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化粧を落とした顔

 王の間の床は血に染まった。それからの私はショックの余り記憶が曖昧だった。気づいた時、侍女のルルラが湯で絞った手拭いと果実水を差し出してくれていた。


「女王陛下。お気を確かに」


 ルルラの声で私は我に返った。この国を破局に近づけた臣下達は姿を消し、モンブラ査察官は着替えの為に別室に移動したらしい。


「······ありがとうルルラ」


 私はルルラからグラスを受け取り、乾ききった喉を潤した。だが、心の中は潤いとは程遠い有様だ。


 ······駄目だ。もう駄目よ。メフィス以下阿呆共の暴挙のお陰で、モンブラ査察官の心証は最悪の物になったわ。


 カリフェースが推進する国際条約の加盟の道は絶たれたわ。完全に。私は五年後のこの国の財政破綻を考え、泣きそうな気分になった。


「······ねえルルラ。ロンティーヌは国に危機が迫った時、どんな対策があると本には書いてあるのかしら?」


 私は半ばやけっぱちな思いでルルラに質問する。そんな都合のいい方法がある訳が無いのに。


「申し訳ございません。女王陛下。ご期待に沿うお答えがございません」


 ルルラは恐縮した表情で私に謝る。そうよね。ある訳無いわよね。


「ですが女王陛下。ロンティーヌの本にはこう書かれていました「化粧と見栄が剥がれ落ちたら、スッピンで勝負しろ」と」


 ルルラの意外な言葉に、私は目を丸くした。それって、君主論と関係あるのかしら?


「は、はい。仰る通りです。実はロンティーヌの本は、大半はこのような格言ばかりで」


 ルルラが頬を赤くしてかしこまった。そんな乱暴な格言集が、この侍女のお気に入りらしい。


「······ありがとうルルラ。参考になったわ」


 私は玉座を立ち、モンブラ査察官の居る部屋に向かった。そうよ。化粧が落ちた女は、スッピンで勝負するしか無いのよ!


 貴賓室に入ると、モンブラ査察官は着替えを済ませた所だった。私は若き査察官に向かい合う。


「······モンブラ殿。先程は我が臣下達が大変失礼致しました。ですが、あれは真実です。我がタルニト国は、私利私欲の為に国際条約の加盟を希望しました」


 私は全てを白状した。財政危機を回避する為に、サラントとセンブルクからのカツアゲを断る。


 比類無い強国、カリフェースにその後ろ盾になって貰う為に国際条約加盟を利用しよとした。


 モンブラ査察官は、思慮深い目で私の告白を静かに聞く。全てを晒した私は恥ずかしさの余り赤面したが、どこかサッパリとした気持ちもあった。


「女王陛下。失礼ながら、私達はこのような案件は慣れております」


 私の予想に反して、モンブラ査察官は穏やかな笑みを浮かべていた。


「······え?ど、どう言う事ですか?」


 私は呆気に取られ、間抜けな返答をしてしまった。


「条約を通してカリフェースの力を利用する。他の国々も同じ事を考えています。それは当然でしょう。皆、自国の利益が最優先ですから」


 モンブラ査察官は続ける。カリフェースが加盟に求める条件はそんな表面的な体裁では無いと。


 じゃ、じゃあ。どんな条件が必要なの?


「······私は判断を下す側なので、多くは言えませんが」


 モンブラ査察官は今迄の厳しい表情が一変し苦笑した。笑うと一層若さが強調される。


「例えば先程の臣下の皆さん。言葉は余りにも直接的でしたが、見方を変えればこの国の為に必死だったとも受け取れます」


 あ、あのクズ共。いや、あの阿呆共が?タルニトの為に必死だった?そ、そんな風にモンブラ査察官には見えるの?


「これ以上はご容赦を。とにかく、私は判定の為に暫くタルニト国に留まります」


 モンブラ査察官の言葉に、私は放心した様に立ち尽くした。セーフなの?取り敢えず最悪の事態は回避されたの?


 私は半信半疑のまま執務室に戻った。侍女のルルラが紅茶を運んで来てくれる。


「ありがとうルルラ。貴方が助言してくれたお陰かも」


 私は椅子に深く腰を降ろし、お行儀悪く天井を見上げた。ルルラを診ると、何か困った様な顔をしている。


「どうしたの?ルルラ」


 私が問いかけると、ルルラは迷ったような表情を店た。


「······女王陛下。これは申し上げて良いか分からないのですが」


 私は頷き、ルルラに話の続きを促した。


「メフィス宰相にはお気をつけ下さい。あの方は、得体の知れない御方です」


 私は深く沈めた腰を勢いよく正した。ルルラのこの言葉を私は聞き流せなかった。





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