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恋に破れた女は仕事に生きる

「お、お待ち下さい。女王陛下。砦内は無骨者の集団の住処。女王陛下にとって見るに耐えない風景でございます」


 サラントの将官は汗を流しながら私に必死に訴える。ふん。いい気味よ。もっと狼狽えなさい。


「気になさらないで下さい。サラント駐留軍は、善意で我が国を警護されている友人です。少々散らかっていても、微塵も気にしませんわ」


 私は思いっきり人の悪い笑みをサラント軍将官に見せた。


「······申し上げます。女王陛下」


 口を開いたメフィスを私は手で制す。メフィスの言いたい事は分かっていた。サラント軍を余り追い詰めるなと言いたいのだろう。


 サラントの将官は進退極まったと言う表情だ。私は頃合いだと判断する。


「将官殿。私は噂を耳にしました。この砦には、将官殿達が手に余る程の余剰品が溢れていると。もし良かったら、我が軍がそれを引き取りましょうか?」


 私の言葉の真意に、サラント軍将官は愕然とした。もしここに私一人だったら、将官は居丈高に応対したかもしれない。


 だが、自国の王子バフリアットを目の前にして、流石に横柄な態度は取れないらしい。


「······しょ、承知致しました。女王陛下。直ちに我が砦内にある余剰品を精査し、後日そちらに引き渡します」


「それにはお呼びません。将官殿。すぐそこに控えている我が軍の兵士達が精査し運び出します。手違いでそちらの軍需品を持ち出さないように、サラント駐留軍の物品納品書の書類を提示して頂ければ助かります」


 軍事機密をこちらに見せろ。お前達が自国の軍需品と略奪した品々を横領していなければ書類を開示出来るだろう?


 私はそう脅しの意味を込めて言い放った。サラントの将官は驚愕から狼狽の顔を変わる。


「······わ、分かりました女王陛下。即刻に余剰品を運び出します。どうかそれでご容赦を」


 サラント軍将官のその言葉に、私は穏やかに笑った。


「ではお願い致します。私とバフリアット王子の視察は必要無くなりましたわね」


 略奪品をバフリアット王子に見られなくて済んだ将官は、息をつき安堵した。私はそこに止めの一撃を繰り出す。


「将官殿。私とバフリアット王子はカリフェースの留学で知り合った友人同士です。また砦に余剰品の噂を耳にした時は、王子と共に視察に伺う事になります」


 タルニト国領内で再び略奪をすれば、今後こそ王子にその現場を見て貰う。私は将官に暗にそう伝えた。


 効果はてきめんで、将官は項垂れ小さい声で「心しておきます」と呟く。私は振り返り、タルニト軍兵士達の元へ歩いていく。


 固唾を飲んで状況を眺めていた兵士達は、私が近付くと一斉に跪く。


「······我が忠実なる兵士達よ。此度の騒動は決して褒めらる事ではありません。貴方達はこの国を危険に陥れようとしました」


 私の静かな口調を、兵士達は神妙に聞いている。本当は褒めてあげたい。彼等は村人達を助けようとしてくれたのだ。


「肝に命じておきなさい。軽虚妄道は決して許されません」


「ハッ!!申し訳ございません。女王陛下!」


 兵士達を束ねる者達が、声を揃えて答えてくれる。そして私は騒動を起こした兵士達に裁きを下す。


「罰を申し渡します。これから運び出されるサラント軍の余剰品を直ちに近隣の村々に届けなさい。可能な限り平等に」


 私の裁定を聞いた兵士達は、口を開けて暫く固まっていた。そして私の意図を諒解した兵士達は腕を空に突き上げ叫んだ。


「寛大な女王陛下に万歳!!」


「勇気ある女王陛下の行動に万歳!!」


「タルニト国の明るい未来に万歳!!」


 私は兵士達の歓呼に笑顔で応えながら、バフリアットの視線に気づいた。私はかつての恋人。いや。自分だけがそう思い込んでいた相手に向かい合う。


「バフリアット。晩餐会を中座させて申し訳ありませんでした」


 私の言葉を聞きながら、バフリアットは私を真剣な目で見つめる。


「······アーテリア。君は即位して変わったね。あんな凛々しい君を見たのは初めてだ。いや。元々君はそんな女性だったのかもしれない。僕が気づかなかっただけで······」


 私はこの時、バフリアットの言葉の真意を理解していなかった。私の失恋の傷は、まだ生々しく傷口を広げていた。


「······バフリアット。貴方とはこれからも末永く友人としてお付き合いして行きたいと思っています。両国の未来の為にも」


「そうだねアーテリア。僕達は良い友人同士になれそうだ」


 バフリアットは微小する。私は彼を横切る時に耳打ちした。


「バフリアット。貴方が枕元に置いてくれた情熱的なあの文を私は一生大切にするわ。願わくば、この文を貴方の未来の妻に見られない事を祈りながらね」


「······ア、アーテリア?」


 バフリアットの動揺したような声が聞こえたが、私は振り向かず歩き続けた。彼と初めて一夜を共にした朝。


 朝目が覚めた時、彼は部屋に居なかった。変わりに枕元に置かれていた手紙には、バフリアットが私を褒め称える内容が記されていた。


 ねんねの私はその手紙を胸に抱きしめ喜んでいた。バフリアットが相手にしていたと言う、他の四人の女性にも同じ事をしたのだろう。


 ······こんな手紙。今すぐ捨てたい。燃やして灰にしてやりたい!でも私は手紙を捨てない。


 私を弄んだこの証拠を保管し、バフリアットを脅し上げ。この小国の便宜を図ってやる。


 情けないけど構わないわ。恋に破れた女は、仕事に生きるしかないのよ!


「女王陛下!超カッコ良かったッス!痺れたッス!でも、自分の実力を披露出来なくて残念ッス!」


 パッパラ大将が両目を輝かせて私を称賛する。いや。あのねパッパラ。出来たら一生、貴方のその実力は見ないで済みたいの。この国の平和の為にね。


「アーテリア!二年見ない内に、君はなんて素敵な女性になったんだ!僕、もうなんかムラムラしてしょうが無いよ!!」


 近衛兵長ナニエルが顔を上気させ発情している。いや。あのねナニエル。今は公の場だから私の事は女王陛下って呼んでね。


 あと欲望だだ漏れの言葉は慎んでね。もう一度言うけど今は公の場だから。聞こえない振りをするのもいい加減に限界あるからね?ね?


「際どい行動でしたな。女王陛下」


 一連の出来事を前にしても、メフィスの乾いた口調は変わらなかった。


「······分かっているわメフィス宰相。今夜上手く行ったのはたまたまよ。私は運が良かっただけ。これからお説教かしら?」


 私は素直に自分の軽はずみな行動を認めた。


「······それは必要なさそうですな。涙を拭うハンカチと同様に」


 メフィスは短く笑った。いや。何を格好つけてんのアンタ。あんな血痕塗れのハンカチ貸されても困るわ。と、言うか二度と渡すな。


 私は後ろを振り返った。そこには、篝火に照らされるタルニト軍の兵士達が、サラント軍から略奪された品々を奪還する光景が映し出されていた。 

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