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破滅の未来

 五月もあと少しで終わる頃、私は政務の勉強の合間を縫ってタインシュの予言を考えていた。


 ······五年後、この国の財政は破綻する。財政部門の官吏達を総動員させ議論させた結果、いずれもタインシュの正しさを裏付ける結果となった。


 あの分厚い眼鏡の中年、何者なの?いや、正式な財務大臣なんだけど。メフィスの言う通り本当に天才なのかしら?


 なら、この赤字財政を解決する手段もついでに教えてくれないかしら。私なりに無い知恵絞ってこの問題を考えてみた。


 赤字の原因は分かりきっている。サラントとセンブルクからカツアゲ(もうこの言い方でいいや)されているからだ。


 カツアゲさえ無くなれば、この赤字問題も劇的に解決する筈だ。けど、サラントとセンブルクの要求を蹴れば、この国の安全が脅かされる。


 私の脳裏に、再び侍女のルルラの言葉が甦る。そうだ、こんな時ロンティーヌは「彼我の国力差を埋める為には、敵国同士をぶつけ合い共倒れさせろ。嘘八百を並び立てて騙せ」と著者に書いたらしい。


 そうよ。サラント国とセンブルク国が争い、共倒れしてくれれば、わが国の平和と健全な財政が手に入るわ!


「女王陛下。ではこのタルニト国は、サラントとセンブルク。どちらの国につきますか?」


 執務室の机の上に置かれてた紅茶は、既に冷めていた。そのカップの向こう側に、端正な顔立ちだが鋭すぎる目つきの男が立っていた。


「ど、とちらの国にもつかないわ。我が国は中立を守ります」


 メフィスに独り言を聞かれた私は、慌ててその時の対策と方針を話す。


「残念ながら二つの大国はそれを許さないでしょう。最悪の場合、サラントとセンブルクは協力してこのタルニト国を滅ぼします」


 きょ、協力して!?なんで争う筈のサラントとセンブルクが協力するのよ!


「何故ならこのタルニト国は、サラントとセンブルクの緊張状態を和らげる緩衝地帯だからです。両国の間に領土を持つ我が国は、両国にとって無視出来ない存在なのです」


 メフィスは続ける。仮にどちらかの国に協力したとしても、戦争が終わった後、このタルニト国は滅んだ国にカツアゲされていた分も、勝者の国に上乗せされてカツアゲされると。


 な、何よそれ。じゃあ、片方の国が無くなっても、このタルニト国の状況は何も変わらないじゃない!


「じゃ、じゃあ。このまま五年後に財政が破綻してもいいの?ん?そもそも財政が破綻したらどうなるのかしら?」


 私は財務の専門書を急いで開いたが、容易にその答えは見つからなかった。


「自国の通貨の価値が著しく下落し、物価が高騰します。民衆の生活は大混乱に陥るでしょう」


 メフィスの残酷な答えに、私は言葉を失った。そ、そんな。大国の連中にカツアゲされたせいで、私達の生活が破壊されるの?平和をお金で買っていた代償がそれなの?


 私は頭を抱えた。のんきにカリフェースで留学生活を送っていた頃が遠い昔に思えた。ん?待てよ。カリフェース?


「メフィス宰相!今すぐロイラン外交大臣を呼んで!」


「それは無理ですな。女王陛下。ロイランは何時も午後からでないと出仕致しません。何分夜が彼女の仕事の時間なので」


 い、いやおかしいでしょうそれ。夜に何の仕事をしているのよ?ひょっとしてお水の仕事をまだ続けてんの?


 結局ロイランが現れたのは、太陽がかなり傾いてからだった。相変わらず派手な赤いドレスを着て彼女は現れた。


「カリフェースへ参れと?そう言う事でしょうか?女王陛下?」


 二日酔いのせいか、ロイランの表情は気怠そうだった。その顔すら女から見ても妖艶だ。私は頷き、詳しく説明をする。


「カリフェースの王。ウェンデル様に謁見して私の新書を渡して欲しいの。同時に交渉権も貴方に委ねるわ」


 ウェンデル様は人間、魔族の国々に呼びかけている。それは、侵略戦争を禁じる条約の締結だ。


 我が国タルニトもその条約に加盟する。私はその交渉の役目をロイランに託そうとした。


「ですが女王陛下。このウェンデル王が推進する条約機構には簡単に加盟出来ませんぞ」


 メフィスが細い両目を私に向け説明する。この国際条約は加盟すれば、カリフェースの虎の威を借りる事が出来きる。そう考える小国には人気があった。


 カリフェースはそんな見え透いた小国の自己都合を許さず、加盟には厳しい審査があった。


 だが、その審査を乗り越え加盟出来れば、タルニトはいざと言う時、加盟国の国々の力を借りる事が出来る。


 そうすれば、もうサラントとセンブルクにヘコヘコしなくても済むわ!


「女王陛下はカリフェースに留学されていたとか。ウェンデル王にお会いになられた事はごさいますの?」


 ロイランの色っぽい声に、私は小さく頷いた。あれは、カリフェースに留学してまだ間もない頃だった。


 同期の留学生達の懇親会に、ウェンデル様が出席してくれたのだ。ご挨拶程度だったが、私はウェンデル様と言葉を交わした。


 ······紅茶色の髪。気さくで優しそうな笑顔。そして、どこか人間離れしたような雰囲気を私はウェンデル様から感じた。


 ウェンデル様は私達留学生に仰ったわ。


「私は戦争の無い世界を必ず創る」


 私はウェンデル様の言葉を独語した。メフィスは沈黙し、ロイランは艷やかに微小する。ロンティーヌの言葉がまた浮かんでくる。


「人脈を駆使して使い倒せ」


 なんとしても審査を乗り越え条約に加盟する。それがタルニトの破滅の未来を回避する唯一の方法。私はこの時、そう考えていた。


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