八つ
ヘレンが飛び込んだ部屋は先程の暗い部屋とは違って明るく、部屋の隅の角までしっかり見えています。
天井を見上げると太陽とまではいかなくとも見ると目が眩む明るい光源が規則的に並んでいて、それが人工的なものだと言うのはすぐに分かります。壁や床もレンガや石とは全く違う凹凸のない硬い素材で出来ており部屋を天井の灯りを反射させる工夫なのか一面を白く塗られています。
「ふむ」
ヘレンは手を壁に付けて歩きながら擦ります。手甲がガリガリと擦れる音を聴きながら部屋を1周、罠の気配はありません、破った扉を見ても先程の道を戻るだけ、ヘレンは考えます。
もしくはここが召喚者を召喚するだけの施設なら道中の罠の設置、敵の配置、一方通行の扉はあまりに大袈裟です。人が作った施設と言うよりダンジョン、しかし、通常のダンジョンならば敵を倒したり暗号や鍵となるアイテムを提示すれば更に下層へと進めますがこの部屋にはそのどれもありません。強いてゆうならスライムでしょう。
ヘレンは貼り付けたスライムを見ます。上半身から伸びた触手が蹴り飛ばした足に届きそうだったのでスライムとは反対の部屋の隅まで蹴り飛ばします。触手の動きが少し弱ったのは気のせいではないでしょう。
その後部屋を2周して天井や床にも手を付いて隠し扉や仕掛けが無いか調べますが見つける事は出来ませんでした。
「ふむ……」
ヘレンはスライムを見つめます。もうスライムの触手は伸びに伸びて植物の根や蔦に見えるほどの量と長さでした。
ヘレンは壁に張り付いた触手の先端を引き剥がします。スライムの触手はビタビタと手の中で暴れますがヘレンは構わず語りかけます。
「おい。お前は言葉は分かるか?」
触手は動きを止めてヘレンの顔に先端を向けます。
「……」
暫くヘレンは黙って触手を眺めます。
触手も動きません。
どの位スライムとヘレンは見つめ合ったでしょうか。ただ見つめ合っただけです。なのに何かをヘレンは感じます。
この時だけは祖国の仇も忘れてスライムの虜になります。
「お前は」
途端、部屋が傾いて頬に床がぶつかります。手も、足も動きません、暫くしてから自分が倒れてる事に気が付いたヘレンは目を動かして部屋を見渡します。
最初はスライムに何かされたのではと考えましたが、扉にさっき喰われた召喚者を見付けてヘレンはこいつだ。と確信を得ています。
男の召喚者は立っていると言うより埋まっていると表現した方が良いかもしれません。男の無くなった下半身の代わりにあったのはヘレンが倒した黒いスケルトン。の、残骸の山です。