超高級酒場のフロアレディ
会議室の隅に机を構え、この会議の議事録を控える筈の記録官は、ひたすら口を開けてロイランの豊かな胸を眺めていた。
おい記録官!ちゃんと仕事しなさいよ!いや、ちょい待てよ。だ、駄目だ!記録しないで!こんな恥ずかしい会話、この国の歴史に残さないで!
「うふっ。モンブラ殿。貴方がタルニトに入らしてから、ずっとわたくしお誘いしているのに。わたくしって魅力無いかしら?」
外交大臣ロイラン。いや、既に彼女はお水の姉ちゃんモード全開だ。彼女はさり気なく細い両腕をモンブラ殿の腕に絡ませ、自分の豊かな胸を押し当て接近する。
「わ、私は公務でこちらに参りました。適正で無い接待や贈答品は一切受け付けません」
モンブラ殿が頬を赤くしながらロイランの誘惑の言を拒む。査察官は彼女に掴まれた腕を離そうとするが、フロアレディがそれを許さない。
「ロイラン。酒を持ってくるか?強い蒸留酒を用意させるぞ」
阿呆宰相がロイランの胸に沈んだモンブラ殿の腕を血走った眼で睨みながらほざいた。てめぇメフィス!お前は酒場の支配人か!
お酒なんぞ持って来たら、ここは本当に高級酒場になるだろうがっ!!フロアレディは愚かな支配人(宰相)の勧めを、首を振ってやんわり断る。
セ、セーフ!!御前会議が酒盛りの場になる事だけは寸前で回避された。
「うふふ。若いのに堅い御方です事。モンブラ殿はそんなお若いのに、査察官を任命されるなんて。ウェンデル王から信頼されているのですね」
フロアレディの全身から放たれる芳香が査察官を包み込む。これで落ちない男などいるのかと思ってしまう程、ロイランの色気は凄まじかった。
「モンブラ殿はお幾つですか?」
「え?じゅ、十九歳になります」
フロアレディの質問に、モンブラ殿が困惑した表情で答える。じゅ、十九歳!?同い年位と思ってたけど、私より一つ年下なの!?
ロイランの言う通り、ウェンデル様から全幅の信頼が無ければ査察官なんて任命されないわ。ど、どんだけ優秀なのこの人?
「うふふふ。モンブラ殿ったらぁ。わたくしはお歳を伺ったのではありません。何人女を知っているかお聞きしたのですよ。うふっ」
おいフロアレディ!!御前会議で他国の貴賓に何を下世話な質問をしておるかあ!私はメフィスを睨みつけ、無言で指示を送る。
メフィス!ロイランはお前が任命した人材よ。任命責任を果たし、今直ぐフロアレディの暴走を止めなさい!
メフィスは私の怒れる視線に気づき、力強く頷いた。よしっ。直ちにやめさせなさい!
「記録官!宰相として命ずる。モンブラ査察官の女性遍歴がこれから語られる。一言も漏らさず記録を怠るな!」
ど阿保かテメェはぁぁっ!?他国の査察官の女性経験人数を記録してどうする!?すると、記録官が突然立ち上がり叫ぶ。
「御心配には及びません宰相!ロイラン外交大臣の服装。豊かな胸。艶めかしい言葉まで全て記録しております!」
己は馬鹿か記録官んんんっ!!そんな絶対に不要な項目を記録してどうする!?残るよ?この国の正史にフロアレディの接待の記録が刻まれちゃうよ!?
「モンブラ殿!それよりも「マーズとチーズ」の結末を教えて頂きたい!彼等の旅路はどうなったのですか!?」
タインシュが興奮しながら叫ぶ。こらボサボサ頭のおっさん!今取り込み中なのよ!タインシュの横槍に、メフィスが即応する。
「記録官!「丸い乳房と乳首」の結末も逃さず記録しろ!」
テメェは聴覚が壊れているのかクソ宰相!「マーズとチーズ」だろがぁっ!「丸い乳房と乳首」って、最早頭の一文字ずつしか合って無いぞ!!
しかも「マーズとチーズ」を正史に記録して何になるかボケ!!困り果てたモンブラ殿の表情を悪戯っぽい笑みで眺めながら、フロアレディは攻めの一手を緩めない。
「うふ。照れるお顔も素敵ですわぁ。モンブラ殿。隣に休憩出来る部屋を御用意致しました。そこにわたくしと参りませんか?」
ちょいフロアレディ!ちょい待って!今は御前会議中だから!ね?枕営業は止めて!ってゆーか、いつの間にそんな休憩所をスタンバイしてたのよ!?
ロイランの攻勢が激しさを増した時、メフィスがロイランの背後に立った。よし!ようやくフロアレディの暴走を止める気になったのね!
「······ロイラン。その色香を振りまくのも限度をわきまえよ。お陰で私の下腹部は限界寸前だ。直ちにその休憩所とやらに私と同行せよ」
テメェは一回死んで来いいぃぃっ!!阿保宰相!!今は公務中で御前会議中だぞ!?接待中(?)の部下を猥褻な言葉で誘うな!!
「モンブラ殿!「マーズとチーズ」の結末は!?」
タインシュが懇願するように再び叫ぶ。
「記録官!」
破廉恥宰相がまた記録官に確認をする。
「大丈夫です宰相!「丸い乳房と乳首」及び宰相の下腹部の状態も正確に記録しております!」
止めろぉぉっ!!記録官!!「丸い乳房と乳首」じゃなくて「マーズとチーズ」だ!い、いや「マーズとチーズ」なんてどうでもいいわ!
それよりも破廉恥宰相の下腹部の事だけは記録しないで!この国の永遠の恥になるわ!!私の眉間の血管が破裂しそうになった時、査察官は口を開いた。
「わ、私は妻がおります。ですので、貴方のお誘いは受けられません」
え?つ、妻?モンブラ殿は既婚者だったの?静まり返る会議室の中で、ロイランの胸から視線を外さない記録官の走り書きの音だけが聞こえた。
その時、会議室のドアがノックされた。ドアの外側から、侍従の声が聞こえる。
「会議中失礼致します!女王陛下にお伝え致します。サラント国王子、バフリアット様が到着し、女王陛下に面会を求めております」
意外な来訪者に、会議室は沈黙を続ける。私は後ろからすすり泣く音が聞こえたので振り返った。
すると、幼馴染のナニエルが静かに泣いていた。
······なんで?