。ルルラの願い出により彼女の名は伏せていた。大胆なこの発案に、臣下達は驚いた表情をしている。


「素晴らしい案ですな。女王陛下。競争と言う手段を用いて、サラントとセンブルクから関税権を勝ち取る。相手の同意を得て正式な調印を交わせば、両大国も後で約束を反故には出来ますまい」


 意外にもメフィスがこの案を絶賛して来た。ふ、ふーん。アンタも素直に他人を賞賛する事があるのね。


「ただし、その軍事演習に勝てれば。の話ですが」


 メフィスのこの一言に、会議室内に緊張が走る。


「女王陛下。その演習に我が国が負ければ、サラントとセンブルクから逆に関税をかけられます。そうなれば、我が国の輸出は打撃を受け、財政運営は更に困難な物になるでしょう」


 メフィスが乾いた声で暗い未来を暗示する。コ、コイツ!持ち上げて置いて、地の底に落とすなんて!なんて性格の歪んだ奴なの!


 でも。私はこの質問に対する返答を用意していた。


「メフィス宰相。心配には及びません。今回の関税は小麦に限定します。我が国から両大国に輸出する小麦の量などたかが知れています。仮に我が軍が演習に負けても、貴方の言う打撃は軽微な物で済むでしょう」


「······なる程。確かにそうですな。ですが女王陛下。我が国の損害が少ないと言う事は、サラントとセンブルクが演習に勝っても益が少ないと言う事になります。そんな条件に、果たして両大国が乗って来るでしょうか?」


 メフィスの追求に、私は心の中で深呼吸した。表面上は平静を保つ。


「交渉の余地はあるわ。武装勢力。ウラフ軍団のお陰でね」


 私は自信を持って発言した。二年程前から急激に勢力を拡大したウラフを首領とする武装軍団は、サラント国とセンブルク国の領内を荒らし回っている。


 ここで三カ国が合同軍事演習を行えば、ウラフは警戒するだろう。自分の軍団が三カ国連合と戦う事になるかもしれないと。


 サラントとセンブルクは余り良好な関係では無い。ウラフ軍団対策の為にも、この合同演習を機会にお互いの国交を活発にしたい筈だ。


「······なる程。女王陛下の言われる事は最もですな。ですが、肝心の軍事演習に我が軍は勝てるでしょうか?」


 メフィスの疑い深く、そして鋭い両目が続けて私を監視するように注がれる。


「メフィス宰相。タルニトには貴方が任命した大将がいるでしょう。パッパラ大将。貴方に全てを託します」


 私の言葉に、パッパラは勢い良く席から立ち上がる。


「はい!任されて欲しいッス!!自分が必ずタルニトを勝たせて見せます!!」


 パッパラの力強い返事に、私は微笑み頷く。そしてロイランに外交交渉を命じた。


「かしこまりました。女王陛下。必ずや両国を説き伏せてご覧に入れます」


 ロイランは艶っぽい笑顔で快諾してくれた。そうして会議は終わり、私が廊下に出た所でメフィスが声をかけてきた。


「何故ですか?女王陛下?」


 メフィスがいきなり質問して来る。私は訝しげに腹黒宰相を見返す。


「女王陛下。貴方は私を辞めさせたい筈です。それなのに、ロイランにしろパッパラにしろ、何故私が選んだ者達を信用されるのですか?」


 ······え?改めてそう言われてみれば確かにそうね。普段の臣下達の言動を鑑みると、漏れなくメフィスと一緒に退職願いたい所だわ。


 私は首をひねり考え込む。自分でもよく分からなかったが、ロイランやパッパラに大事を託す事に迷いは何故か無かった。


「メフィス宰相。結果が出なくても、それはロイランやパッパラの責任では無いわ。総責任者の私が恥をかくだけ。貴方も自分の職務を遂行して下さい」


 私の言葉に、メフィスは不思議そうな表情を見せた。そして、それは起こった。


「ぐふっ!?」


 メフィスが突然咳き込み、霧状の血を吐いた。ま、また性病の症状!?その時、私は目を疑った。


 三つの性病を持つ宰相の黒い髪が、みるみる内に白髪に変わって行った。






 


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